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「放せ、放せぇっ!!」
「うわっ、相変わらず凄い力!?」
「ぐぐ、もう、キッシュ。いい加減にしなさいよ。」
三階層に降りてきてから、これまで通りにペンキで線を引いていたキッシュ。だが偶然そんなキッシュの傍を一匹の魔獣が通ってから騒ぎが起きた。
「ゴールドモワームなんてレア物逃がせるかっ!!」
「無茶言わないのっ!!あなたティム出来る魔獣は一匹だけなんでしょ!?」
その魔獣とは黄金色に輝くモワーム。農耕魔獣としては最高レベルのレア魔獣だ。キッシュもゲーム時代を含めてもティムした事どころか、遭遇したことすらない魔獣であり、ネットで調べた攻略でその存在を知ってからは最後の最後まで探し求めた魔獣でもあった。
「黄金果実用の肥料はゴールドモワームの糞しかないんだぞっ!?」
「だからって、竜種はどうするのよっ!!」
「家畜小屋に一度預けてきたら大丈夫だって!!」
「その家畜小屋がどこにあるって言うのよ!!」
ただこのダンジョンに潜った理由は、最下層に居るボス魔獣をティムする為であり、またキッシュの農民としてのレベルはたったの5レベルしかない。
魔獣をティムする為には、専用のスキルを持てば一度に引きつれる数が増えるが、そうでないのであればレベルを上げて数を増やすしかなく、結果キッシュが一度にティム出来る魔獣はたったの一匹だ。
ただし、農耕用魔獣の場合、牧場に建てられた家畜小屋と呼ばれる建築アイテムに、ティムした魔獣を収容することでティム出来る数を増やすことは出来る。
ゲーム内では大農園だったキッシュの土地は今は無く、当然村そのものを引っ越す為にそんなものを建ててはいない。そもそもこのダンジョン探索とて非公認の忍び込んだものであり、何度も往復するという事は不可能だ。
「よし、逃げた。」
「ああああっ!?」
だからこそキッシュにティムさせないために、キッシュをアニーキとハーゲテーナイで抑え込んでいる内にシヤがゴールドモワームと戦闘していた。
ゴールドになろうと、元々大人しい性格であり、草食動物で体の半分が地中に埋まっているような形で居る為に戦闘そのものは得意ではなく、また攻撃を食らったと判断した場合、速やかに逃亡する。
ダンジョンでは倒されたり、逃亡した魔獣は魔力となって霧散し、またどこかで別の魔獣として生まれてくる。ゴールドモワームもキッシュ達の目の前で魔力となって霧散していった。そのことにキッシュが大きな声を上げ、ズーンと言う擬音が似合いそうに落ち込む。
「……ほら、次行くぞ。」
地面に手を付いて落ち込むキッシュの方を、首だけ回して見、先を指さすアニーキ。ゴールドモワームを見つけたのが階段のすぐ傍だったことも、ここに来るまでにそれなりに時間を使ってしまった為に先を急ぎたいアニーキは先に歩き出す。
もしギルドに忍び込み、勝手に登録していない魔人をダンジョンに連れ込んだとされたのなら、傭兵として食っていけなくなるからだ。
「はいはい、キッシュも立って。」
「俺の、ゴールドモワームゥ……」
しょんぼりしながらハーゲテーナイに急かされ階段へと歩を進める。キッシュが居なければティム出来ない事を忘れているのだろうか、アニーキはすでに階段を降りきり、その姿を消すところであった。
このダンジョンには空があるフィールドタイプ。だが空の色は時間経過と共に変わる事は無い。降りた時に時間が進むのだ。さっきまでいた階層では太陽が真上を過ぎた頃だった為に、この階層では空は茜色に染まっていた。
「そういえば、こんな空を見ればアレ、歌いたくならない?」
「はぁ?アレってなんだよ?」
「ほら、アレよ。アレ。カラスが鳴くからか~えろっ!ってやつよ。」
キッシュが地面にペンキで線を描いている後ろで、空を眺めていたハーゲテーナイがアニーキに話しかけていた。内容は子供の頃よく歌った歌。
「ああ、『茜山』かぁ。そういえばよく歌ったなぁ。」
それは魔人族の子供がよく歌う歌で、アニーキも思い至ったのか歌のタイトルを口にした。
「あれは秋涼歌ですよ?少なくとも今の状態で口に出すのは不謹慎だと思いますけど……」
「あん?そうだったのか?」
「ええ。」
そんな二人の会話をキッシュの作業を見守り、周りを警戒していたシヤが聞きとがめ、補足説明しながら注意した。
『秋涼歌』秋が深まり、暮れるのが早くなってきた頃の、特に注意する時間を歌った歌の事で、狩猟歌と掛けた歌である。
お山がまっかっか。
カラスが鳴くから帰ろ。
大好きあの子は何処行った。
小枝の影に隠れてた。
山の頂上カラスの巣。
大人が大きな声出して。
お空は暗くなったとさ。
という歌詞であるのだが、これは魔人族の子供にとって危ないトビカラスの危険性を歌った歌だった。
トビカラス。体長が羽を広げれば小型のワイバーンよりも大きくなるカラスの魔獣であり、山の頂上に巣を作る。飛距離が長く、活動範囲は相当な広さを持つ。主な活動時間は日のあるうちである。ただし昼間は繁殖行動を優先し、主に狩りを行うのは、朝方と日暮れのみ。
この時にそれまでは目が青いのに、興奮したかのような攻撃的な赤色へと変貌するのだ。攻撃性が増し、大人の猟師でもそうそう狩れる相手ではなく、逆に食われてしまう程。
茜色に山が染まった。トビカラスの目が赤になる。枝に留まっていたトビカラスが狩りを開始し、あの子を攫った。カラスの巣で助けに来た大人の声を聴いたが、時すでに遅しという意味が込められた歌だ。
「……なぁ、キッシュ?」
「何だよ。」
「トビカラスってさ、農耕用魔獣なのか?」
「あ、ああ。カタイチゴの種は一度トビカラスに食わせないと発芽しないから。」
「…………」
たまたま腕を頭の後ろで組み、斜め上を見上げたアニーキがその動きを止めた。目の前で作業しているキッシュに、危険なトビカラスがこんな長閑な場所に似合わないながらも、農耕用魔獣ならば居ても不思議ではなく、農耕用かキッシュに聞けばそうだと返され、その見上げた先に居るトビカラスが本物だと、幻ではないのだとやっと認識した。
「上っ!?トビカラスっ!!」
「なんですって!?」
そのトビカラスは今まさに目を赤く染め、まるで獲物を見つめるように目が合ったアニーキを見つめている。瞬時にアニーキは声を上げながら、戦闘態勢を取り、それに続いて少し先を進んでいたハーゲテーナイとシヤが上を見上げた。キッシュは一度上を向いて、やれやれとばかりにペンキをしまう。
「何でキッシュは落ち着いてんのよっ!?」
「いや、トビカラスだし。」
キッシュの身体能力は他の追随を許さないレベルであり、だからこそ特殊スキルを用いなければ滅多に大ダメージを負わない。
トビカラスの戦闘手段はその高い身体能力と、ワイバーンすら上回る飛行能力を駆使しての単純な物理攻撃しかなく、キッシュにとっては危険性はそんなに高くない魔獣だ。
農耕用魔獣としてティムするとしても、先ほどのゴールドモワームは別として、このトビカラスは何処にでも居る魔獣であることもあって、どうしても気が抜けてしまう。
「来るぞっ!!」
キッシュのやる気のなさは別として、トビカラスは獲物と見定めた存在に文字通りに飛び掛かったのだった。




