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満点の星空。現代では到底見る事の出来ない、人工の明かりの無い空気の澄み切ったこの場所で、仰向けに寝転がりながら見る星は何よりも綺麗だった。
俺の立てた小屋の屋根の上で、悩みながらも見上げたそれはキラキラ輝く。学生時代から少し感動屋だった俺は感嘆の声を上げてしまいそうになる。悩みなんかちっちゃな事だよと言われているようで、だけど思い出したら頭を抱えてしまう。
会社への連絡どうしよう……
俺がこの世界に来る前、本来ならば部屋を大掃除しており、次の日、こっちと本来の世界の時間が同じならばもう今日だ。この短時間では帰れる気はしない。には会社の寮へと一度挨拶に向かう約束をしていたのだから。
「というか、本来の俺はどうなってんだろうな……」
なんとも嫌な想像をしてしまった。今の俺は俺じゃない。正確にはゲームで作ったアバターの姿であり、もしかして現実の俺は真っ黒に焦げているのではないか。古い機器だった為に感電して、自分の部屋で亡くなっているのかもしれない。
「まぁ、未練とか、もう少し親孝行する予定ぐらいだったけど……」
現実の俺は彼女はいない。欲しいと思いつつ、これからの出会いに期待。会社も中堅所の手堅い場所。のし上がるという気概はなく、首にならないように頑張ろうと思う。やりたいことも暇な時にゲームをするぐらいで、趣味もいろいろ。あえて言うのならば台所の隅で育てている家庭菜園。大体の人に当てはまる、ごく普通の人だった。
親はまだ存命だといえ、少なくとも家を出て生活を始めようとしていた矢先だった為に、未練と呼べるようなものもちょっと残っているぐらいだ。それを考えれば、異世界で迷子というのも人生面白いと思えるかもしれない。
「やりたい事、ねぇ?」
俺が唯一と言っていい長続きしている趣味と言えば、農耕と呼べないような家庭菜園。ゲームで農耕プレイをしていた反動で、大学時代には借りていた部屋の窓辺で、色々な野菜をペットボトル栽培していたものだ。
ミニトマトや菜っ葉系。料理に使い終わった青ネギの根っこを植えたり、苺の苗を植えたりもしていた。
最初はちっちゃな芽が出て、それが日に日に大きくなり、立派な実を生らせた時は感動したり、その味に微妙な気分になったり。苺の時は肥料が足らずに、ものすっごく酸っぱい味になっていたりもしたが。
「それでも楽しかったな。」
「あら、何が?」
「うわぁ!?」
思い出しながらポツリと零れた独り言に返事が返ってきて驚き、もう少しで屋根から落ちるところだった。キッシュの身体能力で何とか屋根の淵につかまり事無きを得たが。
声がした方を見れば、蝙蝠の様な翼を広げ空を飛んでいるイクスとハーゲテーナイが居た。
「くすくすくす……」
「笑うとか、酷いなぁ。」
「ご、ごめんなさい。」
驚いた俺の様子がおかしかったのか、静かに笑い出したイクス。ハーゲテーナイはあーあと言った顔で黙っている。
「で、何か足りなかったか?」
「いえ、出してもらった物資に不足はなかったわ。」
「そりゃ、よかった。じゃあご用事は何だ?」
「明日の事を話しに来たのよ。」
「明日?」
さっきまで下でワイワイやっていた音は小さくなっている。俺の出した、正確にはイベントリに残っていた食料や、着せ替えアイテム等を出した為だ。流石に夜行性のサキュバスと言えど、子供のうちはそんなに夜に強くないらしい。
だが上の子等はまだまだ元気で、その子等用に何か催促しに来たのかと思えば違った。明日の予定を話しに来たのだと、黙っていたハーゲテーナイがいまだ笑いが収まってないイクスに代わって答える。
「…引っ越すにも人手が足らなさ過ぎるでしょ?」
「まぁ、そうだな。」
荷物と呼べるようなものは纏めて俺のイベントリに突っ込める事は、昼間の内に確認済み。引っ越し場所もあのビックフットトレントの居た場所に決定したが、その道中を、いくらサキュバスだからと言って幼い子供等が魔獣と戦える訳も無く、守りをしながら進むのは危険だった。
「だから、傭兵を雇おうと思うのよ。」
「傭兵?」
「そう、傭兵。上手くすれば私たちの食事にもなるし。」
だからこそハーゲテーナイは近くの町に行って傭兵を雇ってくるのだと話す。詳しく説明して貰うと、所謂ゲームで言う冒険者のようなもの。傭兵ギルドに所属し、有事には魔王軍に徴兵される事もあるが、それ以外ではギルドに持ち込まれた仕事をして生計を立てている者達だ。
傭兵は金が掛かるが、それでも独自に強くなっていき、しかも徴兵時に抵抗しない上、遊軍として使う上ではそれなりに強い為、また足元を食料等を支える一般の民を守る為に必要な組織であり、だからこそ魔王軍には御目溢しされている組織でもある。
「それって、大丈夫なのか?」
「問題無いと思うわよ?流石に首都に行く訳でもないし。」
「大丈夫ってなら、いいけどさ……」
元々この引っ越しだって魔王軍の無理やりな徴兵を嫌ったハーゲテーナイ達が、それを逃れる為により奥地へと隠れる為のもの。もしその傭兵から引っ越し場所がばれてしまえばと考えてハーゲテーナイに聞くと、流石に首都の傭兵ギルドには行かないと。最前線と首都の中間辺りにある町に行って傭兵を雇うのだと答えた。
この辺りの魔獣に対抗出来るだけのレベルを持ち、魔王軍との繋がりがなく、またそれなりに暇している連中が好ましい事から、ちょうどいい事にこの傍にあるその町を予定しているとのこと。この世界の事を全く知らない俺がどうこう言うよりも、この世界の事を知っているハーゲテーナイが言うのならば、それが最善何だろうけど。
「決まったのならば、そろそろ寝ましょう?」
「えっ!?」
「私達が起きていては、あの子達も寝ないわ?」
「いや、あのですね、……腕に、その、当たってます。」
逡巡する俺の腕を、自身の腕で絡めとりながらイクスが言う。いつの間にか笑いは収まっていたらしく、だが何よりサキュバスの本領発揮とばかりに、その幼い見た目とは違い体全体から妖艶さを発している。
腕を絡め取られた為に、イクスの発達したそれが、俺の肘の辺りに当たり、クニュクニュとイクスの動きに合わせて形を変えている。耳元で囁かれた寝ましょうという言葉が、絶対そのままの意味では無い事を思い起こさせた。
「お、俺、見張りを兼ねて、ここで寝ますから!?」
「あら、さっき落ちそうになってたのは、何処の誰かしら?」
「大丈夫っす、自分、頑丈っすから!!」
「それでも、もし怪我なんかして明日の予定が崩れたら大変だもの。」
昼間の様子とは一変し、肉食系と言える目をしたイクスにドンドン追い込まれていく。助けを求め周りを見渡すも、呆れたような雰囲気を醸し出し、そして俺の視線の意味を読み取ったハーゲテーナイは親指を立てた拳を突き出し、黙って下に消えていった。
おおい、助けてぇ!!
「大丈夫よ。夜空の星を数えているうちに終わるわ。」
「それ逆、普通俺の言うセリフだからっ!?」
「あら、あなたが上になってくれるのかしら。」
「いやいや、こういった事は好き合ってからでしてね?」
「あなたは、私が嫌い?」
「えっ!?いや、好ましくは思っているけども……」
「なら、問題ないじゃない。私もあなたが好きよ?」
「それ、絶対食べ物としてですよねっ!?」
この攻防は夜通し続いた。最終的には俺が押し込まれたのだった。




