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「フアアァックションっ!?」
自身の口から出た大きなクシャミで目が覚めた。目を開ければ無駄に眩しい。とっくの昔に顔を出した太陽がサンサンと光を降り注いでいる。背中には布団の感触。隣を見れば、そこで俺はここが自分の部屋では無い事を思い出し、咄嗟に顔を逸らす。
(そうだった、そうだった。ここ異世界だった。ってか、俺童貞卒業?こんなかわいい子相手に?責任問題とか、いやいや、それよりも清潔面での問題とか……)
「ふぁあ、おはよう。」
「あ、ああ、おはよう。じゃなくてっ!?服っ、服脱いだまんまっ!?」
隣で寝ていた生まれたままの姿のイクスを見てしまい、顔に熱が集まるのを感じる。彼女はいなかったし、そういった店に行った事もない俺は童貞だった。昨日は半分襲われるようにして体を重ね合い、その快楽に夢中になった。
襲われながらも家具アイテムである布団一式を咄嗟に取り出した自分を褒めてやりたいが、それ以上に混乱した頭ではそんな事も出来ない。
イクスが何でもない事のように目を覚まし、俺に向かって挨拶してきた。そのごく自然な様子に思わず挨拶を返し、イクスが起き上がった時に捲れた掛布団の下、いまだ何も身に纏っていない白い陶磁器の様な肌と、ぷっくりと膨らんだピンク色のポッチが見えてしまい、慌てて捲れた掛布団を掛けなおしながら告げる。
「気にしなくてもいいのに。」
「気にするっちゅうにっ!!」
「あら、キッシュだって裸よ?」
「へっ?……うわぁっ!?」
そう混乱していて気付かなかったが、当り前の話、体を重ね合わせるために俺も素っ裸。掛布団をイクスに押し付けた為に、朝の生理現象もあって立派にそそり立った自分の息子が自己主張している。慌てながらもイベントリからもう一式布団を取り出し隠した。
と言うのが今朝の出来事。あの後ハーゲテーナイが呼びに来て、気まずくなるかと思えば、そうでも無く。サキュバスにとって体を重ね合わすのは食事という面が強い事から、それほど裸を見られる事や、こういった現場を見てしまうことに忌避感はないそうで。
そして今俺はハーゲテーナイと共に森の中を疾走中である。
まぁ変な意味では無く、現代とは違い交通網が発達していないこの世界では、移動は主に自身の足で行うものであり、ましてやキッシュというチートな肉体を持つ俺は信じられないほどの速度で木々の中を跳び回る。
それに付いてくる事の出来るハーゲテーナイも何気に凄いんだと思いつつ、イクスとのピロートーク中に知った事実を出来るだけ呑み込もうとしていた。
「…にしても、本当にサキュバスだったんだなぁ。」
「……まぁね。この見た目じゃ、誰も信じて貰えないけど。」
だがハーゲテーナイの容姿、筋肉達磨としか言えないその見た目に、思わずポツリともらしてしまった。その俺の言葉に苦笑しながらやや自虐的に微笑む。
「若い連中が兵役に賛成だったのって、血が濃くなりすぎたってのもあるのよ。」
ハーゲテーナイは見た目こそあれだけど、所謂漢女というやつ。見た目こそ男の様だが、立派な女性であるという事。
あの村に隠れ住むようになって、外から新しい血が入る事がなくなり、どんどん血が濃くなっていき、そしてハーゲテーナイやイクスの様な奇形児が生まれてくるようになった。
そうイクスも本来ならばもっと成長していないとおかしい年なのだそうだ。だが見た目が少女のそれ。それ以上成長しなくなってしまった。
サキュバスとして、それは致命的でもある。男を誑し込み犯す。肉体から発せられる妖艶さで誘蛾灯のように男を集め誘い込む事が出来ないからだ。
「だから、あの子は昼間は眠そうでしょう。」
「…あの無表情って眠たいだけ!?」
「サキュバスとしての食事が滅多に取る事が出来ないから、さらにそれに拍車を掛けているけどね。」
イクスのあの昼間と夜の様子の違いは睡魔だった。サキュバスはその種族上、やはり夜行性であり、久々の食事と言うことで特にテンションが高くなっていたとのこと。
「…お前はどうなんだよ?」
そこで思い出した。目の前にイクス以上に食事が摂り辛い人物がいることに。
「……私ね、何故か夜よりも昼間の方が活動時間として合っているようなのよ。それに、精気を吸わなくても普通に食事だけで賄えてしまうのよね。」
「大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫よ。」
無茶をしている様子もなく、初めてあった時の様な雰囲気は無い。なんというか、空気の読めるというよりも、諦観。諦めているような苦笑を見せてきた。
「悪い、余計な事を聞いた……」
「いいわよ、別に。こちとら生まれてこの方、この体と付き合ってきたんだし。それよりほら。見えてきたわよ。」
「あ、ああ。……壁?」
「……言いたい事は判るわよ?むしろ柵って言いたいんでしょう?でもこの辺りのとしちゃ、まだマシな方なのよ?」
空気を悪くしたことに謝るも、ハーゲテーナイは気にしていないと言いつつ、前を指して目的である町が見えて来たと言う。沈んだ空気を何とかしようとしたんだろうけど、ハーゲテーナイの指差す方向を見て、前日に町は壁で覆われているという知識があったために唖然としてしまった。
大雑把に間隔を取って丸太が刺さっている。その丸太同士をロープで繋ぎ、数か所だけ丸太の柵と比べれば大きな門があった。
到底魔獣除けとして役立つような代物に見えず、だけど近づいてみれば、そのロープは例の魔物除けのロープであったりもしたが。
「大丈夫なのか?魔獣が居るように見えるが……」
「一応魔獣じゃないわよ。樹人の門番ね。」
ただその大きな門の前にトレント系のモンスターが居るように見え、ハーゲテーナイに告げると、ハーゲテーナイからあれは魔獣ではなく、樹人という魔人族だと説明された。見た目、手足のようになった根っこと枝葉を持つ木でしかない。どう見てもトレントの様に見えるが……
「おや、ゲテーナ。久しぶりだね。」
「そうね。もう10年以上会ってないわね。」
「ははは、そんなにもなるか。私には昨日会ったように感じるのだがね。」
「気が長すぎる樹人の感覚と同じにしないでちょうだい。」
「それもそうだが、サキュバスは気が短すぎるよ。」
「こっちが世間一般では普通なのっ!!」
だが近づくと、向こうもこっちに気付いたのか、幹の所に皺くちゃの顔の様なものが浮かび上がってきた。そしてハーゲテーナイと親しく会話を始める。だがハーゲテーナイの放った言葉に驚き、そして以外にもハーゲテーナイが会話の主導権を握られていることにさらに驚く。
「おや、君は?」
「うちの村の新しい住人よ。」
「ははは、そうか。ようこそウッディタウンへ。何も無い所だけど、ゆっくりしていくといい。」
「樹人の感覚でゆっくりしていくと、すぐに皺くちゃのおばあちゃんになっちゃうわ。」
思わず阿保面を晒していると、こっちに気付いた樹人の人が話しかけてきた。なんと返そうと思案しているとハーゲテーナイが先に答えてしまう。
そしてハーゲテーナイの知り合いならと、ありきたりなセリフと共に歓迎されているような雰囲気を醸し出す。醸し出すのだが、すぐさまハーゲテーナイにツッコミを入れられ、そして、それでいいのか門番と言いたくなるような、検査も尋問もないまま町の中に入れて貰った。




