第十四話 せんべい参上
草むらから姿を現したのは一匹や二匹ではありませんでした。痩せこけて目を血走らせた大きな野犬が、四、五匹……松平たちを包囲するように、じわじわと間合いを詰めてきます。
(くそっ……九谷山には恐ろしい野犬が出るって噂は本当だったか……!)
野犬の一匹が前脚に力を込め、松平めがけて飛びかかりました。
「くそっ!」
松平が木の棒を突き出そうとした、その瞬間……
「いやいやっ」
軽い掛け声と共に飛んできた小石が、見事に野犬の鼻先を弾き飛ばしました。
「ギャン、ギャン」
野犬は地面をごロゴロと転がります。間髪入れずに、ひょろりとした影が風のように現れました。
「いやいや、あっち行けぇ! シッ、シッ!」
突如として現れたその若者は、素早い動きで地面の小石を次々と拾い投げ、正確に野犬たちの眉間に命中させていきます。あまりの素早さに、野犬の群れはたまらず尻尾を巻いて奥の林へと逃げ去っていきました。
「ふぅ〜、いやいや、危ないところだったなぁ。二人とも怪我はないか?」
ひらりと振り向いたのは、頭に手拭いを巻き、ニヒヒと笑みを浮かべた若者は羽柴せんべいでした。
「せ……せんべい!?」
松平は呆気にとられて声を上げました。
「なんでせんべいがこんなところに……? 砥部村へ医者を探しに行ったんじゃなかったのか?」
「いやいや、砥部村にはすぐに行ったんだけどさ、砥部村も怪我人が山ほどいて手一杯なんだ……『すぐにでも波佐見村に行きたいところだが、いつ行けるか分からん』言われてしまって……それで他の村にも医者がいないか探しに回っとる途中で、二人を見かけたんだ」
せんべいは手拭いで汗を拭いながら、手に持った竹籠を揺らしました。中には山菜やきのこがたくさん入っています。
「そうだったのか……大変だったな。助かったよ、ありがとう。それにしても、お前は本当に身軽だな」
松平が感心したように言うと、せんべいは一瞬だけ複雑な表情を浮かべましたが、すぐにいつものおどけた顔に戻りました。
「いやいや、逃げ足と石投げだけが取り柄だからハハハ。それより松平さん、二人でどこへ向かってるんだ?」
「あぁ、有田村へな。海沿いは危険だから、九谷山の裾野を迂回して行こうと思ってな」
「いやいや、そーかそーか、じゃあ俺に任せとけ。この辺りの道は俺の頭にちゃーんと入ってるから。有田村の近くまで案内するよ」
そう言って笑うせんべいの首元……手拭いの隙間からチラリと覗いた喉元に、小さな「三日月状のあざ」が見えました。
「せんべい……その喉の傷、どうしたんだ?」
松平が問いかけると、せんべいはピクッと肩を揺らし、慌てて手拭いをギュッと巻き直しました。
「ん? あぁ、いやいや、これか? なーんでもないよ。さっき山菜を取ろうとした時に枝で引っ掻いただけだ。さぁさぁ、この辺りは野犬が多いから、先を急ごう!」
せんべいはわざとらしい大声を出して歩き出しました。
松平は首を傾げながらも、せんべいの後に続きます。
うずらはあんこが作ってくれたきび団子をひとつだけ口に放り込むと、父の手を取り歩き出しました。




