第十五話 寄り道への賛同、不穏なせんべい
「いやいや、こっちだよ! 足元に気をつけな!」
ひょろりとした背中を丸め、ぴょんぴょんと跳ねるように山道を進む羽柴せんべいの後を、松平とうずらは必死に追いかけていました。
九谷山の裾野は、うっそうとした樹木と険しい岩場が続く難所です。本来ならばどこが道かも分からないような山林ですが、せんべいは迷う素振りすら見せず、すいすいと獣道のような狭い道を進んでいきます。
「せんべい、お前……こんな山奥の抜け道までよく知ってるな」
松平が息を乱しながら感心したように声をかけると、せんべいは振り返り、手拭いの端を引っ張りながらニヒヒと軽い笑みを浮かべました。
「いやいや、俺は昔から島中を歩き回るのが仕事だからね! 山菜採りやら木の実拾いやら、島中自分の庭みたいなもんさ!」
おどけた調子で冗談めかすせんべいでしたが、ただの山菜採りにしては、あまりにも道選びに無駄がなく、危険な場所を巧みに避けていました。その姿を見た松平は不思議に思いました。
しかも、足音が驚くほど静かです。
(……仕事?……どう言うことだ?)
すると前方を歩いていたせんべいがふと立ち止まり、振り返りました。
「いやいや、松平さん。有田村へ向かう前に、ちょっと寄りたいところがあるんだが……いいかい?」
「寄りたいところ?」
「いやいや、瀬戸村だよ」
瀬戸村といえば、一番最初に鬼たちに襲撃された、湾の中央にある村です。
「いやいや、有田村へ急ぎたい気持ちはやまやまなんだけどね。瀬戸村に立ち寄って、確かめておきたいことがあるんだ」
そう言いながら、せんべいは人さし指を立てました。
「いやいや、瀬戸村へ向かった、おもちちゃんのことだよ。瀬戸村が襲われたという知らせを受けて、一人で向かったんだろ? 無事に辿り着けたのか……何か手掛かりがあるかもしれない。様子を見ておきたいんだ」
松平は波佐見村に残ったあんこの、姉を心配するあの痛々しい顔が目に浮かびます。
「いやいや、それに、瀬戸村に医者や薬に詳しい人が残っているかもしれない。波佐見村には怪我人がたくさんいるから……有田村へ行く前に、瀬戸村の状況を確認しておきたいんだよ」
「そうか、そうだな。分かった、瀬戸村へ寄ろう」
松平が強く頷くと、うずらも胸の前で小さな拳を握りしめました。
「俺も! おもちお姉ちゃんのこと、探す!」
「ハハハいやいや、うずらちゃんは頼もしいねぇ! でも瀬戸村まではずいぶんと下らないといけないから、今日はこの辺りで野宿だな」
せんべいはそう言うと、すぐに夕飯の準備を始めます。
「やたらと手際がいいな、いつもこんなことしてるのか?」
「ん?……あ、あぁ、いやいや、そうそうハハハ」
一瞬せんべいのおどけた表情が消えたように見えましたが、それをかき消すように慌てて喋り出します。
「いやいや、うずらちゃん。美味しい山菜いっぱいあるから、たくさん食べてよ」
「うんっ、やったー!ありがとう」
松平は誤魔化されたように感じましたが、あまり気にすることもなく、この日は、布団の代わりに落ち葉を敷き詰め、寝ることにしました。
…………
…………
翌朝、松平が目を覚ますとせんべいの姿がありません。まだ朝日も昇りきらない、何の音も聞こえない、静まり返った薄暗い山の中は、より一層不気味に感じます。
「いやいや、おはよう。もう起きたのかい?」
「わっ!」
急に背後から声をかけられた松平は目を見開き驚きました。
「いやいや、そんな驚かなくてもハハハ」
「あ、あぁ……もう起きてたのか?何してたんだ?」
「いやいや、川の水をくんでたんだよ。瀬戸村まではまだ遠いからね」
「そ、そうか……」
(川?……川なんて近くにあったか……それにしても足音が全くしなかった……ただへらへらしてるだけのやつじゃないな……)
「う、う〜ん」
まだまだ眠たい目をこすりながら、うずらも起き上がりました。
「いやいや、うずらちゃんおはよう。ちょっと早いけど瀬戸村へ出発しよう」
「え?もう行くのぉ?」
「いやいや、また野犬に囲まれても嫌だろ?」
「そ、そうだね。行こう行こう」
うずらは慌てたように立ち上がり松平の手を引きます。
「よし、じゃあ行くか」
松平の掛け声に合わせて、うずらは気合いを入れるように、きび団子を一つ口に放り込みました。
三人は瀬戸村を目指し歩き出します。山道を下るにつれ、徐々に潮の香りが強くなってきます。お日様が真上に昇り切る少し前、焦げくさい嫌な匂いが風に乗って鼻を突き始めました。
「……いやいや……着いたよ」
せんべいは茂みを押し分けると、足を止めました。
その先に見えたのは、焼き払われ、黒い煙が今なおうっすらと立ち上る、惨状と化した瀬戸村の姿でした。




