第十二話 うずらの覚悟
翌日、斎藤は眩しい日差しで目を覚ましました。にわとりとスズメの鳴き声が聞こえて来ると、毎朝一瞬あの晩の事を忘れ、いつもの朝だと勘違いしてしまいます。
「はぁ〜、やっぱり夢じゃないよな。くそっ」
そう言いながら、布団を勢いよく捲り上げ、あぐらをかいたまま大きなあくびを一回しました。障子を開け縁側へ出ると、両手を高く上げ背伸びをしながらもう一度大きなあくびをしました。
「やっぱり、外の空気は美味いな。いや、この部屋の空気が悪すぎるか」
斎藤は出て来た部屋の方を振り返りながら言いました。
男たちは雉林家の大きな部屋で雑魚寝しており、その部屋から出ると一段と朝の空気が美味しく感じます。
まだ寝ている男たちのいびきとは対照的な包丁がまな板に当たる心地よい音が台所から聞こえてきます。
「おはよう、もうすぐ出来るから少し待って」
居間では女たちが忙しく朝食を座卓へ運んでいます。
「おう、起きたのか」
居間にはすでに松平がいました。女たちの邪魔にならないよう、座卓から少し離れた所に座っていたので、斎藤も松平の横に座りました。
「えらく早いな、どうした、早くから畑に行くのか?俺も今日からは畑仕事手伝えるぞ」
斎藤はいつも遅くまで寝ている松平が早起きしていることに少し驚いた様子でしたが、怪我をしていた左腕をぐるぐる回しながら言いました。
松平はあの晩に荒らされた畑から新しい野菜が収穫できるよう、毎日のように耕し、種を蒔いています。
「腕はもういいのか?」
松平は左肩をポンポンと叩きながら言いました。
「あぁ、あんこの薬が効いたみたいだ」
「良かったな。さすが雉屋だな。じゃあ今日から畑仕事頼むぞ」
「おう、今まで任せっきりになってたぶん、しっかり手伝うよ」
「いや、今日からは斎藤が中心にやってくれ」
「ん?どうしたんだ?怪我でもしたのか?」
「いや、有田村に行こうと思ってな。野菜の次の収穫にもまだまだ時間がかかるだろ。それじゃあ子供たちにひもじい思いをさせてしまう」
「あぁ、明智のばあさんも言ってたな。それだけは避けないとな。それで有田村に?」
「食糧確保には漁が必要だ。有田村に行って大きな船を借りるか、無理なら船大工にでも来てもらおうと思ってな」
「うずらはどうする?」
うずらとは松平の息子の事です。
「それなんだが…まだ小さいからな、有田村までは歩けんだろ。道中で何があるかも分からんし」
「まあ、そうだな。で、うずらには言ったのか?」
「ん〜、言ったんだがな…一緒に行くって聞かないんだ」
「そうか、それでうずらはあんなに張り切って畑仕事手伝ってたんだな」
うずらは父と離れたくないあまり、畑仕事を手伝う事で、体力があることを主張しているようでした。
「ふみ子が死んでしまってからは特に俺から離れようとしないんだ」
ふみ子とはあの晩に大怪我をし、翌日の晩に亡くなった、松平の奥さんです。
「ふみ子さん、残念だったな…」
「それはお前もだろ、ここにいるほとんどの人たちは家族を殺された…」
「連れて行ってあげなさいよ」
話しを聞いていたまつ子が松平に言いました。
「いやぁ、まつ子さん。うずらはまだ六つだぞ」
「いいじゃない。こんな状況だし、ここにいるのが安全かどうかも分からないわよ」
「まあ、それは確かにそうなんだが…」
「父ちゃんっ、俺も連れてってくれよ」
そこにはうつむき加減に仁王立ちしたうずらがいました。
「父ちゃんっ!俺も連れてってくれっ!母ちゃんは俺をかばって殺された…もう助けられるだけは嫌なんだっ、俺もみんなの役に立ちたいんだ」
うずらは涙をこらえながら、微動だにせず訴えました。
「有田村までは大人の足でも二日はかかるんだぞ…」
「うずらちゃん、ここにおってもみんなの役に立たないと言うことではないからのぉ」
明智のばあさんも話しに入ってきました。
「父ちゃんっ、頼む!俺も連れてってくれっ」
うずらは一歩も譲る気配がありません。
松平が返答に困っていると、あんこが仁王立ちしているうずらの前に立ち言いました。
「行って来なさい。でも、道中鬼が出るかもしれないわよ。その覚悟はできてる?」
うずらは垂れていた鼻水をすすり、大きくそして力強く頷きました。
これまで微動だにしなかったうずらがようやく動きました。
「うずらの覚悟は分かった。あとはお前も覚悟ができるかどうかだな」
斎藤は松平の肩にポンと手を置き言いました。
松平の家は村の奥にあり、あの晩襲撃にあったのは他の家からずいぶん遅れての事でした。
松平が他の家に助けに行っている間に、ふみ子とうずらは襲撃にあいました。
松平は自分があの時、家を空けていなければと、あの晩の事を非常に悔やんでいました。
そのため、うずらにはもう危険な目に合わせてはいけないという、強い思いがありました。
うずらを連れて行き、自分が守らなければと言う思いと、危険に晒したくないと言う思いとで、松平は葛藤しているようでした。
長い長い沈黙の後、
「分かった、俺も腹くくるわ。一緒に行くか」
松平もようやく覚悟を決めたようでした。




