第十話 日本一のきび団子
昔々あるところにお爺さんとお婆さんと桃太郎が住んでいました。
お爺さんは木刀を持ち武芸を、お婆さんは筆を手に勉学を桃太郎へ教えていました。
ジリジリと熱い日差しが昇り始めた午前中、大きな庭先からは木と木がぶつかる乾いた音が響いていました。
「ほら、桃太郎! 腰が浮いておるぞ。もっとぐっと低く構えんか!」
お爺さんが手にした木刀を構え、手本を見せます。対する桃太郎は、まだまだ小さな体で、自分と同じくらいの長さがある木刀を必死に支えていました。
「ううっ……重いよぉ、お爺さん。こう……かな?」
「腕だけで振っては駄目じゃ、体全体で踏み込むんじゃ!」
お爺さんが手本を見せるように軽く打ち込んできた一撃を、慌てて受け止めようとした桃太郎でしたが、尻もちをついてガラガラと木刀を落としてしまいました。
「はぁ、はぁ……痛たた。武芸は難しいなぁ……。勉学の方がよっぽど楽しいよ」
土のついたお尻を叩きながら情けなさそうにつぶやく桃太郎を見て、お爺さんは木刀を下ろすと、笑いながら言いました。
「ハハハまだまだ力が足りんのぉ。自分の身を守るためにも強くならんとなぁ。日々精進じゃ」
「う〜ん、頑張るよ……」
お爺さんは落ち込んだ様子の桃太郎の背中をポンポンと軽く叩き、勇気づけました。
午後になり日差しが傾き始めると、今度は家の中で静かな時間が流れます。
大きな居間で正座をした桃太郎は、蝉の大合唱も聞こえないほど集中しています。目の前に置かれた難しい書物を指でなぞりながら、すらすらと文字を読み上げていました。
「……『幾多の難儀を越えて、地に足をつけ、生き抜くべし』。お婆さん、これで合ってるよね?」
傍らで見守っていたお婆さんは、驚いたように目を丸くした後、優しく目を細めました。
「素晴らしいねぇ。もうそんな難しい文字まで覚えてしまったのかい。本当に物覚えが早くて、賢い子だねぇ」
「へへっ、本当? 本を読むのはとっても楽しいよ。僕、もっといろんなことを勉強したいな」
桃太郎がパッと顔を輝かせて微笑むと、お婆さんは愛おしそうにその頭を撫でました。
ふと、桃太郎はお婆さんの腕に目をやりました。家の中は蒸し暑いというのに、お婆さんは手首までをすっぽりと覆う長袖の服を着ています。真夏の盛りであっても、その姿が変わることはありません。
「ねぇ、お婆さん。どうしていつもそんな長袖を着ているの? 暑くないの?」
桃太郎が尋ねると、お婆さんは一瞬だけ驚いたように手を止めましたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべました。
「歳をとるとねぇ、冷え性になるんだよ。これくらい着ていないと、すぐに寒くなるんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
納得しかけた桃太郎でしたが、右腕に何やら不思議な形のアザのようなものがチラリと見えた気がしました。しかし、お婆さんは慌ててサッと袖を元通りに直し、隠れてしまったため、桃太郎はそれ以上そのアザについて何も聞くことはできませんでした。
「そういえばさ、お爺さん、お婆さん」
桃太郎はふと思い出したように、ずっと胸に引っかかっていた疑問を口にしました。
「僕って、本当に桃から生まれたの? こないだ読んだ本には、人間はみんなお母さんのお腹から生まれるって書いてあったんだけど……」
その言葉が出た瞬間、お爺さんとお婆さんの動きがピタリと止まりました。二人は顔を見合わせ、目に見えて動揺し始めます。
「な、なんじゃいきなり! も、桃からに決まっておろうが! 大きな大きな桃が川からどんぶらこ、どんぶらこと流れてきてな、パカーンと割れたら中からお前が出てきたんじゃ!」
お爺さんが見たこともないほどの早口でまくしたてます。
「そ、そうよ桃太郎! お前はあの甘い甘い桃から生まれたんだよ。あの時は本当にびっくりしましたねぇ、お爺さん」
お婆さんも手と声を震わせながら、何やら必死になっています。二人の様子を見て違和感を感じた桃太郎は首をかしげました。
「ふーん……? でも、桃から人間が生まれるなんて、やっぱり変だと思うんだけどなぁ……」
「へ、変なものかいっ、ほら、そんなことより今日は桃太郎の大好きなきび団子を作ったんだから」
お婆さんは強引に話題を打ち切ると、パタパタと急ぎ足で台所へ向かい、皿に載った出来立てのきび団子を持ってきました。
香ばしい匂いと、甘く蒸し上がったきび団子を目にした瞬間、桃太郎の疑問は一気に吹き飛んでしまいました。
「わぁーい! やったぁ!きび団子だ!」
桃太郎はさっそくひとつ手に取ると、小さな口へ放り込みました。
モチモチとした食感と素朴な甘みが口いっぱいに広がります。桃太郎は満面の笑みを浮かべて叫びました。
「んーーっ! おいしいっ! やっぱり、お婆さんの作るきび団子は日本一だよ!」
「ふふ、まあ嬉しいねぇ。たくさんお食べ」
「うん! お婆さんのきび団子は日本一だ!」
きび団子を夢中で食べる桃太郎の姿を、お爺さんとお婆さんはどこか切なげな、けれど深い愛情に満ちた目で見つめていました。
こうして、桃太郎の幼い一日は、あたたかくて甘いきび団子の味とともに過ぎていくのでした。




