第21話
火花が視界を白く染め、鋼の擦れ合う甲高い絶叫が狭い岩肌に反響した。
正面から振り下ろされた大剣の重みは並の人間なら両腕を砕かれる威力だったが、俺はわずかに切っ先を傾けて衝撃を後方へ逃がす。受け流された刃が地面の岩を削り、激しい衝撃音を立てた。
「ぐっ……!?」
男が目を瞠る。体勢が前のめりに崩れた一瞬を逃さず、俺は剣の柄頭で相手の顎を鋭く打ち抜いた。骨が軋む鈍い音と共に、精鋭の傭兵が白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
だが、息をつく間もない。
濡れ布で口元を覆った残りの三人が、左右と正面から同時に間合いを詰めてきた。互いの死角を補い合う、手慣れた連携の動きだ。催涙の煙を吸い込んでなおこれだけの判断力と速度を保てるのは、数々の修羅場を潜り抜けてきた証拠だろう。
「散開するな! 囲んで仕留めろ!」
背後の男が怒号を上げ、長槍の穂先を俺の喉元めがけて突き出してきた。同時に、左側の短剣使いが低く滑り込み、足首の腱を狙って刃を薙ぎ払う。
俺は右足をわずかに引き、槍の軌道を紙一重でかわすと、振り向きざまに剣の平で槍の柄を強く叩き上げた。軌道が大きく跳ね上がり、槍使いの体勢が跳ね上がる。その反動を利用して身を沈め、足元を狙ってきた短剣の刃を長剣の鍔で強引に噛み止めた。
「なっ、力で……!?」
力任せに手首を捻り上げると、短剣使いの指から武器が弾け飛んだ。痛みに顔を歪めた男の鳩尾へ、容赦なく膝蹴りを叩き込む。肺から空気を吐き出しながら男が泥土へ倒れ込んだ。
残る二人が一瞬、足を止めて戦慄を露わにする。
「……化け物め。引退した傭兵崩れが、なぜこれほど動ける!」
「飯の邪魔をされたくなけりゃ、武器を捨てて失せろ」
泥のついた剣先をわずかに下げ、冷徹に二人を見据えた。
脅しではない。この荒れ地は、俺と十七人の子どもたちが泥にまみれ、石を運び、ようやく手に入れた大切な食卓だ。誰一人として飢えさせず、温かい飯を腹いっぱい食わせる。そのために俺は剣を置き、土を耕す道を選んだ。それを踏みにじろうとする奴らを、見逃すわけにはいかない。
傭兵二人は互いに視線を交わし、恐怖を塗りつぶすように猛然と突進してきた。一人ではない、背後からも煙を抜けてきた別の増援が二人、足音を荒らげて迫ってくる。
迎え撃つため、俺は腰を低く落として剣を水平に構え直した。
踏み込み、右腕を一閃させる。一人目の剣を弾き飛ばし、返しの刃で二人目の胸当てを断ち切る。急所は外しているが、戦闘を継続する力は奪った。続けざまに背後からの斬撃を身体を半身に開いてわし、柄で相手の側頭部を打つ。
無駄な殺生はしない。子どもたちに無用な血の海を見せたくはなかったし、何より後の処理が厄介になる。腕と足を確実に封じ、戦意を削ぎ落としていく。
かつて戦場で培った身体の記憶が、淀みなく動きを紡ぎ出していた。
だが――その時だった。
ピキリと、冷たい針で骨を直接突き刺されたような鋭い激痛が、右肘の奥底から全身へと走った。
「……っ!?」
右腕の筋肉が痙攣し、握り締めていた剣の重みが不意に何倍にも跳ね上がる。
長年の傭兵稼業で刻まれた古傷だ。矢で射抜かれ、骨まで砕かれた右肘と、無数の刃傷が残る左足の膝。それらは平時であれば何とか騙し騙し付き合っていける代物だったが、この冷え込む冬の凍てつく空気と、立て続けの激闘による疲労が、最悪の形で傷口を呼び覚ましてしまった。
痛みを堪えようと奥歯を噛み締めた瞬間、今度は左膝の関節がガクリと震え、力が抜けた。
体勢がわずかに傾く。
熟練の戦士同士の斬り合いにおいて、その一瞬の硬直はあまりにも致命的だった。
「隙だらけだぞッ!」
手傷を負っていたはずの長剣使いが泥を蹴り、頭上から刃を振り下ろしてきた。
男の顔から濡れ布が外れ、催涙の煙に爛れた赤い眼が狂気の光を放っている。振り上げられた鋼の刃が、曇天の鈍い光を反射してぎらりと光った。狙いは俺の無防備な胸元、心臓の一点。
頭では回避の動作を思い描いている。
右へ半歩体を滑らせ、相手の突進力を利用して首筋を払う――それが染み付いた最適解のはずだった。だが、足が動かない。凍りついたように冷え切った左足が、泥濘に縫い止められたように鉛の重さへと変わっていた。
右腕もまた、痺れ上がって剣を持ち上げることすらままならない。
「死ねええッ!」
切っ先が空気を切り裂く鋭い音が、耳元で恐ろしいほど鮮明に響いた。
死の気配が、肌を粟立たせる。かつて幾度となく潜り抜けてきたはずの感覚が、今になって冷酷な現実として突きつけられていた。老いと傷によって、俺の身体は確実に限界を迎えている。
その刹那、遠く離れた後方の高台から、甲高い叫び声が風に乗って届いた。
「お父ちゃん――っ!!」
ミルの声だった。
避難所にいるはずの小さな末っ子が、岩陰から身を乗り出し、泣き叫ぶようにこちらを見つめていた。その隣で、長男のカイトや長女のアリアが必死に腕を伸ばし、危険な前線を見つめて凍りついているのが視界の端に映る。
胸の奥が、焼けるように熱くなった。
ここで俺が倒れれば、あの巨石群の防衛線は一瞬で突破される。煙幕の混乱が収まった傭兵たちが雪崩れ込み、子どもたちの平和な暮らしも、みんなで耕した畑も、建てたばかりの学校も、すべてが蹂躙されて灰に還る。
あいつらに二度と、戦場の冷たい土の上で怯えるような思いはさせない。
腹いっぱい飯を食わせて、暖かい毛布で眠らせると決めたんだ。
「うおおおおッ……!」
喉の奥から絞り出すような咆哮を上げ、俺は痛みに軋む右腕を無理やり引き戻そうとした。神経を焼き切るような痛撃が脳内を駆け巡る。だが、肉体は無情にも命令を拒絶した。固まった筋肉は痙攣を繰り返すばかりで、迫り来る切っ先に対して防御の構えを取るには決定的に遅すぎた。
敵の剣先が、俺の着古した上着の布地を裂き、胸当ての革を突き破る感触が伝わってくる。
刃が肉へと達する、まさにそのコンマ数秒の前――。
ドォンッ!!
重く鈍い衝撃音が、至近距離で爆発するように鳴り響いた。
俺の心臓を貫くはずだった白刃が、横合いから飛来した強烈な質量によって強引に弾き飛ばされ、狙いを外れて巨石の側面へと深く突き刺さる。
「なっ……!?」
傭兵が驚愕の声を上げ、腕の痺れに顔を歪めてよろめいた。
砕け散った石煙の向こう詰まった空気の中、俺たちの足元に転がったのは、拳よりも二回りほど大きな、丸みを帯びた硬い岩石だった。




