第3章 ラッシュガード③
……いつ家にいるかわからないのに?門亜は心の中でつぶやいた。
日勤と夜勤が交互にあって、休みの日は県外に単身赴任をしている父親の所に掃除をしに行くのにさ。門亜は言葉を飲み込むと、ただ一言
「分かった……」
そう言うと、自分が今まで使っていた食器をキッチンへと持って行った。そして、階段を上がって自分の部屋へと向かった。
母親は、門亜が階段を上る音を聞きながら、冷めた味噌汁をすっと飲み干した。
――1勝1敗1引き分けだ……門亜はつぶやいた。家に上げないのは分かったけど。音環を悪く言うのは許せないな……。
門亜はベッドに転がった。さっきまで柔らかかった布団。それが、今は何となく固く感じていた。
音環が言ってくれた「友だち」の言葉を聞いたときは、あんなにも布団は柔らかくて、気持ちよく包んでくれたのに。
今は、音環のことを思い出すだけで背中から「口答えした子」という母さんの言葉が刺さってくる。
ラッシュガードもそうだ……ただ、着るだけじゃダメなんだ。大人のルールでやって行かないと……。ごろん。門亜は天井を向くと、目で壁紙の模様を追った。
無力だなぁ。音環が正しいよ、と行動するのも、言うのも。堅い壁も空気の壁もどちらも破れない。
はぁぁ。門亜は大きくため息をついた。
翌日。門亜は外を走る車がシャーッと水をまき上げる音で目が覚めた。……雨かな?
目をこすりながらカーテンを開けると、霧のような雨がしとしとと降っていた。
あーあ。これじゃ、プールの授業はないな。……音環と一緒に自習したかったな。残念な日は、残念なことが重なる……門亜は、手元の教科書にテルテル坊主をいくつも書いた。
宿題が国語と算数と社会から出た。帰りの会で先生が連絡の中で宿題を黒板に書くと、クラスメートから「えー!」と言う声が合唱のように合わさって出てきた。
きっと、プールのせいだ。体育の時間じゃない時間までプールの授業をやっているからだ。それでほかの勉強が遅れているんだ。
門亜はイラっとした。よりによって国語が多いなんて。
「僕んちで一緒に宿題やらない?」
放課後。音環がやってきて門亜に言った。
「昨日、門亜の所からボク、帰ったじゃん。10分……10分とちょっと位かな。僕のうち、それくらいで行けるよ」
なんて素敵な!
門亜はさっきまでの沈んだ気持ちが晴れていくのが分かった。門亜はランドセルを背負うと、音環の後に続いて教室を出た。
「あ!机にペンケース忘れた!ごめん、昇降口、先行って待ってて!」
階段の途中で音環は、立ち止まると言った。
うーん。今、昇降口に行っても人がいっぱいなんだよな。門亜が立ち止まると、ごめん!と言って音環は階段をかけ上がって行った。
……踊り場で待っていよう。門亜は階段を数段降りると、踊り場の隅で音環を待つことにした。その時だった。
「門亜だろ?ちょっと付き合ってくんない?」
少しだけ門亜より背の高い、ひょろっとした男子が声をかけた。……誰だ?門亜が怪訝そうな顔をしてその男子を見ると、慌てて言葉をつづけた。
「ごめん。オレ、隣のクラスのすべっタロー。カズヤ、知ってるだろ?休んでいるからプリントを渡しに行きたいんだけど、家知らなくてさ……」
すべっタローはぽりぽり、と頭をかいた。そこへ音環が戻ってきた。
「ごめん。門亜、おまたせ!……どうしたの?」
「隣のクラスのすべっタローだって。カズヤの家にプリントを届けたいみたい」
ふーん、と言いたそうな顔で音環はすべっタローを見た。
一緒に行って、と言うなら同じクラスの人に言うんじゃないの?門亜もすべっタローを知らなかったみたいだし。……こいつも転校生かな。
音環は怪訝そうな顔ですべっタローを見つめた。2人に見つめられたすべっタローは慌てて手を振りながら少しだけ声を潜めて言った。
「実はさ、カズヤ、5年生になってから学校に来ていないんだよ。それで、プリントとか週に一度誰かが持って行っているんだ。
オレ、カズヤの住んでいるところと逆方向だから今まで行ったことなかったんだけど、たまたま残っていたら先生にさ……」
しょぼん。逃げ損ねた。うつむいたすべっタローの姿からは、そんな声が聞こえるようだった。
どうする?門亜と音環は小声でひそひそ話をした。宿題がたくさん出てるんだよね。早く済ませたいよね。
音環はすべっタローに言った。
「僕たち案内するけど……でも、宿題があるからそれまでだよ。国語と算数と社会から宿題が出ているんだ」
「オレのクラスも宿題が出た。国語と算数と社会。……混ぜてくれない?」
するする入ってくるなぁ。
門亜はすべっタローの言葉にまるで風のように入ってくるのを感じた。今日は音環と二人で宿題できると思ったんだけどな。
「うーん。僕、国語が苦手なんだよね。すべっタローはどう?出来る?」
音環はすべっタローに聞いた。
「うん……。国語と算数は苦手なんだよね。社会は出来るかなあ。リンゴの生産量ならすらっと出てくるよ」
どやっ。すべっタローは少しだけ胸を張って言った。
「じゃあ、言ってみてよ」
音環は疑うように言った。
「うん!リンゴの生産日本一はうちのりんご農園だ!」
はぁ?門亜と音環は、自信満々にすべっタローが言うせいで、変な顔になった。ダメじゃん。それ。
すべっタローは2人の顔を見て慌てて続けた。
「ホントだよ。うちのりんごはおいしいんだ!」
はぁ。音環は軽くため息をつくと、半ば呆れたように言った。
「それ……社会の授業でそれ言ったら先生に怒られるから。すべっタロー、もしかして社会もよくないんじゃないの?」
音環の言葉に、すべっタローはばれた!と言うような顔をした。
「算数は……良くないかな。でも、出来ないのは国語と算数と理科だけだよ」
……全部じゃん。心の中のつぶやきがシンクロするように、門亜と音環は再び顔を見合わせた。
「とりあえず……ここで話していても仕方ないから、カズヤの家にプリントを届けに行こう。そのあと僕のうちに行こうよ」
音環は言った。隣ですべっタローは納得したようにうん、うんとうなずいていた。
……すべっタローが来るの、確定だな。ちぇっ。門亜は軽くすべっタローの影を踏んだ。
すべっタロー、登場です。
彼の名前の由来はずっと後ですが出てきます。
そのエピソードを載せたら
(だいぶ先ですが……)
作品紹介に載せたいと思います。




