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第3章 ラッシュガード①

「一緒に帰ろうよ!」


帰り支度をしていると、音環が声をかけてきた。


音環のおかげで。今日の自習は怒られなかった。多分、明日のプールも無事に自習だ。


門亜はうん、とうなづくと、ふと気が付いた。音環のうちってどこ?


「音環のうちってどっちの方?」


門亜は聞いてみた。


「魚屋の方だよ。よくばあちゃんが歩いて買いに行ってる」


じゃあ、ボクのうちの先だ。


「ボクのうちのほうが先に着いちゃうけど……それでいいのなら……」


そう言いながら、門亜の心はドキドキした。も少し、音環と一緒にいられる。


「そうなんだ!よかった。誘って気が付いたけど、逆の方だったら昇降口までだもん。何かのコントだよね」


頭を書きながら言う音環の姿に、門亜は知らないうちにニッと笑顔になった。足は自然と、教室の外を向いていた。


――いつもは、押されるのが嫌でみんながいなくなってから下駄箱に行っていたが、今日は音環と一緒に教室を出たため、クラスメートと一緒になりもみくちゃにされた。


それでも、門亜は気にならなかった。玄関を出ると、太陽はまだ高かった。


そうだ!聞いてみようと思ったんだ。


「ねえ、あの水着って売ってるの?」


門亜の問いかけに、音環は、あの水着……と思い出すようにつぶやいた。


「あ、ラッシュガードだね?うん。前の学校はみんなあの水着だったし、紺色ならOKだったから学校指定だけでなく密林で買ったやつもいたよ」


密林にあるんだ。門亜は目の前の世界がほんの少し広がったような気がした。


「買うの?」


「うーん。プールに入らないから買わないと思うけど……でも、興味あったから聞いてみただけ」


門亜は長袖の先で汗を拭いた。


「……思ったけど、門亜、暑くないの?長袖で」


さらりと、音環は聞いた。その言葉を聞いた門亜はどきりとした。


「……変?」


ごくり。門亜はつばを飲み込むと上目遣いに音環を見た。


「いや……暑そうだなって思って。それ、春物でしょ?夏物の長袖着ないのかなって思って」


夏物の長袖?なにそれ!


「夏物の長袖ってあるの?」


音環の言葉に門亜は飛びついた。音環、凄いなぁ。何でも知ってる!


門亜は自分の腕をじっと見てみた。体温と太陽の熱を含んだほんの少し厚みのあるコットンが、熱を放っていた。


半袖は来たくなかったが、かといって、熱を放つ服を着るのにも飽き飽きしていた。


「うん。あまり種類はないかもしれないけどね。『働く人』で売ってるよ」


……働く人?聞いたことないけど、この近くにあるのかな?門亜が聞くと音環は


「川を渡った先にあったよ」


と、答えた。そして


「10の100乗マップにも乗っているし、通販もあるから……。熱中症も怖いから夏物にした方がいいよ」


と言った。


今まで誰も教えてくれなかったから……母親も。でも、今日は頼んでみよう。なんか、緊張するなぁ。


「ありがとう」


門亜は、今日だけは母親の帰宅が楽しみだった。


「あー。でもどうするかなぁ。プール。今年はいいけど、中学はそう言う訳に行かないんだろうなぁ。でもやだよ。裸同然だよ?」


突然音環は言った。両手で頭を抱えている様子は本当に困っているようだった。


音環の言葉に、門亜は、数年前のプールの授業を思い出していた。


――水着自体は、保育園の頃からスイムパンツだけだったから慣れていた。でも。突然一人の男子に「肌が白い」ことでからかわれた。


「女子みたい」


「気持ち悪い」


人の前で着替えるのが嫌になった。体育の授業だけは、トイレで着替えることにした。体操着も……長袖だ。


「せっかく、ばあちゃんの所に来て自分の部屋が出来たのにな……また親戚の所にお世話になるようかな……。また一から友だち作らなくちゃいけないし」


友だち。その言葉を聞いた門亜は心がキュッとした。そしてその瞬間、隣にいる音環がとても遠いところにいるような気がした。


トワ、トモダチ、イルンダ。


じっと音環を見つめていたら、音環と目が合った。慌てて門亜が目線を外そうとすると音環は言った。


「だって、門亜、友だちだろ?」


心にオレンジ色の光がともった。頬が緩んだような気がした。そして、考えていたことがばれてしまったようで少し恥ずかしかった。


それでも、門亜は大きくうなずいた。


――いつの間にか、門亜の家の前についてしまった。


とても残念だ。門亜は思った。


「ボクのうち、ここだから……」


もう少し、居たいな。何となく髪を引っ張られる。そんな感覚だった。


「そうなんだ。学校から近いんだね。じゃ!また明日!」


音環はそう言うと、手を振って歩き出した。……なんでボクのうちは学校に近いんだろう。もう少し先にあってもいいのに。


門亜は音環が見えなくなるまで、ブロック塀の上から顔を出して見送っていた。そして、完全にその背中が見えなくなると、あきらめて玄関のかぎを開けて家の中に入った。




今日は……。門亜はキッチンにある大きなカレンダーを見た。右下の角に斜め線が入っている。


――今日は日勤だ。早いところ、お風呂掃除しちゃおう。


門亜は袖をまくり上げると風呂場に行った。風呂場に入る前にズボンのすそをまくり上げた。そして、湯船の栓を抜いた。


ごぽごぽ音を立てて排水溝に吸い込まれていく音を聞きながら、湯船に柄付きのブラシをジャボッとくぐらすと、洗剤を壁にかけてごしごしこすり始めた。


4面磨いたところで、水シャワーをかけると、洗剤は下に落ちて行った。


排水溝に筋状の洗剤が吸い込まれていくのを見ながら、門亜は少しだけ洗剤を撒くのを待った。洗剤まで引きずり込まれちゃう。


湯船の排水溝から、ごぽっごぽっごぽっと3回位排水溝が咳き込むような音がした。


門亜は湯船に洗剤を撒くと、続いてもうあまり流れなくなった床面に洗剤を撒いた。そして、ブラシでごしごしと床面を磨き、続いて湯船を磨いた。


これでおしまい。ふぅ。と息を吐くと今度は強めに水シャワーを出した。


早く流れて行け。早く流れて行け。ところが、水が強すぎたのか逆に泡立って、排水溝の入り口で泡が渋滞し始めた。……失敗。ちょっと待ってからもう一回流そう。


ラッシュガード欲しい、と言ったら今度は何の手伝いが増えるかな。簡単なやつだといいなぁ。


門亜は水が流れ切ったのを見ると、今度は少し水を弱めて排水溝に直接シャワーをあてた。泡切れがよい、なんて書いてあったけど、嘘だ……。


なかなか消えない泡に、門亜はげんなりした。


第3章 ラッシュガード エピソードに追加しました。

この章も4つに分かれています。

ゆっくりお付き合いいただければ嬉しいです。

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