第2章 東京からの転校生④
「これ、どうやって解くの?」
門亜と目が合った音環は、我に返って言った。
「まだ、学校で習っていないのに、解けるなんてすごいじゃん!」
音環の言葉を聞いた門亜は、なんだかくすぐったい気持ちになった。そして、机から自由帳を取り出すと、
2/3 ÷ 1/4 = □
と、さっきまで解いていた問題を書いた。そして、その下に分けるかのように線を引いたあと、
2/3 ÷ 4 = 2/12 = 1/6
さらに、同様に線を引いたあと、
2 ÷ 3 = 2/3
と書いた。
「割られる数と割る数に同じ数をかけても答えは同じって習ったよね?」
門亜はちらりと音環を見た。
音環はうん、うんと食い入るようにうなずいた。音環がうなずいたのを見た門亜は、2 ÷ 3 = 2/3 から付け加えて、
(2×2)÷(3×2)= 4/6 = 2/3
とさらさらと書いた。
「分数が入っていても同じだよ」
門亜はそう言うと、2/3 ÷ 4 = 2/12 = 1/6 の下に数式を書き出した。
(2/3×2)÷(4×2)=(4/3)÷8=4/(3×8)=4/24 = 1/6
「ここまでは……この前の授業で習ったよね?」
門亜は聞いた。音環はうなずくと、目をキラキラさせて門亜を見た。
「うん。何となくわかってきた気がするけど……分かりやすいよ。凄いね! ねえ、続き教えて!」
門亜は音環に褒められたとわかってびっくりした。うーん。普通なんだけどな。心の中でつぶやくと、ほんの少し、頬が温かくなるのを感じた。
「今度は最初の式ね。分数同士の割り算の時は、片方を掛け合わせて1にすると、すっきりするんだ。……ちょっと待っててね」
2/3 ÷ 1/4 = □ の □ の部分に、8/3と先に答えを書いた。そしてその下に、
(2/3×4/1)÷(1/4×4/1)= 8/3
と書いていったん止めた。
「同じ数だったら、整数でも分数でもいいんだ。4/1としたのは、割る数を1にしたいからなんだ。分数をひっくり返した数をかけると1になる、って習ったよね」
門亜はそう言って続けた。
(2/3×4/1)÷(1/4×4/1)={(2×4)/(3×1)}÷(4/4)= 8/3
「1/4×4/1は1だから、2/3×4/1の計算が答えになるよね。だから、分数同士の割り算は、割る数をひっくり返してかけた数字をかけると、答えが出るんだ」
門亜の自由帳にはいくつもの数式が並んだ。丁寧に書き込まれた数式を見て、音環はへえ~と、言葉にならない声を上げた。
「うまく言えないんだけど……あとは解いていて分かったような気がするんだ」
門亜はもじもじしながら言った。この説明で大丈夫かな、と少しだけ心配になった。
変な奴って思われないかな。ドキドキしながらちらり、と見ると、音環と目が合った。音環は興奮しながら言った。
「ねえ、問題をいくつか書き写させてよ。解いてみたい!」
じっと門亜を見る音環に、門亜はドキン、とした。目が合っちゃった……でも、悪い気持ちがしない。
門亜はそっとテキストを音環に渡した。
ありがとう!と音環はお礼もそこそこに、テキストを受け取った。そして算数のノートに問題をいくつも書き写すと、テキストを門亜に返した。
門亜が受け取ったときには音環はすでにシャープペンシルを走らせていた。
はや!
門亜はちらりと音環の手元を見た。
音環は、少し前に門亜が説明したとおりに、数式を書きながら進めていた。よく見ると、1行開けて書いている。そして、計算の結果を上向きのカッコでくくりながら書いていた。
……そういう方法もあるんだな。ボクもやってみようかな。
門亜は返してもらったテキストを再び開くと問題の続きを解き始めた。今度は、帯分数がぞろぞろ続いている。発展問題だ。門亜は嬉しさで目が丸くなった。
――時間内に終わるかな?
ちらり。黒板の上の時計に門亜は目を向けると、終わるかどうか分からない、ぎりぎりの時間だった。
門亜はさっそく取り掛かった。
時折、隣の机から音環の「うーん」という唸り声が聞こえて来た。少しすると、シャープペンが走る音がした。
多分、解いてしまうだろうな。音環は頭がいいんだな。
「できた!」
突然、音環の声が響いた。そして、すぐに申し訳ないような声に変わった。
「ごめん。びっくりさせちゃったよね。邪魔しちゃってごめんね。ねえ、答えある?あってるか見てみたいんだ」
門亜は「うん」と小さくうなずくと、テキストの後ろのページを開いた。そして、解答用のページをまとめて指でつかむと、グイっと引っ張った。
思いのほか、糊は強くなかったが、それでも裏表紙が少し破けてしまった。
……うーん。今月も失敗。
毎月のことながら、きれいにはがせなかったのが少しだけ悔しい。いつもなら破けたところをセロハンテープ貼るのだが、今日はそれもない。
きっと音環はきれいに見てくれるよね?門亜は破けて少し浮き上がったところを指で撫でて慣らすと、はい、と音環に渡した。
音環は両手で受け取ると、自分のノートの隣に置いて、指で答えを追いかけた。
「1番はあってる、2番もあってる。やった!3番は……あー。続きを下に書き写すときに違う数字を書いちゃったんだ。
うーん。残念!でも楽しかった!門亜!ありがとう!」
音環は満面の笑みを浮かべながら、解答を門亜に返した。その笑顔につられて、門亜もにっと笑った。
もう少し解きたいな……。音環がつぶやくように言いながら時計を見た。
「あっ!やばい!」
ふいに音環は言った。
「門亜、ドリル解いてないじゃん」
音環は慌ててドリルの今日やったところを開いて門亜に渡した。
「僕の見て書き写しちゃいなよ。国語は漢字の書き取りはほとんどなかったし、算数もこれに比べたら簡単だから、写せちゃうよ。あと15分あるから間に合うよ!」
ぐいぐい、と隣の机から押されてくるドリルに門亜は戸惑った。書き写すなんて……していいの?
「写したらずるくならない?」
門亜はおずおずと言った。音環と少し仲良くなれたような気がしたのに、断ったら嫌われちゃうかな。
音環はそんな門亜の気持ちに気づかず続けた。
「いいんだって。先生に怒られないほうが大事だから。今度は教頭先生とかが自習の時間にやってきちゃう。門亜のテキスト出来なくなっちゃうよ」
あっ!確かに。去年も先生が来た日があった。でも、本当にいいのかな。ずるにならないかな。
門亜は音環の目線に押されてしぶしぶ、書き写し始めた。
「ホントはさ、僕も手伝って書き写せればいいんだけど、何でかばれちゃうんだよね」
門亜はぷっと噴き出した。……やったんだ。門亜の口の端が緩んだ。鉛筆の動きが速くなった。
4時間目のチャイムが終わるころ、
「できたよ……ありがとう」
内緒話をするように小さい声で言うと、音環にドリルを返した。
第2章 東京からの転校生 このエピソードで終了です。
今回は計算式が多かったため、少し長くなりました。
ごめんなさい。
懲りずにお付き合いいただければ嬉しいです。




