第2章 東京からの転校生③
正直、ちょっと怖い。門亜は心の中でつぶやいた。
――でも。水着のことは音環の方がまともなことを言っていたな。水着なら、何でもいいじゃん。
水着と言えば今日音環が来ていた水着。あれはどこで売っているんだろう。東京かな。プールの授業には出たくないけど、あの水着には興味があるぞ。
乾ききらなかったコンクリートの、ムッとしたニオイが門亜の鼻を通り抜けた。
屋根の下にいたのもあって、空気が乾いているのになぜかジメジメした所に座らされている気がした。
コンクリートをはだしで歩かされる。転んだらどれだけ指先が痛い思いするのだろう。
2時間……長いな。
門亜はおっかない音環が隣にいるせいで、ぼーっとするにも集中できない気がした。次回はボク一人だといいな。
――だが、門亜のささやかな願いは叶わなかった。翌日のプールの授業も、音環と一緒に見学になってしまった。
ただ、昨日と違っていたのは、先生から「教室で国語と算数のドリルを解いておくように」と言われたことだった。
そうなったのは、クラスの男子から「見学はずるい」と声が上がったためだ。
もっとも毎年のことなので、門亜は前日に準備をしておいた、XYZ会のテキストを取り出した。
今月は分数の割り算だ!門亜は嬉しさで口元がキュッと上がった。ああ……印刷のいい匂い!
門亜はテキストを開くと、説明を読みながら解き始めた。
「なにそれ」
問題が3問目に差し掛かった時だった。突然、門亜の頭の上から少しハスキーで高めの声が降ってきた。慌てて顔を上げると机の隣に音環が立っていた。
……しまった!席が遠いから安心していた。
門亜はそっと、テキストを持ち上げると、音環に表紙を見せた。
「XYZ会……発展コース……お前、難しいのやってるんだな」
音環は感心するように言った。
「ねえ、見せて見せて!」
ぐいぐい来るなぁ。
門亜は昨日見た、まるでカッターナイフのような音環の様子とは逆の様子に戸惑った。そして、だまって1ページ目を開いた。
1ページ目は目次が並んでいた。音環は見たことのない数式や図形のタイトルを前に
「分かんないや。解けるの?」
とどこか不安げに聞いてきた。
門亜は目線は合わせないまま、ただ、黙ってうなずいた。
音環はすごいなあ……と言い、鉛筆とドリルを持って門亜の隣の席に座った。そして学校のドリルを広げると、
「あとで教えて!これ、先やっちゃうから」
そう言って、音環は門亜の答えを待たずに、ドリルに取り掛かった。
ガランとした教室の中は、門亜と音環の、鉛筆が紙を通して机をたたく音だけが響いた。
時折、消しゴムと紙がこすれる音が混じった。そして、互いに呼吸をする音だけが聞こえた。
問題にまっすぐ向かう人同士だけが聞こえる、お互いの呼吸の音。それが何故か何となく門亜にとって心地よかった。
3時間目の終わりのチャイムが鳴るころ、音環は先生から指示された分のドリルを解き終えた。
そして、そっと隣を見ると、門亜が丁寧な字で空白を埋め続けていた。
門亜の手元を見ると、そこには分数を分数で割ると言う、複雑な式が並んでいた。
まだ、習っていない!音環は解こうとして、思考が止まった。解き方がわからない。発展コースってこんなに難しいの?!
……でも門亜はゆっくりと考えながら解いている。しかも、途中の式を入れて答えまでたどり着いている!流れるような、美しい動きで。
問題を一つ解き終えて、門亜は手元を見る視線に気が付いた。
顔を上げるとあのおっかない音環が、ぽかんと口を開けたまま門亜とテキストを見ていた。
お付き合いくださりありがとうございます。
今回は話の流れの都合上、短くなりました。
次は、分数の割り算で、計算式がぞろぞろ出てきます。
そんなもんだ、で読んでいただければ嬉しいです。




