第2章 東京からの転校生②
「そんなの服じゃん。プールで着るやつじゃねえだろ」
真ん中にいた男子が、その男子の水着を指さして言った。
「は?これが普通だろ。なんだよ。上半身裸なんて。しかもスイムパンツもやたら短いし」
毅然と言い返していたのは、学年が上がってから来た、東京からの転校生だった。
――音環とか言ったかな。
門亜は寝ぼけた頭をはっきりさせるように記憶の引き出しからぐるぐると引っ張り出した。
見ると、音環は上半身は肘より長めの袖のついた上衣を身にまとい、下はひざ下まである長めのスイムパンツと言う姿になっていた。
ふうん。そう言う水着もあるんだ。門亜はちら、とみると再び寝たふりをしようとした。
「気取ってるんじゃねえって。」
……きな臭いぞ。
門亜は閉じた目を開くと、音環の方を向いた。喧嘩になって、モノが飛んで来たらかなわない。
音環は、数人の男子に囲まれても、たじろぐことはなかった。僕は僕だ、と言っているかのようだった。お互い、一歩も引かない様子に門亜はどうなるのだろう、とハラハラした。
――クラスの誰かが職員室に行ったのだろう。言い合いが始まり激しくなる前、先生が慌ててやってきた。
「どうした、どうした」
先生は大きな体をずいっと割り込ませながら、音環と彼を囲む男子の間に入った。すかさず囲んでいた男子の一人が言った。
「先生、音環が僕たちと違う水着で入ろうとするんです」
「これ、服ですよね?」
ぼくたちは間違ったことは言っていません。正しいことを言っています。と言うかのような言い方だった。
先生はちらりと音環の姿を見て、ああ……、と言った。
「そうか。音環はこっちのプールは初めてだったな。こっちではラッシュガードを着る人はいないから上は脱ぎなさい」
先生は音環の方を向くと、決まりごとのように言った。
……ふうん。ラッシュガードって言うんだ。あれ。門亜は机に顔を乗せたまま音環を見た。
先生に脱ぐように言われた音環は困ったような顔をしていた。けれど、次の瞬間何かを決意したように口をキュッと結ぶと、先生の顔を真正面に見た。
そして
「僕は上を脱いでプールに入ることはできません」
と言った。
先生に口答えをした……音環と男子の言い合いを見ていたクラスメートの間にざわつきが起きた。
やばいよ。プールが無くなるかも……と言うような怯えにも似た声が上がってきた。
「どうしてだい?傷があるとか、体が弱いとかそういうわけではないだろう?」
先生は音環に確認するように聞いた。
門亜の耳には優しげな先生の言葉が全く違って聞こえた。
――聞くふりをして決まりごとに合わせようとしているんだ。
門亜は突然、カイの言った『災難』と言う言葉が頭に浮かんできた。どうせ、結局は脱がされるんだ。
もういいや、見てられない。寝よう。
「いえ、先生は上半身脱いで国語の授業はできますか?」
音環はきっぱりと言った。この答えに先生は面食らったようだ。
周りからは「音環、謝れ」と言う声や「プールが無くなったらお前のせいだからな」と言う声が聞こえて来た。
容赦なく飛び交う言葉に、その言葉の勢いだけで門亜は胸が苦しくなった。
もう!静かにしてよ!門亜は机に突っ伏したまま腕を耳に寄せると、出来るだけ声が聞こえないようにした。
教室の中は、音環を責める声でいっぱいになった。
その様子を見た先生は、まずい、と言う顔をした。これ以上、言い聞かせてもこちらの立場が悪くなるか収拾がつかなくなる。そう判断した先生は音環に指示をした。
「ほかの児童のこともあるから、プールに入るなら上は脱ぎなさい」
先生の声は、頼む、言うことを聞いてくれと祈っているように聞こえた。ところが、そんな先生の願いは届かなかった。
音環はきっぱりと
「では、僕はプールには入りません」
と答えた。音環の目線は、ぶれることなく先生を捕えていた。
一瞬も外さない音環の目線に、先が思いやられる……と、先生はため息をついた。そして、時計を見ると
「もうすぐ授業が始まるから、着替えた児童は早くプールに向かいなさい。あと、見学の児童はタオルを持ってプールサイドに集まるように」
そう言って、早足で教室を出て行った。
何で、こんなことになっちゃったのかな。門亜は隣に座る音環をちらっと見た。
怖いんだけど。門亜は休み時間での出来事をいやでも思い出していた。
プールの水はまだ冷たかったらしく、クラスメイトが入ってはきゃあきゃあと言う声が響いた。
塩素のニオイが少しするプールの匂いを感じながら、門亜は音環と並んで座っていた。
コンクリートのベンチのせいでお尻が痛い。たたんだタオルを敷いてもコンクリートの堅さが伝わってきた。
門亜は再びちらりと隣の音環を見た。音環は門亜のことなど気にせず、空を眺めていた。
「あほくさ」
声に紛れて、ぽつりと音環の声が聞こえた。その表情からは、悔しいのか、悲しいのか、門亜には読み取れなかった。
――いつもなら、昨日見た理科のテレビを思い返しながら、プールの時間をやり過ごすのにな、と門亜は思った。
もう、記憶の中では昨日見た画像がスタンバイしている。
なのに、今日は出来ない。先生にも言い返したクラスメートが隣にいる。しかも何を考えているのかホントにわからない。
余計な受け答えをして、喧嘩になったら怖いんだけどな。先生が、僕の時と同じ「決まり事」をただ押し付けていたから、言い返しただけなんだろうけど。
門亜の目には、スパッと言い返す音環の姿がカッターナイフのように見えた。
お付き合いくださりありがとうございます。
今の小学生のプール事情はもっと変わってきていると思います。
ちょっと前の出来事、ということで受け止めていただければと思います。




