第2章 東京からの転校生①
その日の朝の教室は、いつもよりざわざわしていた。
「水着、去年のは小さくなっていたから、新しいのを買ってもらったんだ」
「あっ!やべっ!『よく眠れましたか』のところに〇がついていない」
「母ちゃんのサインがあるから大丈夫じゃね?」
教室の中ではクラスメートの少し興奮したような声が飛び交っていた。今日はプール開きだ。嫌な季節がやってきたなぁ。……ボクには関係ない!
男子も女子も、プールのことを話題にするざわざわした空気の中、門亜は寝たふりをしていた。
嫌だ。本当に憂鬱だ。
特にプールの日は一日中、そのことだけが話題になる。もう「プール」と言う言葉を聞くだけで、のどがぎゅっと締め付けられるようだ。
きちんと学校に行って、静かにしているのになぁ。これ以上何をすればいいんだろ。
門亜は突っ伏した机の上で頭をゴリゴリと押し付けた。あと何回、憂鬱な季節がやってくるんだろう。我慢しても我慢しても、次の嫌な季節がやってくる。
無限ループだ。
門亜は頭を押し付けるのをやめた。
その日1番目のチャイムが鳴った。いつもは先生が来るまで誰かの机でしゃべっているクラスメートも、その日だけはチャイムと同時に大人しく席についた。
少しして先生が教室に入ってくると、日直が号令をかけた。
いつもよりきれいに声が合わさるあいさつを聞きながら、門亜は心なしか、今日はクラス全体が妙にピリッとしているのを感じた。
「おはよう。今日の3時間目はプールだから今、カードを集めるぞ。廊下側の列の子から先生のところに持ってきなさい」
先生の言葉に、教室のあちこちで息をのむような音が聞こえた。
嫌なの?どっちなの?門亜は心の中でつぶやいた。さっきまで「楽しみ」とか「新しいの買ってもらった」って言っていたじゃないか。
門亜は言葉が交わされない、感情だけが伝わってくる空気に居心地の悪さを感じていた。
あー緊張する、と言う声が教室のどこかからか聞こえて来た。その言葉に、うん、と言うようにほんの少しざわっとした空気が流れた。
がたがた、と椅子を引く音がすると、いつもはざわついて並ぶクラスメートが行儀よく列を作りだしていた。時折、進めよ、や、押すなよと言った言葉だけが小さく聞こえて来た。
先生はカードを受け取ると、一項目ごと丁寧にカードを確認して許可のハンコを押した。
前で自分のカードを確認してもらっているときのクラスメートの姿は “運命の判定”を受けているようだった。
「ここ、〇付け忘れてる。お母さんはまだ家にいるか?OKのサインがあるから入れるが、出来れば電話で確認しておきたいな」
「体温が書かれていないぞ。……仕方ないな。家の人はまだいるのか?」
クラスメートの「あっ」と言う顔が声にならない声と一緒に聞こえた。
そして、慌ててうなずいたり、「います!います!」と必死に返事をする様子が見えた。
――門亜の番がやってきた。門亜はそっと先生の机の上にカードを置いた。
「体温よし、睡眠朝食よし、入らない。じゃ、タオルもって見学してなさい」
先生はいつものことだな、と言うようにさらさらと読み上げると、門亜に言った。
先生の言葉を聞いた門亜はほっとした。――よかった。最も水着持ってきていないもんね。
自席に戻ると、周りから男子のヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「いつも入んないんだよな。あいつ。ずるいよな」
「ホントだよな」
別に、いいじゃないか。みんなは入りたいんでしょ?ボクは入りたくないんだ。
門亜は席に着くと、机の上の木目をただ眺めながら心の中でつぶやいた。
そして、机の中から連絡帳を取り出すと、鉛筆を動かして何かメモを取っているそぶりをした。そしてそれ以降の言葉は、すべて聞こえないふりをすることにした。
3時間目の前の休み時間になった。勢いよく教室の扉が開くと、まるで争うように隣のクラスの男子が入ってきた。
そして、きょろきょろ周りを見回すと、空いている机の上にスイムバッグを置いて着替えを始めた。
門亜のクラスの女子は、隣のクラスに行って着替えをしている。突然男子一色になったクラスで、門亜はやはり寝たふりをしていた。
早く時間たたないかな……いつもならこの時間は本を読んでいるんだけどな。今日だけは本を読んでいたら「すかしてるんじゃねぇ」と、取り上げられてしまうかもしれない。
門亜はランドセルの中のボカロとのタイアップ小説のタイトルを思い浮かべていた。
桜がたくさんある大正時代の話。国語よりよっぽど言葉がわかりやすくて好きなんだよな。
読みたかったな……昼休みまで我慢だ。ああ、ボクはどれだけ我慢すればいいのだろう。
「なんだよ、その格好」
突然、男子の大きな声が教室に響いた。その声に門亜はびくっとした。寝たふりをして、つい眠ってしまった。……それにしても何が起きたんだろう。
門亜が目を開けて声のする方を探した。すると、窓際に近いところで、数人の男子が1人の男子を囲んでいた。
第2章 東京からの転校生投稿しました。
この章は4つに分かれています。
ゆっくりお付き合いいただければ嬉しいです。




