第1章 プロローグ カイ兄ちゃん
背中に張り付いたランドセルが、熱を持っていた。まるで背中にカイロを当てたように、熱い。
自分の背中から体温を吸い上げて熱くなった革が、今度は逆に門亜の背中をじりじりと灼いてくる。
家まではまだだ。
門亜はランドセルを放り投げたかったが、我慢をした。ダメだ。通信教育の新しいテキストが届いている。
体中を覆うじっとりとした汗は、時折、アスファルトに水滴の後を落としていった。門亜はとぼとぼと歩いていたが、角を曲がった時、一人の中学生に会った。
「カイ兄ちゃん!」
見上げた頭上に広がる群青の空が、青森の夏が近いことを告げていた。門亜は長袖長ズボンの姿で汗だくのまま、その中学生に抱きついた。
「一緒に帰ろう!」
カイ兄ちゃん、と呼ばれた彼は、ああ、と言いながら進みかけた足をくるりと反対方向に向けると、門亜と一緒に歩き出した。
「この時間に会うの久しぶり」
にっと門亜は笑った。
太陽からの照り返しが、まだ6月なのに容赦なかった。それでも、門亜はカイ兄ちゃんと一緒に歩ける嬉しさで、さっきまでの熱さが気にならなくなっていた。
「来年はカイ兄ちゃんと一緒の学校に行けるんだ。うれしいなぁ」
門亜は歌うように言った。ウキウキと少し跳ねるような足取りで進む門亜に、カイはそんな楽しいところじゃないぞ、とつぶやいた。
「中学に入ったら前髪は切れよ。先生に目を付けられるぞ」
カイはまだ頭の位置が胸元くらいの門亜の頭をぐしゃぐしゃにしながら言った。門亜は困ったような顔をしながら「へへ……」と笑い返した。
「門亜は塾はいかないのか?」
行くなら一緒に駅に行けるんだけどな。と、カイはつぶやいた。
その声は門亜には届かなかった。門亜はうーんと首をかしげる仕草をした。
「行かない。でも、通信教育はやってるよ。XYZ会」
「へー。結構難しいヤツやってんな。わかるのかよ」
門亜は大きくうなずいた。
「学校の授業よりよくわかって好き。この前の理科の授業では「酸素が多すぎると燃えない」って言ったら先生に怒られちゃった」
しかもさ。門亜は下を向いた。
『今はそれを覚えなくていいです』
門亜の耳にその時放った、先生の冷たい声が戻ってきた。そして「嘘つき」とヒソヒソ話すクラスメートの声が頭の中で響いた。
その時に感じた、自分を否定されたような感覚がよみがえってきて、もう一度すべてを否定されたような気になった。
「へー。門亜よく知ってんなぁ。酸素が多いと燃えないのか?」
カイの感心するような声に、門亜は顔を上げた。
「うん。テレビでやっていたんだけどね。ものが燃えるのに酸素は必要だけど多くてダメみたい」
「すごいな。で、先生に怒られたと」
うん。と門亜は力なくうなずいた。ボク、嘘はついていないのに。
「災難だったな」
サイナン。聞き覚えのない言葉に門亜はカイの顔を見た。
「サイナン?」
「そ。災難。こっちはルールを知らないのに、いきなりルールを押し付けられたんだから、いきなり水をぶっかけられたようなもんだよな」
カイはぼそっと言った。その小さくはっきりとした言葉は、門亜の心をほんのり温めた。
先生から言われた言葉で傷ついたことも、カイの言葉でばん、と大きな絆創膏を張ってもらったような気になった。
「サイナン……ボク、災難だったんだね」
災難、災難。門亜はその言葉を口にするたび、心が軽くなっていくようだった。新しく覚えた言葉は、まるで魔法の呪文のようだった。
しばらく2人は無言のまま歩き続けた。門亜にはその無言すらも心地よかった。
――10分ほど歩くと、門亜の家の前についた。カイは言った。
「送っただけだから」
カイは隣の自分の家に入らず、門亜に手を振ると駅のほうへと向かって歩いて行った。
門亜はいままで温かく感じていたものが少しだけ、ひんやりと感じた。
始めまして。群青ひらです。
目に留めていただきありがとうございます。
前作からの皆さま。
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SAKIOTTEメンバーの出会いの話を書きました。
ゆっくり更新してまいりますので、お付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。




