第9章 別れ②
――カーテンの隙間からの光が門亜を照らした。門亜は手で目を隠したが、それでもまぶしさに目を覚ました。
水を飲もうと立ち上がると、少しだけ体に力が入ったような気がした。そして、今までは気づかなかった、体の重みを両足に感じた。
門亜の足音が聞こえたのか、階段を上ってくる音が聞こえた。
「起きたの?」
母親が入ってきた。そして、門亜の額に手を当てると
「熱は……無いようね。何か食べられそう?」
と聞いてきた。
門亜は横に首を振った。
「そう……それじゃ、りんごだけでも食べてちょうだい」
そう言って、母親は門亜の部屋を出て行った。
……おなかなんて空いていないのに。
門亜はベッドの縁に座ると、ゆっくりと横たわった。……力が、入らないだけだ。
横たわりながら壁の一点を見つめていると、くし切りになったりんごの皿を持って母親が入ってきた。そして、抱えていた水のペットボトルとコップを門亜の学習机の上に置いた。
りんごの甘い香りが広がった。門亜はなぜかすべっタローを思い浮かべた。
「りんごと、お水、ここに置くわね」
そう言うと、母親は再び出て行った。
階段を降りる音が聞こえると、門亜は安心して目を閉じた。
誰も、ボクの気持ちに触れないで。出来るなら……夜が来て。
門亜はカーテンをきっちりと閉めた。ほんの少し薄暗くなるとほっとした。そして、りんごを一切れ、機械のようにもぐもぐと食べると、布団の中にもぐりこんだ。
――いつの間にか門亜は眠ってしまっていた。とても汗をかきながら目を覚ました。喉が渇いていたのか、ペットボトルから水をコップに移すと、一度に飲み干した。
ふと、脇にあるりんごの皿を見ると、りんごは茶色くなっていた。
りんごに悪いことしちゃったな……門亜は爪楊枝をりんごに刺すと口に運んだ。
茶色くなった表面が、何となくふわふわしていた。相変わらず、よくわからない味をしていた。
もう一つ……と門亜はりんごを口に運んだ。機械的にシャクシャクと噛んでいると、りんごの瑞々しいところから門亜の口の中に汁を飛ばした。
ごほっごほっ。突然のことに門亜はむせた。慌てて水を飲むと、口を布団に押し当てた。そして、ゆっくり呼吸をしているうち、落ち着いてきた。
……びっくりした。
急にひどく疲れた気がした。門亜は横になろうとして、突っ伏してしまった。……何なんだろう。この感覚。
何かつかまないといけない。そんな気がした。それでも、門亜は眠気に引きずり込まれて、つかむ前に眠り込んでしまった。
「お母さん、仕事に行かないといけないから行くわね。お昼は冷蔵庫に入れたからレンジで温めて食べてちょうだい。
少しでもおかしいと思ったらお母さんの携帯に連絡するのよ」
トイレに行こうと、門亜は階段を降りて行ったら、出勤準備中の母親に声をかけられた。
昨日も一昨日も、母親は家にいた。門亜は「仕事、大丈夫なのかな?」と気になっていた。
――今日、出勤すると言う。どれくらい休んでいたんだろう。別に病気じゃないんだから、放っておいてくれてよかったんだけど。
門亜はうなずくと、そのままトイレに行った。……シャワーも浴びたいな。お母さんが出勤したら、シャワーを浴びよう。
階段を上って部屋に戻ろうとすると、ちょうど母親は玄関で靴を履いているところだった。
「じゃ、行ってくるわね」
そう言うと、母親は玄関を開けて出て行った。そして、カチャカチャと鍵を閉める音がした。
やっと……1人だ。門亜は階段に座り込むと頬を階段に当てた。
ひんやりとした感覚が気持ちよかった。そのまま、耳を当ててみた。何も聞こえないはずの階段からは、さーっと何かが流れる音がした。
門亜はそのまま上を向いた。――2階の天井がよく見えた。
いつも見ている2階がただの空間に感じた。大きな空間に1人……。門亜は両手を広げると、見えない力に包まれているようで、心から安心した。
シャワーを浴びたい。我に返った門亜は、階段を這うようにして上って行った。
汗で体がべたべただった。この嫌な感触をどうにかしたい。さっぱりしたい。
門亜は替えのパジャマやタオルなどを小脇に抱えると、今度は階段に腰かけてお尻で下りた。
まだ力が入らないな……不便だな……そう思いながら、一段一段、ずり、ずり、と降りて行った。
シャワーを浴び終えるころには、ひどい疲労感が門亜を襲った。何とかパジャマに着替えられたけど……どうしよう。
門亜はとりあえず、階段の下に行くとごろん、と横になった。木の床の冷たさが心地よかった。それでも、自分の体で床が温まると、冷たい場所を求めて右に左にとごろごろ転がって行った。
12時のサイレンが鳴った。
門亜は少しだけ力が回復したのを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。そして、冷蔵庫からお握りを取り出した。
奥には柔らかそうな野菜とお肉の煮物があったが、お腹に入らなそうだった。お握りだけレンジで温めた。
……食べるだけで体力使うんだ……再び、門亜は階段の下でゴロゴロした。
本当は寝ちゃった方がいいんだろうけど。でも、階段の下で寝ているのを見られたら、多分大騒ぎになりそうだ。
それでも、玄関から見える日の光がオレンジ色になるのを見て、門亜は慌てて階段を這って上って行った。もう少ししたら、帰ってくる。
そして、布団にもぐりこむと再び眠りの闇に引きずり込まれた。
読んでくださりありがとうございます。
第9章 別れ② 投稿しました。
次の章では、家族を失ったカイ兄ちゃんの家に変化があります。
切ない話が続きますので、どうぞゆっくりと読んでいただければと思います。
よろしくお願いします。




