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第9章 別れ①

門亜がカズヤの家から帰ってくると、珍しく母親が家にいた。


……確か今日は夜勤だったはずだ。


門亜は、母親の顔を見てびっくりした。涙で目が真っ赤だった。


「あのね……カイ君が亡くなったのよ」


母親の言葉に一瞬、門亜は意味が分からなかった。ぽかんとする門亜に母親は続けた。


「駅前で、暴力を振るわれていた男の人を助けようとして殴られてしまったんですって。それで、打ち所が悪くて……亡くなったのよ」


門亜は、何度も「亡くなったのよ」の言葉を反芻して、理解をしようとした。


どこか別の世界にあると思っていた「亡くなった」。一緒に住んでいた祖父が大分前に「亡くなった」。カイ兄ちゃん、まだそんなに年を取ってないよ?


「明日お葬式だから、出かけないでちょうだい」


お葬式……。もう、カイ兄ちゃんに会えないってこと?


この前、夜の公園で蚊に喰われながら星を見たよ。


ぴったり体をつけたら、温かかったよ。


門亜の脳裏に、回転灯の前を通って闇にかけていくカイの姿が浮かんだ。


――ボクを守るために闇に飛び出していったカイ兄ちゃんの姿。あれが最後だったんだ……もし、手をのばしていたら、何か変わったのだろうか……。


門亜はゆっくりと、電話に向かった。


そして、音環の家の電話番号を押すと呼び出しを待った。幸い、出たのは音環だった。明日、用事があって行けない、と伝えると、音環は残念そうに、連絡くれてありがとう、と言った。


電話を切ると、涙が1つ、ポロリ、と出た。


まだ、誰かが門亜に嘘をついている。そんな感覚だった。


そして、明日が来るのが怖かった。何度も「お葬式」を反芻するうち、だまされているような気になった反面、うっすらと本当のような気がしてきた。


明日……はっきりしてしまうから……。


門亜は2階の自分の部屋に入ると、窓から隣の家を眺めた。


――電気がすべて消えた家はただただ、沈黙をしていた。




翌日。門亜は斎場の椅子に座って手を合わせていた。


祭壇の遺影のカイは、どこか別の人に見えた。


読経の声がただただ静かに、会場に響いていた。そして、すすり泣くカイのお母さんの声が、時折聞こえて来た。


白い空間と黒の服の、モノトーン。ぼうっとしていた門亜の頭は徐々にモノトーンに染まって行った。


――最後のお別れです。司会の女性の声がした。門亜は母親に促されて列に並ぶと、白い百合の花を渡された。


列が進んだ。そして、門亜は棺桶の脇に立った。百合の花を棺桶の中央に置くと、ちら、とカイの顔を見た。


お棺の中のカイは眠っているようだった。ただ、真新しい白い包帯が、カイに起きたことを告げていた。


全ての花がカイを埋め尽くすと、装飾された布で包まれた蓋が棺桶の上に下ろされようとした。その瞬間、門亜の心臓から、どくん、と音がした。


「カイ……兄ちゃん……」


門亜の両目から涙があふれだした。


やだ、連れて行かないで。どこへ連れて行くの。


一緒の中学校に行くって、約束したでしょう。


「カイ兄ちゃん!」


門亜は絶叫した。


……その瞬間、門亜の意識は黒い空間に飲み込まれた。




――喉が……渇いた。


門亜はベッドの上で目を覚ました。いつの間に帰ってきたのだろう。門亜は水を飲もうとベッドから降りようとして、前のめりに落ちてしまった。


……力が、入らない。


ごとん、とベッドから落ちた音を聞いて、母親は慌てて階段をかけ上がってきた。


「目が覚めたの?大丈夫?見える?聞こえる?」


門亜をベッドに戻しながら、母親は次々と質問をした。門亜は少し遅れて、その質問の一つ一つにうなずいて見せた。そして


「水……」


とかすれた声で言った。


「そう……水ね。今持ってくるから、ベッドの上で大人しくしていてちょうだい。あなた、3日も寝ていたのよ」


そう言うと、静かに扉を閉じて出て行った。続いて、ギシ、と言う音がして足音が遠のいて行ったのが分かった。


ぽふん、と門亜はベッドに体を横たえた。3日……。カイ兄ちゃんと本当のお別れをして3日経ってしまったんだ。


読経の声も、すすり泣く声も、呼びかけても返事をしないカイ兄ちゃんとの別れも……もっと遠い昔のように思えた。


門亜は、眠ったままのカイの顔を思い出したが、ざらりとした気持ちに蓋をされたようで、まるで文字で伝えられた情報のように感じた。


よくわからないな……。


門亜が壁の一点をじっと見つめていると、扉が開いて母親が入ってきた。


「水はここに置くわね。りんごを剥いてきたわ。少しでも食べて」


そう言うと、門亜の勉強机の上に置いた。門亜はのろのろと起き上がった。そして、ベッドの縁に座ると、母親は水の入ったコップを手渡した。


門亜は水を少し飲むと、母親から渡されたくし切りのりんごを口に運んだ。


甘いはずのりんごは、よくわからない味をしていた。ただ、機械的に黙々と食べると、もう一度水を飲んで横になった。


「少しでもおかしいって思ったら言って。熱もあったのよ」


母親の言葉に門亜は布団をかぶりながら小さくうなずいた。


そして、電気を消して、静かに出て行った。扉が閉まると部屋の中は闇と一緒に静寂に包まれた。


読んでくださりありがとうございます。


カイ兄ちゃんとの別れ……。書いていて切ない気持ちになりました。


この章は4つに分かれます。


辛い話が続きますので、どうぞ、ゆっくりと読んでいただければと思います。


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