第8章 SAKIOTTE④
うつむき加減になった門亜を、音環は両手で門亜の頬を押さえた。
そして。
ぎゅっと前に引っ張ると、門亜の口はひよこのくちばしと同じようになった。
「と、とは、なひ……」
「あのね。確かに大河と合わせる約束はしたけどさ。僕は門亜と演奏したいの」
そう言うと音環は手を離した。
あいてて……門亜は頬を自分の手でもむと音環をじっと見た。
「顔の筋肉、固くなってたよ」
音環はさらり、と言った。その時だった。
トトトト……と言いながらすべっタローが両方の人差し指で門亜の背中をつつき始めた。
くすぐったい!門亜は体をよじらせた。
「やっぱり、笑ってなくちゃ!」
すべっタローはにっと笑うとVサインをした。カズヤは門亜に言った。
「ごめん。先走っちゃったよね。門亜の気持ち、置いていっちゃってごめんね」
門亜はしぼんだ心が穏やかになるのを感じた。ううん。ボクも追いつけるように頑張るから!
「ボクも追いつけるように頑張るから……」
門亜は小さな声で言った。
――翌週。カズヤの母親の運転する車で、門亜たちは大河の家に行った。音環は自分のギターを持って行った。
大河の家の防音室に入ると、大河は音環に
「門亜もギター練習はじめたの?」
と聞いた。
「今、コードを練習しているよ」
と言うと、大河は押入れからベースを取り出した。そして門亜に言った。
「頼みがあるんだけど。どれか一つのコードで、同じリズムでずっと弾いていて欲しいんだ」
門亜は困惑したような顔で音環の方を向いた。すると、音環は言った。
「コードは僕が教えるよ。リズムはいつもと同じ1・2・3・4……で大丈夫だと思う。
多分、大河が言いたいのは、門亜のベースの音に乗せて何か曲を弾きたいんじゃないかな。僕も一緒だよ」
音環と演奏できるの……!門亜は急に頬がぽうっと熱くなるのを感じた。
門亜はベースを構えると、音環に弦を押さえる場所を教えてもらった。そして、ピックで弦を弾くと音環が数えるリズムに合わせて弦を弾き続けた。
……正確に刻まれる、ギターよりも低い低音が、門亜の耳に心地よかった。
そのままずっと続けて、と音環は言うと、大河と目を合わせた。
「ルッキング・フォー・ラヴ……音環、弾ける?」
音環はうなずいた。そして、ギターを構えると、1、2、3…とタイミングを合わせて音環と大河は演奏を始めた。
2つのギターが門亜のベースの上で駆け足を始めた。そして、空河のドラムが加わり2人は踊り始めた。
凄いや……。
門亜は自分の弾いているベースの音が、ギターに溶け込んでいくのを感じた。音環と大河は門亜にリズムを合わせてくれていたが、それでもたびたび引っ張られそうになった。
門亜はただひたすら、小さい声で1・2・3・4……と数えながらピックを弾くのに集中した。
何度も、音環たちのギターに引っ張られそうになり、熱を帯びた空河のドラムにかき消されそうになった。
それでも門亜は必死に耐えた。そして、もうそろそろダメかも……と思った時、ギターの音がやんだ。
「やっぱり思った通りだ。ギターとドラムだけだと軽すぎるけど、ベースがいてくれると音に厚みが出る」
演奏が終わったらしい。門亜が顔を上げると、満足そうな顔をした大河が笑顔で音環に話しかけていた。
「うん……すごいや!」
音環も、ぽうっと頬を上気させてうなずいた。そして、門亜の方に向くと言った。
「門亜!凄いや!楽しかった。ありがとう!」
門亜は恥ずかしくなってうつむいた。そして小さくうなずいた。
「音環と……門亜が入ってくれればなぁ。もっといい演奏ができるのにな」
大河が言うと、すべっタローがオレは?と言うように指で自分を指した。
「仕方ないなぁ」
音環は仕方ない、入れてやろう、と言うように少しだけ背をそらした。部屋の中で笑いが起きた。すると、すべっタローはぷっと頬を膨らませながら、
「で、バンド名は何にするの?」
と聞いてきた。大河と空河はうーんとうなったまま、押し黙ってしまった。音環はカズヤを見た。
「僕的には……未来を感じる名前の方が、好きだけど」
カズヤは言うと、すべっタローはうーん、と言いながら続けた。
「青森未来都市、みたいな?」
ぶっ!すべっタローの言葉に門亜が吹きだした。その後ろで大河と空河は笑い出した。
「あっぶな!危うく麦茶吹くところだったよ!」
大河は笑いながら言った。音環は仕方ないなあ、と言うように横目で見た。
「……さきおって、は?どうかな」
笑いが収まったころ、門亜はポツリ、と言った。
「さきおって……一昨日のことだろ?過去っぽくない?」
音環が門亜に尋ねると、
「うん。一昨日のボクから今日のボクは少し進んでるよ、と言う意味だったんだけど」
と、門亜は音環に向かって言った。
一昨日のボクから今日のボクへ……ああ、確かに、振り返れば進んだ距離が見えるな。
「僕はいいと思う。どうだろう?SAKIOTTEみたいに、大文字のローマ字表記にしてさ」
音環が言うと、大河も空河もあー、と言いながらうなずいた。
「カズヤやすべっタローはどう?」
音環は聞いた。カズヤは黙ってうなずいた。
門亜はぽーっと頬が赤くなった。えっ!もう決まっちゃうの!
「じゃ、門亜、ベースよろしくな。音環、しっかりしごいてくれ」
大河はにやり、と笑いながら言った。
「そう言えばさ」
ふいにカズヤは言った。
「夏休みの宿題、大丈夫?何となくなんだけど……みんな、だいぶ残していない?」
5人の顔が凍り付いた。
「やっば!ばれたら母ちゃんに怒られる!」
と大河が言うと、
「僕は半分終わらせているよ」
と空河が言った。
「カズヤ……明日朝からカズヤの所に行っていい?」
音環は言った。
そして音環の言葉に合わせて門亜とすべっタローはカズヤにお願い、と言うように手を合わせた。
「仕方ないなぁ」
カズヤはにっと笑った。
翌日。宿題を終えた、カズヤの家からの帰り道。
太陽は相変わらず高かったが、秋の風が吹き始めていた。
青森の夏は短いってホントだね。音環は言った。
門亜は、ひんやりした風を頬に受けながら、夏の終わりを感じていた。
読んでくださりありがとうございます。
第8章 SAKIOTTE 終了です。
前進、と言う意味では昨日より今日の自分、の方がよかったのですが、
のんびりな私は昨日と今日の間には睡眠の時間しかなく、一日置きました。
ゆっくりと延びていく彼らの姿を感じていただけたら嬉しいです。
次の章ですが、別れが入ってきます。
前の作品で、カズヤが門亜を「色を失った男」と表現していますが
その原因となった別れです。




