第8章 SAKIOTTE③
――昨日、寝る前に指の練習だけしてよかった!
音環の1、2、3、4……と数える声に合わせて門亜は弦を押さえていたが、前日より滑らかになったような気がした。
「昨日よりうまくなっているよ!家に帰ってからも練習したの?」
門亜ははにかみながら、うなずいた。
こうやってね……と、ギターのネックから左手を離すと、家で練習したように、空中で弦を押さえるように指を動かした。
「凄いじゃん!もしかしたらもう、弦を押さえながらピックで弾いてもいいかもしれないね。……ゆっくりやれば大丈夫だから!」
そう言うと、音環は門亜のギターをアンプにつないだ。
「ピックはね、今日は押さえている弦だけ弾くよ。
1、2、3、4……と押さえながらピックも1、2、3、4……と弾いていくんだ。……最初の1、2、3、4……だけやってみようか」
音環はピックの入ったケースから薄い紫色のピックを渡した。
「きっと、最初はギターを見ちゃうと思うから。色は分かりやすいのにしたよ」
やってみよう、と音環は言った。1からね。と音環が言ったので弦を人差し指で抑えてピックで弦を弾いた。ボンッ。思ったより低い音に門亜は目を丸くした。
「太い弦だから……低音なんだ」
次は2ね、と音環は言った。
――弦を弾きながら指で弦を押さえる練習を一通り終わらせると、昼近くになっていた。
「ごめん……音環の練習時間、無くなっちゃった」
門亜は慌てて言った。
「いいんだよ。僕は夜でもいつでも出来るから。それよりも、門亜、覚えるのが早いね。もしかしたら、一緒に演奏するの、そんなに先じゃないかもしれない!」
一緒に演奏……!なんて素敵なんだ!
門亜は音環と2人並んで演奏しているところを想像してみた。半分恥ずかしくなり両手で口元を押さえた。多分、ボクは顔が真っ赤だ。
音環は門亜の気持ちに気づいたのか気づいていないのか、門亜の持っていたギターをスタンドにかけると、
「お昼食べちゃおう。午後はカズヤの所で国語教えてもらわないとね」
と言って、門亜をリビングに誘った。
――リビングのテーブルにはお味噌汁が入ったお椀が二つ、テーブルに乗っていた。門亜が、あれ?と言う顔をしていると、キッチンから音環のおばあさんが出てきた。
「お握りだけじゃ、栄養が偏っちゃうからお味噌汁だけでも飲みなさい。気にしなくていいから」
そう言うと、カブを醤油で浅漬けにしたものを小皿に乗せて、それぞれのお椀の横に置いた。
「夏はきちんと食べないとばてちゃうからね。音環もいつも大人に囲まれていたんじゃつまらないだろうから、これからもどんどんおいで」
そう言って、キッチンに戻って行った。
門亜はテーブルに着くと、手を合わせた。そしてお味噌汁の入ったお椀を持つと、ふわりと味噌と出汁の合わさった香りがした。……白いのが浮いている。豆腐だ!
音環の「ばあちゃん、ありがとう」と言う声がキッチンから聞こえて来た。
門亜は薄切りのカブを口に運んだ。ほんのりとした甘みが醤油の塩気と一緒になって門亜の口の中に広がった。
おいしい!いいなぁ。音環はこんなに美味しいものを毎日食べているんだ。
「あ!カブの浅漬けだ!これ、ほんのり甘くておいしいよね。ばあちゃんが作っているのを見ると簡単なんだよ。皮むいて、薄切りにしたものに醤油をかけるんだ」
門亜はもぐもぐとカブを食べながらうなずいた。うちでも作ってくれないかな……ううん。ボクが作ろうかな。
「ごちそうさまでした」
あっという間に食べちゃった!
門亜は空になった器を見ながら、驚いた。こんなに食事がおいしく感じたのはいつぶりだろう。……昨日のご飯は別として。
門亜と音環は流しに食器を持っていくと、袖をまくって洗おうとした。すると、おばあさんは、後でまとめて洗うからいい、と言った。
「カズヤさんの家に行くのでしょう。なら、ホットケーキでこれを作ったから、持ってお行き」
そう言って、ラップに包んだ小さなホットケーキが入った袋を音環に渡した。
音環と門亜が不思議そうな顔をすると、これよ、と言って皿の上に置いておいた小さなホットケーキを渡した。
よく見ると、どら焼き状にジャムをホットケーキで挟んだものだった。
「食べてごらん」
2人は、さっとお皿に手をのばすと、そのまま口に運んだ。
ほんのりと香るバターの匂いと甘酸っぱいジャムが、おなか一杯になったはずの胃の中に落ちて行った。
そして、立ったまま食べていることに気づいた門亜は、音環と目が合うとにっと笑った。
――カズヤの家に行くと、すでにすべっタローがカズヤの部屋に上がっていた。
「大河たちから受け取ったMVを加工して見たんだ。見て見て」
カズヤはそう言うと、MVの再生ボタンを押した。
モニタに映る大河たちの背景は、前に見たときのようにまるで箱の中にいるように作り替えられていた。そして、演奏が始まったが……前奏が終わると、歌声が聞こえて来た。
さっと通り抜けるような透き通った声。
誰の声だろう……?門亜と音環が顔を見合わせていると、オレ、オレ、と言うようにすべっタローが指で自分を指した。
「すべっタローが歌っているの?」
「そう。カズヤが録音したのを合わせてくれたんだ。それだけじゃない」
続けて映像を見ていると、メイクをしたすべっタローの写真が、画面のあちこちに現れては消え、現れては消えを繰り返した。
「今回のは試しだけど……別々の場所で演奏した映像や音を合わせることが出来るよ」
どう?と聞くようにカズヤは言った。……凄いなぁ。カズヤもすべっタローも。門亜が感心していると、カズヤは言った。
「そう言えば、大河から電話があって、音環にいつ合わせる?って」
あ。そう言えばそんな約束したな。音環の顔はそう言っているようだった。
「うーん。今、門亜にギターを教えているんだ。だから……もう少し後かな」
音環の言葉に、カズヤは続けた。
「僕、音環のギター聴いてみたいな。大河とWギターなんて素敵じゃない?来週、大河たちも都合がいいみたいだから、その時にどう?」
音環とカズヤの会話に、門亜は急に膨らんでいた気持ちがしぼんでいくのが分かった。
すべっタローも、音楽に参加している。何だか、ボクだけ置いて行かれたようだ。
読んでくださりありがとうございます。
私が子どものころ、曾祖母が台所でいろいろ作ってくれました。
中でも、塩だけで握った、先がとがった「ロケットおにぎり」はよく作って、とせがんでいました。
揚げたドーナッツは、曾祖母が作ってくれたのか、祖母が作ってくれたのか、ちょっと忘れてしまいました。
遠目で見た、ゆっくりと膨らんでいく姿にワクワクした思い出があります。
シンプルな味でしたが、今でも時折食べたくなって自分で作っています。




