第8章 SAKIOTTE②
音環は、門亜が持っているギターをアンプにつなぐと、軽く弦をはじいて音の大きさを確かめた。
「早速始めようよ。ええとね……最初は指の練習から始めたほうがいいと思うんだ。ここ……」
音環はネックの弦の下に横たわる線のような部分を指さした。
「これ、フレット。そしてその下の部分……指板で弦を押さえるよ。そしてね……ここから順番に1、2、3、4……これはフレットの番号」
そう言うと、音環は門亜にギターを構えさせた。
「次に、同じ弦の上から1、2、3、4とフレットをずらして順に押さえていくよ。
あ、次を押さえるときはその前に押さえた指は離してね。1は人差し指、2は中指……ちょっと順番に押さえてみて」
門亜は言われたとおりに押さえてみた。
「本当は、弦をはじいたほうがいいんだけど、一度にやると分からなくなっちゃうから、最初は指の動きからね。
一番左……6弦の一番上から順に押さえたら、次に隣の5弦で、同じように押さえるんだ。それで、1弦まで行ったら今度は4、3、2、1……って戻っていくんだ。
6弦に戻ったら、最初に押さえたフレットを一つ下げて同じように1、2、3、4って押さえていく……それの繰り返し」
門亜はこんな感じ?と5弦で押さえてみた。
「うん!そうそう!僕が1、2、3、4って数えていくから順にやってみて。慣れてきたら押さえながらピックで弦を弾いてみよう」
音環の言葉に、門亜はうなずいた。そして、4弦目の最初のフレットに人差し指をかけると、音環の1、2、3、4と言うゆっくりとした声が続いた。
1、2、3、4……1、2、3、4……門亜は音環の声に合わせて繰り返し、弦を押さえた。
簡単なようで、ひたすら同じことを繰り返す作業は、徐々に指の動きをぎこちなくしていった。――最後の弦を押さえるころには、門亜の指はプルプルと震えていた。
「これ、基礎の基礎だから、練習の前に毎日やった方がいいんだって。僕もやってるんだ」
音環はそう言うと、自分のギターをアンプにつなげて、門亜がやったように弦を押さえ、ピックで弾き始めた。
――門亜が押さえたときより滑らかな指の動きに、門亜は目が離せなかった。
「僕も、始めたときは門亜とおんなじ。プルプル言っちゃって、ギター弾けるのかなって思ったよ。でも、じいちゃんが、毎日続ければ出来るって」
音環はそう言うと、あっ!と言う顔をした。
「毎日来て、って僕言っちゃっているみたいだよね」
そして、音環はギターで顔を隠した。
「毎日……来てもいい?ボク、おにぎり持ってくるから」
……言っちゃった!門亜はそう言うと、下を向いた。
「うん。おいでよ。そしたらさ……午後はカズヤの家に行かない?」
音環の言葉に門亜はうなずいた。毎日音環といられる。何て素敵な夏休みなんだろう!
「まってて。ばあちゃんに、何時からギターの練習していいか聞いてくる」
そう言うと、音環は防音室を出て行った。扉を開けたときふわりとバターの香りがした。
門亜は、音環が戻ってくるまで、さっきまでやっていた指で弦を押さえる練習を繰り返し始めた。
1、2、3、4……1、2、3、4……門亜はさっきより少しだけ上手く指が動いているような気がした。
……音環のように上手く出来るまでどれくらい練習すればいいのかな?
そんなことを思いながら指を動かしていると、音環が頬を真っ赤にして戻ってきた。
「あのね……ばあちゃんがホットケーキ焼いてくれたって。リビングに行こう!」
門亜は戸惑いながらギターを置いた。そして、防音室を出ると、音環は階段を下りながら言った。
「10時くらいならいいって。よかったら直接僕のうちに来て!」
門亜はうん、うん、とうなずいた。音環と、一緒にいられる夏休み!何て幸せなんだ!
翌朝、門亜は起きると、リュックに宿題のドリルを詰め込んだ。そして、食事を済ませると、ふりかけを戸棚から出しておにぎりを握り始めた。
「何処かに出かけるの?」
母親が声をかけてきた。
「音環のとこ。午後はカズヤのとこ」
門亜はそう言うと、水筒に麦茶を入れた。時計は9時を過ぎたところだった。
まだちょっと早い……。
門亜は母親の顔は見ないようにして、階段を上ると自分の部屋に入った。
ドリル、少しだけやっておこう……。門亜はリュックからドリルを取り出すと、漢字の書き取りの所を選んで書き込み始めた。
2ページほど進めると、ちょうど、家を出るのにちょうどよい時間になった。門亜はリビングに行ってリュックにタオルとおにぎりを詰めると、
「行ってきます」
と言って家を出た。
ふぅ。外はこんなに明るかったんだ。
門亜は空を見上げると、群青色の空に手を伸ばした。そして、音環の家に向かって駆けだした。
――きっかり10時。門亜は音環の家の近くに着くと、時計を見た。
家を出たとき、ほんの少しだけ早かったことに気付いた。早くてもいけないかな……門亜は立ち止まると、ゆっくりと歩き始めた。
ブロック塀の隙間から生えている雑草、くたびれたタンポポ。どこへ行くのか、分からないけどきちんと家に帰れるアリ。
気を紛らわすためにきょろきょろと見渡すと、今までは見えていなかったものが門亜の目に入ってきた。
音環の家の前に立つと、風よけ室のインタフォンを押した。すると、ほどなくして音環が顔を出した。
「おはよう!」
音環の笑顔につられて、門亜も笑顔になった。
玄関に入ると、音環のおじいさんらしい男性が出てきた。おばあさんと同じ雰囲気をまとった、優しそうな男性だった。
「僕のじいちゃん」
音環にそう教えられ、門亜は慌てて挨拶をした。
「お邪魔します」
「じいちゃん、昨日話していた、門亜。友だちだよ!ギターの練習に、防音室、借りるね!」
音環はそう言うと、階段を軽やかに上って行った。
門亜はぺこり、と頭を下げると、靴を脱いで音環の後をついて行った。
ちらり、と門亜は階段の途中で振り向いた。音環のおじいさんとおばあさんは、にっこりと笑って手を振った。
門亜は再び、ぺこりと頭を下げた。
読んでくださりありがとうございます。
今回の章は、ちょっと長めです。
2500字前後で4回に分けています。
気長に読んでいただけるととても嬉しいです。




