第7章 闇と光①
夏休みが始まって数日後。
――カズヤは母親が運転する車で大河の家に来た。音環たちもカズヤと一緒に送ってもらった。
玄関の上の、2階の窓から大河と空河は外を覗いていた。
そして、車から音環たちが下りてくるのを見ると、階段を駆け下りた。その音は、チャイムを押そうとする音環の耳にもよく聞こえた。
「待ってたよ!」
大河と空河はチャイムがまだ余韻を残しているうちに、玄関の扉を開けて顔を出した。そして、青白い顔をしたカズヤを見ると、
「カズヤ先生?!お待ちしていました!」
とおどけながら、さあ、さあ、どうぞ、と家に招き入れた。
――奥の部屋に行くと、パソコンがもう立ち上がっていた。大河は言った。
「とりあえず、アドバイス貰った通りに、今までYouTubeにアップしていたデータは削除したんだ。メンテナンス中、と言うことにしているよ」
そろり、と部屋に入ったカズヤは、パソコンの前に座った。
そして、マウスを動かすと、事前に大河にダウンロードしておいてもらった、無料の編集ソフトを立ち上げた。
部屋の中は、マウスをクリックする音だけが続いた。
門亜はカズヤの後ろから画面を覗いた。
――真っ白な画面の中で、大河と空河は演奏をしていた。
そして、細い線で画面にいくつか線を引っ張った。すると、白い画面はまるで奥行きのある空間へと変わった。
えっ!門亜は声が出そうになるのを、両手で抑えた。
「こんな感じでどう?」
一つ目のファイルを作成し終わったカズヤは言った。心なしか、カズヤの頬はほんのり赤くなっていた。
ただ、目線は来た時と変わらず強かった。まるで、不満あるなら帰るけど?と言うかのようだった。
再生した動画を見ていた大河と空河は、ぽかんとしたまま画面を見つめていた。
まるで画面の中の二人は、白いボックスの中で演奏をしているようだった。演奏が終わると、大河が言った。
「凄いなぁ……このボックス、色も変えられるの?」
「簡単だよ。希望の色、ある?」
カズヤはこともなげに言った。すると、大河は
「曲によって色を変えるとか出来ないかなって。白いTシャツの時もあったから……」
首と手だけが浮かんじゃう、とホラーなことを言った。音環と門亜はその様子を思い浮かべると笑い出した。
「出来るよ。曲のイメージで背景の色を決めるのも面白そうだよね」
と、カズヤが言うと、大河は
「カズヤ先生!最高です!これからもよろしくお願いします!!」
と言って、空河と一緒にひれ伏した。カズヤは慌てて
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。ファイルの作成はやるから、それだけはやめて!」
と顔の前で手を振った。
その時、ドアをノックする音がした。空河がドアを開けると、大河たちの祖母らしいおばあさんが立っていた。
「呼んだんだけど、来ないから持ってきたよ」
そう言うと、お菓子と漬物が乗った皿を空河に渡した。
「ばあちゃん……漬物は小学生は食べないって」
大河は言ったが、
「お茶を持ってこれなかったから、取りにおいで」
と言って部屋を出て行ってしまった。
「僕、漬物好きだよ」
と音環は言った。門亜はお皿に乗った漬物を珍しいものでも見るように見つめた。
「うーん、仕方ないなぁ。ばあちゃん、漬物出したら引っ込めないからなぁ。空河、お茶貰ってきて」
大河はそう言うと、続けた。
「この部屋、防音室だからドアを閉めると何も聞こえないんだ。うーん、漬物かぁ。今日のはどこから貰ってきたやつだろ」
さよばあちゃんか……みよばあちゃんか……大河は頭を抱えた。
その時、下でペットボトルのお茶と紙コップを貰ってきた空河が部屋に入ってきた。大河はお茶を紙コップに入れるとカズヤに渡した。
「カズヤに来てもらってよかった。DMのこと、ごめんな。
オレたちじゃ背景変えられないし、変えられるよ、と言って来てもらったら大人だった、なんてことになったらもっと怖いし……」
「そうだよね。だから、音環たちに行ってもらったんだ」
カズヤは言うと、大河は「行ってもらう」の言葉に首をかしげる仕草をした。
「あ、僕、学校に行っていないんだよ。今日だって家を出るのに、怖くて……一苦労だったんだ」
なるほどね。大河は納得した。
それでも来てもらえたんだ。大河は心の中に温かいものを感じた。
「……ありがとう」
カズヤの目をじっと見て大河は言った。
「また、来てもらえる?背景のこともだけど、MV作るのに、カズヤの意見、聞いてみたいんだ」
「……いいよ。親に送ってもらわないといけないから、ちょくちょくは来れないと思うけど」
カズヤはそう言うと、再び大河のパソコンに向かった。今度は赤いTシャツの色に合わせて、一面を淡いグリーンに染め上げた。
……つまらない。門亜は自宅のリビングに入ると、持っていた鞄を置いた。
途中から記憶がない……ううん、覚えている。ただ、データとして覚えているだけ。
帰りの車の中でも音環とカズヤが何か話していたけど、覚えてないや。多分、次の約束のことだろう。
――もう、ボクには関係ないよね。
つい3、4日前に約束した、ギターを教えてもらう約束も、遠い約束のように思えた。
門亜はぼんやりとした目で、カレンダーを見た。
……今日は夜勤だ。よかった。元気がないとあれこれ聞かれちゃうから、無理にでも平然としていないといけない。
今日だけは、その元気がないや。門亜はつぶやいた。
そして、いつもの通りお風呂の掃除を終わらせて、食事を済ませると、さっさと自分の部屋にもぐりこんでテレビのスイッチを入れた。
第7章 光と闇 投稿始めました。
この章は3つに分かれています。
余談ですが、私の母(80代)の子どものころ、おやつが梅干しに砂糖をまぶしたものとお茶だった時もあるそうです。
少し時代は違いますが、生活の匂いという意味では作品ともどこか通じる気がします。
後書きまでお付き合いいただきありがとうございます。




