第6章 大河と空河②
放課後、門亜の家の前に集合すると、音環は「忘れ物をしたから先行ってて」と言って来た道を走って帰って行った。
門亜はすべっタローと並んで歩いていると、少しして音環が走って戻ってきた。
音環の手には、2Lの麦茶のペットボトルが2本入ったエコバッグが握られていた。ペットボトルはもう汗をかいて、エコバッグに染みを作っていた。
「ばあちゃんが、いつもお邪魔しているんだからこれ持って行けって」
音環の言葉に門亜とすべっタローは「あっ」と言う顔をした。
今からじゃ、仕事でお母さんはいないし、カズヤの家に行くのに間に合わない。門亜はカズヤの家に向かう途中、頭の中でぐるぐると考え事をした。明日。明日はボクも持っていくぞ!
カズヤの家のチャイムを押すと、すぐにカズヤの母親が顔を出した。そして、音環が
「おばさん、あのう……これ……」
とエコバッグからペットボトルを出すと
「いいのよ。来てくれるだけで嬉しいから」
と言って受け取ろうとしなかった。すると、音環は
「いつも、ご馳走になってばかりだと、逆に来れなくなっちゃうんです」
と言った。
「そう……それじゃ、後でコップと一緒に持っていくわね。あまり気を使わないで頂戴」
カズヤの母親はそう言って受け取ると、どうぞ、と玄関の扉を大きく開けてくれた。
門亜が玄関に入ると、エアコンの効いたひんやりとした空気が汗を冷やしてくれて、気持ちよかった。
「おじゃまします」
階段をタン、タン、と上がっていくと、今まで熱がこもっていた足元も冷えてくるのが分かった。
気持ちいいけど……一日この中にいたら体がおかしくなりそうだ。門亜は思った。
……とは言っても、出たくない時に外に出るのは勇気がいるよね。
「カズヤ!今日はすべっタロー来たよ!」
門亜の言葉にカズヤはぷっと噴き出した。車が巻き上げた水ですべっタローの全身がずぶぬれになった、昨日聞いた話がまだツボに入っているようだ。
「あっ!カズヤに言いつけたな!」
続いてすべっタローが文句を言いながら入ってきた。カズヤはすべっタローの顔を見たとたん、今度はこらえきれず笑い出した。
「そこにいると詰まるから、入って、入って」
音環も笑いながら入ってきた。なんでいつもオレだけ……とすべっタローはつぶやきながら腰を下ろした。
「風邪ひかなかったんだ……よかったね」
あー苦しい。カズヤは涙を拭きながらお腹を押さえた。カズヤの言葉を聞いた門亜も笑い出した。つられてすべっタローも笑い出した。
その時、カズヤの部屋の扉が開いた。
カズヤの母親は、4人が笑い転げているのを見て、部屋に入るとお茶とお菓子を、そっとミニテーブルに置いて出て行った。
笑いが収まったカズヤは、
「そうそう、実はお願いがあるんだけど……」
そう言って、パソコンの画面を付けた。
モニタの中のYouTubeの画面には、ピエロのお面をつけた小学生くらいの子どもが2人いた。
再生ボタンを押すと、彼らはギターをかき鳴らし、ドラムを叩き始めた。
「……ルッキング・フォー・ラヴ?」
音環は画面を見ながらつぶやいた。聞きなれない言葉を聞いた門亜は音環を見た。
「うん。マイケル・シェンカーの曲だよ。……凄いや。息もぴったり。大人の人で演奏しているのを聞いたことはあるけど……」
音環は画面から目を外さずに、つぶやくように答えた。
カズヤは何か言いたそうだったが、音環が食い入るように見るので一旦やめた。
――演奏は3分ほどで終わった。
「凄いね。……それで、これがどうしたの?」
音環は我に返って、カズヤに言った。
「うん。実はね……ここを見て」
カズヤはそう言うと、演奏を少し巻き戻した。そして、彼らの後ろに窓が移るまで巻き戻すと、窓から見える三角の建物を指した。
「……アスパム?」
建物を見た門亜は言った。カズヤは真剣な目でうなずいた。
「そう、アスパム。と言うことは、彼らは青森市内にいるってことだよね。ほかの曲でもこの窓と三角の屋根が何度も出てくるんだ」
そう言いながら、今度はデスクトップ画面に戻ると、フォルダからいくつかのアスパムの写真を広げた。
「これ、ネットにあったアスパムの写真。いろんな角度から写っているんだ。アスパムは平面の三角だから、写す角度でどこから写したかが分かるんだ」
「と言うことは、彼らの住所がわかるってこと?」
音環は驚いて言った。
音環の見開いた目からは、会えるのか?と言っているようだった。
「そう言うこと。実は、DMで窓のカーテンを閉めるか、編集で隠したほうがいい、と送ったんだけど、無視されているんだ。
今はまだ登録者数が少ないけど、増えたら直接彼らに会いに行く人が出ると思う」
そう言って、カズヤは言い淀んだ。
そうか……僕たちは会いたい側だけど、ピエロのお面の子たちは来られたらびっくりするよな。音環は、会いたい、と言う気持ちを押さえた。
「あー。オレたちが直接行って、言ってきて、と言うこと?」
すべっタローが言った。その言葉に、カズヤは、そう……と小さく答えた。
「しつこく送るとBANされちゃうから、僕からはもうDM送れないんだ」
けれども、僕は外に出られない。
うつむいたカズヤの表情からは、そう言っているように門亜には見えた。
「明日、行こうよ。多分、ここから駅を3つ行った先だと思う」
さらりとすべっタローは言った。
……なんで分かるの?門亜は驚いてすべっタローを見た。すべっタローはカズヤに言って市内の地図を画面に出してもらった。
「だって、この角度、こっちの方から写したのに似ているじゃん。それに、屋根が大分続いているから……この駅から、少し小高いところにある家だと思う」
すべっタローの説明に、門亜は感心した。動画にほんの少し映り込んだ景色一つで、ここまでばれちゃうんだ。怖いな。ネットって。
「そうだね。夏休みももうすぐだから、明日行ってみようよ」
と、音環もうなずきながら言った。
そして、カズヤに地図画面を操作してもらって地形を表示してもらった。航空写真と地形を交互に出してもらい、おおよその場所を音環とすべっタローで話し合った。
門亜は、地図の上で家や田畑の写真と地形が、繰り返し表示されるのを見てぽかんとした。そして、我に返ると「明日行ってみようよ」との音環の声が一緒に耳に戻ってきた。
……明日、本当に行くの?
門亜は、自分の部屋にある貯金箱の中身を思い出した。
今月お小遣いを貰ってからまだ何も買っていないから、往復の電車賃はある。問題はそこじゃない。同じ小学生とはいえ……知らない人に会いに行くんだ。
それは、初めて一人で県外の祖父母の家に電車に乗って遊びに行った時のことよりもドキドキすることだ、門亜は思った。
でも、ここで一緒に行かなかったら、ボクはずっと思い出から仲間外れにされちゃうんだろう。
いくつかの写真や地図を、カズヤからプリントアウトしてもらった音環はすべっタローと門亜に言った。
「明日は、書道の道具や絵の具のセットとかを持って帰る日だから、直接駅で待ち合わせしよう。門亜……大丈夫?」
僕たち勝手に決めちゃったけど……と、音環は心配そうに言った。
門亜は、大丈夫、と言うように大きくうなずいた。門亜の心臓はトクトク……と少し早い音を立てていた。
いつもお付き合いくださりありがとうございます。
いよいよ、大河と空河の出会いがやってきます。
ネットで、少しの情報から特定する仕方を参考にしたのですが、改めて怖いなぁと思いました。




