第6章 大河と空河①
月曜日は、あいにくと小雨が降っていた。
天気予報ではプールの始まる3時間前には止む予報だったが、気温が低く、通常の授業となった。
ほっとしたような、ほんの少しだけ残念だったような……勇気を出したのになぁ。門亜は心の中でつぶやいた。
昼休み、すべっタローが門亜たちのところにやってきた。2人は小声で口々に、金曜の夜はありがとう、と言った。
すべっタローは、また、やろうな、と返した。そして、
「今日、一緒に自習しようと思ったら、雨なんだもん。残念」
と言い出した。
えっ……。すべっタロー一人になるところだった。雨でよかった。門亜と音環は顔を見合わせた。
「すべっタロー……実は、僕たち、今日はラッシュガード着てプールの授業受けるつもりだったんだ」
ラッシュガード……なにそれ?と言うような顔をすべっタローはした。門亜は机のわきにぶら下げたスイムバッグから、ラッシュガードを取り出して見せた。
「へえ……オレも欲しいな。なあ、どこで売ってるの?」
と、すべっタローが言うと、音環は耳もとでこっそり言った。
「密林なら、早ければ明日届くよ」
すべっタローの目が輝いた。
「一緒に着て入りたいな!明日も雨だといいのに」
すべっタローは大真面目な顔をして言った。いや……明日は晴れでしょう。天気予報もそう言っていたし。
門亜はそう思ったが、翌日、すべっタローの願ったとおりに朝から土砂降りの雨だった。
「今日来るといいなー」
カズヤの家に向かう途中、すべっタローはスキップするように歩いた。
「危ないよ。すべっタロー」
門亜は咎めるように言った。濡れた靴下で人の家には上がれないんだよ。
「門亜、もうちょっと、こっちに寄りなよ。嫌な予感がする」
音環が言った時だった。反対車線を走る車が、車道にできた水たまりの水を跳ね上げた。そして、背の高さまで巻き上げると
ざぶん
すべっタローの傘の内側に水が飛び込んできた。
幸い、すべっタローのスキップで汚れるのを嫌った門亜と音環は、少し後を歩いていたので水がかかることはなかった。
車は、すべっタローに水をかけたことに気付かなかったのか、走り去っていってしまった。
なんて運の悪い……。門亜は唖然とした。そして、ずぶぬれになったすべっタローが恨めしそうに振り向いたとき、こらえきれず笑い出した。
「ごめ!我慢できない!すべっタロー……」
隣の音環も笑い出した。
「せめて、水をひっかけた車が停まってくれたらタクシーで帰れたのにね」
「……水も滴るいい男なんだ。オレは」
くしゃん。すべっタローはくしゃみを1つすると、
「ごめん。今日は家に帰るわ。カズヤの家にこれじゃ上がれないし。……ラッシュガード届いているといいな」
そう言って、来た道を戻っていった。
「見たかったな……すべっタローの恨めしそうな顔」
カズヤは部屋を訪れた中にすべっタローがいないことに気が付いた。そして、音環から説明を聞くと、笑い出した。
門亜が、こんな感じで水が入ってきたんだ、と身振り手振りで説明すると、カズヤは座っていた椅子から転げ落ちた。
「で、ラッシュガード届いてるかな、って言って帰っていったよ」
カズヤの笑いが収まりかけたころ、門亜は言った。
「ラッシュガード……?」
「うん。音環が教えてくれたんだ。半袖の上着を着てプールに入るんだ。僕たち」
門亜の説明に、カズヤはパソコンを立ち上げると検索を始めた。
「あっ!これ、これ」
モニタにラッシュガードが映し出された。
「へえ……。いいね。これ。僕もスイミングでこれ着ようかな……」
「スイミング、行っているの?」
門亜は聞いた。
「うん……学校に行かなくなってからはやめちゃったけどね。でも、もう一度通うかな」
学校じゃないからカッコイイの!
門亜はカズヤの後ろでささやきながら、いけ!いけ!とこぶしを上げた。カズヤは、ははは……と笑うと
「後で母さんに話してみる。凄いな……ラッシュガード仲間」
仲間!なんていい言葉なんだ!門亜の頬がポッと赤くなった。
――翌日、門亜と音環は2時間目の後、男子トイレに駆け込んだ。そしてトイレで水着に着替えた。
クラスに戻ると、男子の目線が一斉に門亜と音環に向いた。「決まった格好しないなんて、ずるいぞ」そう言っているようだった。
音環はそっと、門亜の前に立って教室に入って行った。
門亜の机の近くまで来たとき、黒のラッシュガードに着替えたすべっタローが入ってきた。
「門亜――。音環――。オレのも届いていた」
いつもより間延びした言い方で、門亜と音環に近づいた。ラッシュガードを着ているのが3人に増えたことで、クラスの男子の責めるような目線が和らいだようだった。
と、同時に、音環の表情も少し柔らかくなったようだった。
「あっ!すべっタローのラッシュガード、黒!」
門亜がびっくりしたように言った。すると、すべっタローは
「いいだろ、黒ってかっこよくってさ。好きなんだ」
にっと笑いながら、Vサインをした。門亜よりほんの少し背の高いすべっタローが門亜の目にはちょっとだけ大人に見えた。
そして、ふうん、と門亜は感心するようにうなずいた。
好きなものを通せるんだ。凄いな。と、心の中でつぶやいた。
「さ、いこうぜ」
音環はそう言うと、タオルとスイムキャップを持った。すると
「あっ、タオル忘れた!門亜、音環、後でオレにも拭かせて」
しまった!と言うような顔ですべっタローは言った。その、懇願するようなすべっタローの顔に、門亜は『やっぱりいつものすべっタローだ』と思った。
――プールサイドに行くと、ラッシュガードを着たすべっタローを見た先生はふぅ、と軽く息を吐くと言った。
「頼むから……もめることだけはするな。プールサイドでもめると、ケガをすることになるからな」
先生に言っていなかったんだ……。
仕方ないなぁ、と門亜は思ったが、同時に、すべっタローを心強く感じた。そして、そっと握りこぶしを作ると、すべっタローの右手にちょん、と当てた。
第6章 大河と空河 投稿しました。
この章は4つに分かれます。
すべっタロー、一心に不運を背負いますが、6作目(投稿準備中)に最大に回収します。
いつもお付き合いをくださりありがとうございます。
※SAKIOTTE、ランクインすることが出来ました。
応援してくださった皆さま、ありがとうございます。




