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第5章 木星と土星と②

「水道そっちな」


すべっタローは納屋の外にある水道を指した。


口も手も、ジャムでベタベタ言っていた。土星が良く見える位置に来るまでもう少し時間がかかるというので、4人そろって歯を磨くことにした。


「ホントに宿泊学習みたいだ」


門亜は思ったまま口にした。


「そうだね。僕もなんか、やっと宿泊学習に参加したって気になる」


そして「星が落ちてきそうだ……」と、続けて音環は言った。


「すべっタローもカズヤもありがとう」


「ボク、また来たいなぁ」


門亜は言った。


「遠くに行かなくても、こんなきれいなところがあるなんて、知らなかった」


門亜の言葉を聞いたすべっタローはへへ……と笑った。


「な、だから言ったろ。オレんちのリンゴ農園は世界一だって」


「社会のテストで書いたら先生に怒られるけどね」


カズヤはすかさず突っ込みを入れた。


――土星だ。


しっとりとした空気が、門亜の頬をじっとりと湿らせていた。カズヤは何度も望遠鏡のレンズを拭いていた。


門亜はまぶたが重く感じていた。そして時折、引きずられるように一瞬頭がコクっと垂れた。


すべっタローと音環は、土星が見えるまで待てずにテントの中へと入っていった。


そっと門亜がテントの中をのぞくと、すでに2人は寝袋の中で寝息を立てていた。さっきまでの騒ぎが嘘のようだった。


「もうそろそろ、ボクたちも寝ない?」


と、門亜が言うと


「うん。望遠鏡を納屋にしまうから、先にテントに入ってて」


とカズヤは望遠鏡をたたみ始めた。


門亜がテントに入ると、ちょうどカズヤは納屋に入ったのか、木戸の開く音がした。


もう少しでカズヤが来る。門亜は寝袋に滑り込むように入った。そして、横になるとほんの少しだけ土の匂いがした。


懐かしいような……今はなかなか嗅ぐことのない土のにおい。そして、コンクリートとは違う、温かみのある硬さ。


マットをめくって土の固さを確かめようとした時、カタコト、と納屋の木戸が閉まる音がした。そして、草を踏む音がした。


も少しカズヤと話がしたいな……門亜は思った。


でも、寝ている2人を起こしてしまいそうだ。そんなことを考えていると、カズヤがそっとテントを開けて入ってくる時には、門亜は、その音を耳の奥で聞いたまま眠りに落ちて行った。




ひんやりとした空気が、門亜の鼻先をくすぐった。くしゃみが出そうな感覚に、門亜は目を覚ました。


「あれ?カズヤ……」


入口の寝袋が空っぽだった。


トイレに行ったのかな?と、待ってみたが、足音もなかった。


門亜は静かに寝袋から出ると、冷たい空気が入らないようにさっとテントから出た。ひんやりとした空気が、今まで門亜の周りにあった暖かい空気をはがすようだった。


「さむ……」


カズヤは……どこだろう。


目を凝らしていると、今まで耳に入ってこなかった、スイッチョン……スイッチョン……と弦をはじくような音が聞こえてきた。そして、虫の音に交じって、カエルがゲコゲコ鳴く声も聞こえた。


……不思議と、暗闇の中なのに怖さを感じなかった。


しばらくじっとしていると、目が慣れてきたのか、木々の輪郭や望遠鏡の順番を待っているときに座ったベンチの形がぼんやりと浮かんできた。


あ、カズヤ。


ベンチに座る人影が見えた。門亜はそろり、と慎重に近づいて行った。時折、地面に出た根っこに足を引っかけたりしたが、転ばずに済んだ。


「カズヤ」


門亜は声を潜めて名前を呼ぶと、そっと隣に座ってカズヤと一緒に空を見上げた。


寝る前に教えてくれた、ひときわ強く輝く星は、門亜の後ろへ沈み始めようとしていた。


まるで、空一面に描かれた大きな絵巻物が、ゆっくりと動いて終わりを告げようとする。大きな力を全身で感じていた。


不思議だ……。教科書で読んだときは、こんなに大きな力は感じなかったよ。


「夏でも冬の星座が見えるんだよ。知ってた?」


ふいにカズヤは言った。


「ホント?」


なんて不思議なんだ!門亜はくるっとカズヤの方を向いた。


「明け方近くになるけどね。今の時期はオリオン座が見えるかどうかギリギリ。でもね。見えるんだよ」


それまで一緒に見てくれる?門亜はそう言おうとした時、カズヤは続けた。


「それを学校の授業で言ったら、先生に怒られた。クラスのやつには嘘つき、と言われ続けるし」


門亜はカズヤの言葉にドキリ、とした。ふいに「酸素が多くても燃えない」と授業で言って先生に怒られた時のことを思い出して心がキュッとした。


「それから学校に行けなくなっちゃったんだ」


カズヤはつぶやいた。


……知らなかった。嘘つき、なんて言われたら……怖いよね。自分そのものがホントかどうかですら、分からなくなるよね。


誰もかばわなかったのかな。


門亜は何と言っていいか分からなかった。ただ、膝を抱えて座ったまま、にじにじとカズヤに寄っていった。


「ありがとう。でもね。あきらめなくていいんだって。勉強は続けられるし、資格を取れば大学だって行けるって。ネットのコミュニティで言ってた」


アキラメナクテイイ……諦めなくていい……先のことなんて想像つかないけど、でもきっと、何かが出来るんだろう。


門亜は頭を横にこてっと倒した。ついて行けば、分かるかな。


お付き合いくださりありがとうございます。

第5章 木星と土星と②のエピソードを投稿しました。

彼らの一晩の体験ももうそろそろ終わりになります。

作者でありながら、幸せになれ……と願ってやみません。

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