第4章 カズヤそして地球照③
門亜たちは、椅子代わりの丸太に座った。
「「「「いただきます!」」」」
門亜は大きめのニンジンをスプーンで半分にすると、カレーを何回かかけてから口に運んだ。ん!やわらかい!それに甘い!
「おいしいな……カレー、うちでなかなか出てこないから嬉しいな。ありがとう!」
隣から、門亜の耳に音環の言葉が聞こえた。
音環のうちでは作らないんだ……。うちは逆に、親が夜勤の日なんかは夜と朝食べられるように作ってある。結構食べてる……好きだからいいけど。
ニンジン以外は、と心の中で付け足した。
「みんなで食べると……おいしいね」
カズヤがぽつりと言った。
「宿泊学習ってこんな感じだったのかな……」
そう続けると慌ててカレーをかきこんだ。熱っ!とカズヤの小さな声が聞こえた。
「うーん。ボク、行かなかったんだよね。お風呂、一緒に入りたくなくて」
門亜は言った。
プールですら入りたくないのに、お風呂なんて!絶対に嫌!ふと思い出すと、プルプル、と首を振った。
「オレは熱が出たから行ってないな……カレー、残念だったけど」
すべっタローはぼそっと言った。カレー、の言葉に門亜はぷっと噴き出した。カレー、好きだね。
「えっ!みんな行ってないの?あ、音環は?」
カズヤは驚いたように言った。
「行ったけど……ばあちゃんが施設に入るとか、そのあと僕をどこで預かるか、とかバタバタしていたから覚えてないや。そう言えば、ちょうど去年の今頃だったよね……」
ずしり。門亜の心に、石がの乗っかったようだった。
どこで預かるか、なんて……。もしかして、また音環、どこか行っちゃうのかな……。サァっと冷えた風が門亜の心を通り過ぎた。
「音環、またどこか行っちゃうの?」
門亜は恐る恐る聞いた。せっかく仲良くなったのに……。カズヤやすべっタローがいないのももう嫌だけど、音環がいないのも嫌だ。
「いや、じいちゃんもばあちゃんも元気だから、どこにも行かないと思うよ。両親と一緒に海外なんてまっぴらごめんだし。それに、もう引っ越しはしたくないな」
音環はぽつりと言った。
……音環の両親、海外にいるんだ。
凄い人なんだな!と門亜は思ったが、納屋からの灯りで照らされた音環の顔を見ると、ぷるぷる、と顔を振って黙ってしまった。
「カレーが冷めるぞぉ」
すべっタローの声がした。反射的に門亜がスプーンですくって口に運ぶと、表面にちょっとだけ固い膜が張っていた。
「大丈夫だって。音環のじいちゃん、この前も健康のためとか言って一駅歩いていたぞ。熱中症のほうが心配だけどさ」
と、すべっタローは続けた。音環は、ははは、と笑い出すと
「確かに。ばあちゃんこの前それで怒ってた」
と言った。
「みんな、今日が宿泊学習みたいなもんだね」
と門亜が言うと
「確かにな。月の観察しているし。カズヤ先生!ありがとうございます!」
とすべっタローがおどけて言った。門亜が噴き出すと音環もカズヤも笑い出した。
ごちそうさまでした、と、音環たちは、母屋の手前の離れに鍋と食器を持って行った。
すべっタローが照らす懐中電灯の明かりに恐る恐る歩いていると、リ……リ……と鳴く虫の音が聞こえてきた。
離れではおばあさんが台所の椅子に座っていた。
「僕、洗います」
そう言うと、音環は離れの流しでお皿に水をかけると、濡らしたスポンジに洗剤をつけてくるくる、と洗い出した。
門亜はしばらく音環の手つきを見つめていたが、食器をすすぎだすと、慌てて布巾を手に取った。
「これ、使って大丈夫ですか?」
すべっタローのおばあさんは優しく微笑みながらうなずいた。門亜は音環がすすいだ皿を丁寧に拭き出した。
「あれ?カズヤがいない」
きょろ、きょろとすべっタローはあたりを見渡していたが、やがて、見てくる、と離れを出て行った。
どこ行ったんだ?無事に納屋のところまでたどり着いていればいいけど……。
「いた」
望遠鏡を覗き込んでは角度を調整しているカズヤを見つけたすべっタローはほっとした。
「迷子になると大変だから、一人で戻らないでな。で、何を見てるの?」
カズヤは望遠鏡から目を離すと、すべっタローににっと笑いながら言った。
「木星。みんなが戻ってきたらすぐにみられるようにと思って、調整していたんだ」
ごめんね。一人で戻っちゃって。とつぶやくように続けた。
「木星も見れるんだ。凄いなぁ。望遠鏡もカズヤも。ホントにありがとうな」
「ううん。こちらこそ。僕の家からだと夕暮れは明るすぎるから、アースシャイン、明け方じゃないとよく見えないんだ。
木星も、遅い時間じゃないと見れないし。眠くない、早い時間に見れてよかった。それに……楽しい。本当にありがとう」
カズヤの言葉に、すべっタローはへへ……と、照れくさそうに笑った。
どれだけ目を見開いても、カズヤもすべっタローもお互いの表情は見えなかった。それでも、息と声で、お互い笑っている、と確信した。
「すべっタロー、カズヤいる?」
暗闇の中から音環の声が聞こえた。
「いるよ。木星をすぐにみられるように調整してくれていたんだって」
すべっタローの言葉に
「木星!今度こそ僕が先に見たい!」
と、さっきはじゃんけんで負けた門亜の弾むような声が聞こえた。
納屋の台のあたりで、コトリ、と何かを置く音がした。そして、音環の声が続いた。
「すべっタロー、離れでホットケーキ、貰ってきたよ」
「えっ」
すべっタローの困惑するような声がした。
「それ……冷蔵庫から出てきたやつじゃないか?」
「うん。とってもよく冷えているよ。リンゴジャムももらったよ」
音環は弾むように言った。
「星の観察していたら、多分お腹がすくだろうからって、ホットケーキ焼いてくれたんだって!とっても大きいよ!4つに切り分けておいてくれたよ!」
門亜の弾むような声が続いた。
「それ……多分、漬物とか魚と一緒の冷蔵庫に入っていたやつだと思う。生臭くないか?」
すべっタローは怪訝そうに言った。すると、音環はラップの上からホットケーキの匂いを嗅いだ。そして、
「ちょっと魚っぽいにおいするけど……でもそんなじゃなような気がする」
と返すと、すべっタローはちょっとだけほっとした様子で言った。
「よかった。今日は魚だけだったんだ。たまに誰かが漬けた、漬物が入ったタッパーがいると、すごいニオイになる。」
ふーん。そうなんだ。と、音環はもう一度ラップの上からニオイを嗅いだ。
「ちょっとチーズようなのニオイもしたけど、そういうやつかな。お皿は明日でいいって」
チーズのようなニオイ?……なんか嫌な予感がする。すべっタローの直感が危険信号を告げていた。
お付き合いくださりありがとうございます。
第4章 カズヤそして地球照 このエピソードで終わりです。
地球照の静かな光が、4人の心をそっと照らす章でした。




