第4章 カズヤそして地球照②
――放課後、カズヤの家に行くとカズヤの母親はすぐにカズヤの部屋に通してくれた。そして、お茶とお菓子がすぐに出た。
「みんな親にOK貰ったよ。それで、いつがいいの?」
すべっタローは聞いた。カズヤは立ち上げておいたノートパソコンから、気象庁のホームページを画面に開いた。
「三日月は、もうじき来るんだけど……天気がずれるかもしれないんだよね。
だから3日間晴れているうちの真ん中のこの日にしたいんだけど……すべっタローの家はどう?何か用事とか、ない?」
と、カズヤは聞くとすべっタローはないよ、と答えた。
「じゃ、今度の金曜日の夜ですべっタロー、親に聞いてみて。準備もあって大変だよね……ありがとう」
カズヤは言った。
金曜日の夜。門亜は一旦家に帰ると、シャワーを浴びてから昨年の林間学校で使ったカバンに詰めておいたお泊りセットを持って音環の家に行った。
「ねえ、見てみて!」
じゃん、と門亜は来ていた長袖のTシャツの袖を引っ張った。
「音環の教えてくれた『働く人』のTシャツ、届いたんだ」
涼しい!といいながら門亜はくるくると回った。
すべっタローの家は音環の家から歩いて10分ほどだった。
すべっタローの家に着くと、すでにカズヤは来ていた。天体望遠鏡の運搬もあって、親に車で送ってもらったそうだ。
リンゴ畑に行って設置をしている、とすべっタローは言った。
「「よろしくお願いします!」」
門亜と音環はすべっタローの母親に挨拶をした。
あまり見かけない、とてもやさしそうな顔をした母親だった。何となくすべっタローの顔に似ていた。2人並んだ時、目元がよく似ている、と門亜は思った。
「三日月、すぐに沈んじゃうから、リンゴ畑に行こう」
すべっタローは言った。
リンゴ畑は母屋から少し奥に行ったところだった。なだらかな丘がいくつも重なっていて、リンゴの木がまるでグラデーションのように並んでいた。
――たくさんのリンゴの木。これをすべっタローの家は手入れして、収穫までしているんだ。
門亜は心までなだらかに遠くまで持っていかれそうだった。
「設定、終わったよ」
ほんの少し薄暗くなったリンゴ畑で、緑のTシャツを着たカズヤが言った。もう、表情は見えなくなっていた。
「覗いてみて。白い月の隣に影があって丸く見えるだろう」
すべっタローはカズヤに促されるまま、望遠鏡をのぞいた。いつもは、白い光で尖ったように見える月が、望遠鏡からはほんのり青白く、月の模様が見えるようだった。
「ホントだな!なんか、濃いところと薄いところも見える!」
えっ!黒にしか見えないところも望遠鏡だとうっすらだと見えるの!ボクも早く見たい!門亜の心は弾んだ。
「アースシャインっていうんだ。夕暮れから少し光が落ちたころだと、地球に当たった光が月に反射するからぼんやりと影のところの様子が映るんだ。」
カズヤはすべっタローに説明するように言った。
「アース社員?蚊取り線香の?」
「「「アースシャイン!」」」
音環は、分かってないやつが一番先に見るなんてもったいない、と頬をぷっと膨らませ、門亜は早く見せてよ、と頬をぷっと膨らませた。
やれやれ、と言うような感じでカズヤは言った。
「地球が照らすから地球照ともいうよ。多分すべっタローはこっちのほうがいいと思う。」
すべっタローのはへへへ……と頭を掻きながら
「カズヤは頭いいんだな」
と言って望遠鏡から離れた。音環が待ちきれない!と言うように望遠鏡を覗き込んだ。
「うわ!本当だ!見える!学校じゃ、地球の影に隠れて見えない、って言っていたけど望遠鏡だと見えるんだね」
音環は興奮して言った。へえー、凄いな、と感心していると後ろで門亜が、早く!次!と騒いだ。
「もう日が落ちちゃう!」
音環はもう少し見ていたかったが、しぶしぶ望遠鏡から離れた。
「わあ!濃いところが海のようできれい!」
興奮気味の門亜にカズヤはニコリとして言った。
「それ、月の海だよ。青っぽいから満月の時より海っぽく見えない?」
「「「月の海?!」」」
ふいに3人の声が合わさってリンゴ畑に響いた。すると、木々に隠れてとまっていたいた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
バサバサ……と言う大きな羽音がそれまで静まり返っていたリンゴ畑の空気を引き裂いた。
カズヤは肩をすくめ、門亜は耳を両手で抑えた。
「……びっくりした。」
最後の一羽の羽音が遠ざかると、音環が言った。カズヤと門亜は恥ずかしそうに笑った。
門亜はもう一度望遠鏡を覗き込んだ。空よりも濃い……青い海!何てきれいなんだろう。
「……もう一回見せて!」
すべっタローが門亜の隣にやってきた。門亜は満足したようにポーっとした顔で望遠鏡から離れた。
「きれい……こんなにきれいなの見たの初めて……」
空を見ながら歩いたせいで門亜の足元がおぼつかなかった。
……大丈夫かな。そんな門亜の様子に音環は少し心配になった。
遠くですべっタローを呼ぶ声が聞こえた。カレーが出来たから取りに来て、というすべっタローの母さんの声だった。
「今から行くから!」
すべっタローは残念そうに望遠鏡から離れた。そして、母屋へと足を向けた。
「僕も行くよ」
音環がすべっタローの後をついた。
「足元、暗いから気をつけろよ」
すべっタローの言葉を聞いた瞬間。音環はリンゴの根っこに躓いた。
おっとっと……。すんでのところで転ばずに済んだが、後ろからくすくすと笑う声が聞こえた。門亜だった。
「丁度良かった。オレ懐中電灯で照らすから、2人はご飯とカレーのの入った鍋を持って行ってくれない?」
「うん。分かったよ」
音環は答えた。
母屋からカレーのおいしそうな香りが漂ってきた。匂いをかいでいるだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
納屋の前にある腰くらいの高さの台に鍋を乗せると、すべっタローは手に持っていた皿を並べだした。
納屋に取り付けられた灯りが、すべっタローの手元を照らしていた。
そして、門亜が持ってきたご飯が入った器から手際よく皿によそりだした。そして、オレンジ色のカレーをかけると、順に分けて行った。
「なんか給食みたい」
くすくす、と笑いながら門亜は言った。学校でだって、こんな楽しくはないよ。
「ホントだ。これに牛乳があったら完璧」
カズヤが続いた。
「牛乳……持ってくるけど?」
と、すべっタローの言葉に、門亜もカズヤも手を振りながら、いい、いい、と言った。
それよりもカレーを食べたいよ!
お付き合いくださりありがとうございます。
夏の、日中の熱がひいた後の空気を意識して書きました。
このエピソードを投稿している季節がリンクして、改めて夏の夜の美しさを感じています。




