第四話
木曜日の朝、遺失物棚の前に脚立が置かれていた。
上の段の蛍光灯を替えるためだった。
局長が脚立に乗り、古い管を外した。白い粉が少し落ちた。私は下で新しい蛍光灯の箱を持っていた。
中段の封筒は、棚から出されていた。
透明な袋。
赤いテープ。
白い封筒。
机の端に置くと、袋の中で少し傾いた。
「重そうだな」
局長が脚立の上から言った。
私は封筒を見た。
「量りますか」
局長は古い蛍光灯を外しながら、少し黙った。
「開けないなら、重さだけだな」
私は封筒を袋ごと持った。
軽くはなかった。
郵便用の量りは三番窓口にある。
私は袋をカウンターに置き、赤いテープの端を避けて、封筒だけの位置を確かめた。袋からは出さない。口も開けない。
量りの皿に載せる。
針が動いた。
二十五グラム。
私は端末を開いた。
過去の履歴。
火曜。金曜。午後三時。
二十五グラム。
二十五グラム。
二十六グラム。
二十五グラム。
二十五グラム。
二十五グラム。
画面の数字と、量りの針が同じ場所にあった。
「同じです」
局長は脚立を降りた。
「何が」
「重さです」
私は画面を見せた。
局長は眼鏡を少し上げた。指先に蛍光灯の白い粉がついていた。
「これ、全部あの人か」
「火曜と金曜、三時前後です」
「二十五グラム」
「ほとんど」
局長は古い蛍光灯を箱に入れた。
「二十六の日があるな」
私はその行を開いた。
一月十七日。
金曜日。
十五時〇一分。
料金照会。
二十六グラム。
取消。
その三分後に、八十四円切手一枚。
「切手を買った日です」
局長は何も言わなかった。
佐野さんが貯金窓口から顔を出した。
「一円足りなかった日?」
私は振り向いた。
「覚えてるんですか」
佐野さんは自分の窓口の客を見て、少し待った。通帳を返し、番号札を呼び、次の人を案内してから、こちらへ来た。
「一円じゃない。重さ」
「重さ?」
「その日、私が見てた。高い方になるって言われて、あの人、封筒を持ったまま止まったの」
佐野さんはカウンターの端に手を置いた。
「それで切手を買った」
「貼りましたか」
佐野さんは首を横に振った。
「貼ってないと思う」
「思う」
「手に持って帰ったから」
局長が椅子に座った。
「じゃあ、出すつもりではあったのか」
佐野さんは答えなかった。
私は画面の数字を見た。
二十五グラム。
二十五グラム。
二十六グラム。
二十五グラム。
一月十七日の翌週。
二十五グラム。
その次も。
二十五グラム。
「戻ってます」
私の声は小さかった。
「何が」
「重さが」
佐野さんが画面に近づいた。
「本当だ」
私は封筒を見た。
透明な袋の中で、白い紙の角が折れている。
二十五グラム。
今も。
私は過去の履歴をさらに遡った。
保存されている最初の日。
二十五グラム。
その次。
二十五グラム。
画面を送る。
二十五グラム。
二十五グラム。
時々、二十四グラム。
一度だけ、二十六グラム。
出された記録はない。
重さだけが、何度も残っていた。
昼前、森さんが集配用のケースを取りに来た。
私は一月十七日のことを聞いた。
「雪の日?」
森さんはケースの札を確認しながら言った。
「たぶん」
「覚えていますか」
「時計店の前で見た。傘を持ってなかった」
「老人がですか」
「うん。帽子に雪がついてた」
森さんは台車にケースを載せた。
「右手に封筒を持ってた」
山下さんの記憶と同じだった。
「左の鞄は」
「腕にかけてた」
「封筒は鞄に入れてなかった」
「うん」
森さんは少し考えた。
「封筒、濡れてなかった」
その日の午後三時、私は窓口の量りを拭いた。
皿の丸い縁。
針の目盛り。
二十五グラムの線。
客が来るたびに、皿は少し沈んだ。
書類。
小さな箱。
厚い封筒。
重さはそれぞれ違った。
三時四分。
自動ドアが開いた。
入ってきたのは、時計店の店主だった。
細い男性で、灰色のベストを着ていた。手には小さな段ボール箱。差出人欄には、時計店の名前が印刷されたシールが貼ってある。
私は送り状を確認した。
品名、修理品。
割れ物。
店主はカウンターの上に箱を置いた。
「最近、あの帽子の方、見ませんね」
私は手を止めた。
「ご存じですか」
「店の前に、よくいらしたので」
「話したことは」
「ありません」
店主は財布を出した。
「いつも、うちの店の時計で三時を見てから、こちらに入ってました」
私は箱を量りに載せた。
針が大きく動いた。
「封筒を持って」
店主は言った。
「毎回ですか」
「ええ」
料金を伝えると、店主は小銭を出した。
「あの方、店の時計を見ていたんじゃないですよ」
私は切手を取る手を止めた。
店主はカウンターの左側を見た。
「ガラスに、ここの入口が映るんです」
日付印を押す。
箱を受け取り箱へ入れる。
音がした。
店主が帰ったあと、私は三番窓口から外を見た。
時計店のガラス。
薬局の幟。
自動ドア。
窓口の量り。
遺失物棚の封筒。
全部が同じ線の上にあった。
私は封筒をもう一度量った。
二十五グラム。
数字は変わらなかった。
宛名は、まだなかった。




