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第十話

 木曜日の朝、鍵付き引き出しの上に、局長の鍵が置かれていた。


 銀色の小さな輪。


 番号札のついた鍵。


 引き出しは閉まっている。


 青い処理票は中にある。


 白い封筒も中にある。


 三時のメモの写真も中にある。


 局長は出勤すると、鍵を胸ポケットに入れた。


「今日中にそろえる」


 それだけ言った。


 私は三番窓口を開けた。


 量りの皿。


 料金表。


 ボールペン。


 番号札の機械。


 いつもの場所に、いつもの物を置く。


 九時半、佐野さんが貯金窓口から来た。


「昨日のメモ」


「三時のですか」


 佐野さんは頷いた。


「見たことある気がする」


 私は手を止めた。


「どこで」


「あの人の手」


 佐野さんは自分の左手を見た。


「封筒とは別に、小さい紙を持ってた日があった」


「いつですか」


「冬」


「一月十七日ですか」


 佐野さんは窓の外を見た。


 雪の日。


 二十六グラム。


 八十四円切手。


 右手の封筒。


「その日かもしれない」


 佐野さんは自分の窓口へ戻った。


 十一時、森さんが集配から戻った。


 雨具を脱ぎ、帽子を棚に置く。


 私は三時のメモの話をした。


 森さんは台車を止めた。


「三時」


「見覚えがありますか」


「聞き覚えなら」


 森さんは濡れた軍手を外した。


「いつですか」


「最後に来た日」


 私は端末の履歴を開いた。


 来なくなった日の前の金曜日。


 十五時〇〇分。


 料金照会。


 二十五グラム。


 取消。


「その日、窓口にいましたか」


「横を通った」


 森さんは仕分け棚の前に立った。


「あの人、何か言いかけてた」


 私は画面を見た。


 取消。


「何を」


 森さんは軍手を棚に置いた。


「頼」


 一文字だけだった。


「頼む、ですか」


 森さんは首を横に振った。


「そこまで聞こえなかった」


 局長が奥から出てきた。


「誰が」


「深沢さんです」


 森さんはそう言ってから、少し止まった。


 初めて、老人の名前が局内の声になった。


 局長は鍵付き引き出しを見た。


「どの日だ」


 私は履歴を印刷した。


 来なくなった日の前の金曜日。


 十五時〇〇分。


 料金照会。


 二十五グラム。


 取消。


 その下には何もない。


 切手販売もない。


 引受記録もない。


 局長は紙を受け取った。


「最後の来局か」


「記録上は」


 森さんは仕分け室に入らず、入口に立っていた。


「あの人、封筒を戻したあと、もう一回出そうとしてた」


「封筒を」


「いや」


 森さんは指先で、空中に小さな四角を作った。


「紙」


 三時のメモ。


 私は言わなかった。


 昼休み、局長は引き出しを開けた。


 白い封筒。


 青い処理票。


 別紙。


 三時のメモの写真。


 局長は写真だけを出した。


 拡大コピーを取る。


 コピー機の光が動いた。


 黒い線。


 青い字。


 三時。


 その下に、薄く何かが写っていた。


 紙の折り目の内側。


 局長はコピーをもう一度取った。


 濃度を上げる。


 三時。


 た。


 ひらがなが一つ出た。


 佐野さんが昼食の箸を持ったまま、コピーをのぞいた。


「た」


 森さんも見た。


「頼、じゃないな」


 局長はコピーを机に置いた。


「た」


 私は別紙を開いた。


 三時。


 た。


 そこまで書いた。


 午後二時五十分。


 坂井さんが来た。


 透明な袋に入れたメモを持っていた。


「コピーだけなら、取っていただいて構いません」


 局長は確認書を出した。


 原本返却。


 複写一部。


 坂井さんは署名した。


 局長はメモを袋から出さなかった。


 袋ごと、コピー機に置いた。


 ふたを閉める。


 光が走る。


 出てきた紙には、折り目の線が濃く出た。


 三時。


 た。


 その下に、もう一文字。


 だ。


 三時。


 ただ。


 佐野さんが小さく息を吸った。


 局長はコピーを持ち上げた。


「これ以上は、開かないと見えない」


 坂井さんは原本を受け取った。


「開きません」


 局長は頷いた。


 私は窓口に戻った。


 二時五十九分。


 自動ドアの上の時計。


 短い針。


 長い針。


 三時。


 自動ドアが開いた。


 入ってきたのは、速達を出す女性だった。


 封筒には、宛名があった。


 差出人もあった。


 私は重さを量った。


 料金を伝えた。


 女性は財布を開いた。


 その時、佐野さんが貯金窓口で手を止めた。


「ただ、」


 私は顔を上げた。


 佐野さんはカウンターの奥を見ていた。


「最後の日、そう言った」


 局長が奥から出てきた。


 森さんも仕分け室の入口に立った。


「封筒を戻したあと」


 佐野さんは通帳を閉じた。


「ただ、って」


「そのあと」


 局長が聞いた。


 佐野さんは首を横に振った。


「番号札が鳴った」


 速達の女性が料金を置いた。


 私は切手を貼った。


 日付印を押す。


 受け取り箱へ入れる。


 音がした。


 夕方、別紙に一行が足された。


 最終来局時発言。


 ただ、


 読点は、佐野さんが書いた。


 局長はその横に日付を入れた。


 鍵付き引き出しの中。


 青い処理票の下。


 三時のコピーの下。


 ただ、の一行の下。


 明日の欄には、金曜日と書かれていた。

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