花散らし
思へども験もなしと知るものを
なにかここだく我が恋ひ渡る
(万葉集)
「は…?なにあれ…!」
美桜は目の前の光景に思わず腑抜けた声を出す。
菊地が瑠璃にペットボトル飲料を渡していたのだ。しかも、瑠璃の頬にペットボトルをくっつけて驚かしていた。
クラスメートがいる教室で。
瑠璃の笑顔が菊地へ向く。
「あれじゃ…、あれじゃぁ……!」
美男美女カップルみたいじゃん、と美桜は思う。
「びっくりしたぁ。」
「これあげるよ」
美桜はその光景を自席に座り凝視する。
美桜はそこで気がついた。
(あれ、ピーチサイダーじゃん!
菊地、あいつ何故…!)
瑠璃はペットボトルを受け取り、ラベルを見てふわりと笑う。
「ピーチサイダーだぁ。これ好きって覚えてたんだね。ありがとう。」
美桜は瑠璃の笑顔に胸がギュッとなるのを感じた。
「昨日言ってたからね、これ好きだって。」
菊地も瑠璃に笑顔を返す。やけに爽やかな笑顔に美桜は少し苛立ちを覚える。
(……昨日?…あ、隣の人と話すやつか!)
美桜は片手に持っていたピーチサイダーを鞄にそっとしまった。
その後も、菊地の瑠璃への急接近は続いた。背の低い瑠璃に高い所の物を取ってあげたり、机をくっつけて瑠璃に教科書を見せてあげたり…。
その度に瑠璃は笑ってお礼を言う。
(ああぁ。あの高さなら私、余裕で取ってあげられるのに。)
(教科書だって、全然貸したのに。…どうせ私見ないし。)
そんな様子が1週間、2週間、1ヶ月と続いたが、美桜はただ黙って見ているしかなかった。
「藤ちゃん、聞いてー。」
帰る途中、美桜は気の知れた藤の元へ向かった。藤は相変わらず頬杖をついて背中を丸め、レジの椅子に座っていた。
「瑠璃がクラスメートにとられちゃいそうなの!」
美桜は最近の瑠璃と菊地の様子を事細かに話した。藤は何度も小さく頷いて、美桜の話を静かに聞いていた。
「あのまま二人が付き合っちゃったらどうしよう……やだよぉ。」
藤は少し考えた後、店の奥から瓶を抱えて小さな歩幅で戻ってきた。
「これ、食べな。」
瓶にはたくさんの金平糖が入っていた。
美桜は金平糖を三粒つまんで口へ放る。
砂糖の甘い味とざりざりとした感触が舌に残る。
「瑠璃ちゃんと美桜は大事な親友なんだろ?大丈夫。ぽっと出の男にとられるような、軽い女じゃないよ。」
藤は金平糖を一粒口に入れ、ガリガリと奥歯で少しずつ齧って飲み込んだ。
「…私、瑠璃が好きなの。だから、絶対にとられたくなくて…。」
藤は俯いて言う美桜に笑いかけた。
「大丈夫。瑠璃ちゃんは何があっても隣にいてくれるよ。美桜は自分の気持ちに正直に動くだけでいいのさ。」
美桜は金平糖を口に放りながら、瑠璃の姿を瞼に浮かべた。
「瑠璃、一緒に帰ろう。」
「うん。帰ろー。」
瑠璃はいつも通りの笑顔で美桜の隣を歩く。
下駄箱で靴に履き替える。
瑠璃は下駄箱の扉を開いたまま立ち尽くしている。
「瑠璃、どした?」
瑠璃は下駄箱の中に手を入れ、何かを取り出した。
瑠璃は一通の手紙を手に美桜を見る。
「これ、手紙だ。」
私の前で、風に攫われないでください。
まだあなたを見ていたいから。




