1. 隣の君
夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふ
あまつそらなる人を恋ふとて
(古今和歌集)
「いくよ、せーの!」
目を開いて、名前を探す。
「あった!2組!」
「私も2組だ。美桜と一緒だぁ。」
瑠璃は美桜を見て抱きついた。美桜は少し照れ笑いをする。美桜は入学式のときから、瑠璃に恋をしている。
「今年も美桜と一緒嬉しいなぁ。」
美桜は教室に向かう最中、そう言う瑠璃を見て笑う。
「瑠璃は可愛いね。」
教室の黒板に貼られた座席表を見て、美桜は席に着く。瑠璃は美桜から見て右斜め前の席だ。
(これで毎日瑠璃のことを見られる…!)
美桜はクラスを見回す。去年から同じクラスの子同士で話していたり、友達が離れてしまって不安そうな子がいたり。
しかし新学期早々、美桜はクラスの誰よりも幸せであると確信していた。
新学期始めの授業は、隣の席の人と交流するというものだった。自己紹介や質問を通して、仲を深めることが目的だ。
美桜はチラリと瑠璃を見る。瑠璃の隣は目鼻立ちの整った男子生徒菊地だ。菊地は話し上手で気遣いができるので女子から人気がある。
(よりによって菊地か…)
瑠璃は人見知りで、初対面から優しくしてくれる人に弱い。だから、美桜が出会ってすぐ話しかけたときも瑠璃はすごく感謝していた。美桜は少し不機嫌な顔で小さくため息を吐く。瑠璃と菊地が何やら話している様子をジロジロ見て、美桜は菊地を羨ましく思った。
(菊地、そこ代われ。)
「なんか、菊地と仲良くなったの?」
言葉を少し詰まらせながら美桜は訊ねる。
帰り道、夕日が二人の横顔を照らす。
風に乗って桜の花弁がたゆたう。
「うん。菊地くん、いい人だよ。大型犬って感じ!」
「大型犬かぁ。私猫派だから。」
「猫っぽい人いるかなぁ。」
「別に人は猫っぽくなくていいんだけどね。」
瑠璃はいつもふわふわとした話し方をする。それも、人気の所以なのかもしれない。
「百萬屋行かない?」
「行く!」
百萬屋は美桜が小さい頃から通っている。昔ながらの駄菓子屋だ。店前にはアイスの冷蔵庫があり、大きなソフトクリームを模したオブジェが置いてある。
古びた扉を開ける。ガラガラと音を立てる扉は今にも壊れそうだ。
「藤ちゃんっ、来たよー。」
美桜は店内のレジカウンター、と言っても小さな机に電卓とお金を収納する箱が置かれた簡易的なものだが。そこに座って頬杖をつく老婦の元へ駆けた。
「おお、美桜また来たのかい。」
老婦は藤といい、美桜が小さい頃から懐いている老婦だ。
「私もいまぁす。」
瑠璃もあとから歩いて店内に入る。
「瑠璃ちゃん、いらっしゃい。本当、美桜には勿体ないくらいの美人さんだねぇ。」
「えへへ」
「藤ちゃん、一言余計なんだけど!」
不意に、藤が真面目な顔をして美桜を見る。
「本当、隣にいてくれる人ができてよかったよ。」
「じゃあ、また明日。明日も私の隣にいてくださーい」
美桜は分かれ道に立って右手を挙げる。
「はいはーい、明日も隣にいまぁす。」
夕日が瑠璃を照らし、そよ風が瑠璃の髪をふわりと揺らす。
その姿を美桜は眺めて呟いた。
「……ずっと隣にいてね。」
ただ隣にいてください。
それだけで充分だから。




