第八話「戻る理由」
次の日の夜。
気づけば、同じ道を走っていた。
ナビを見るまでもない。
身体が覚えている。
(……また来てるな)
自分でも分かっている。
でも、止める理由が見つからない。
店の前に車を停める。
エンジンを切る。
少しだけ、考える。
れいかの顔が浮かぶ。
昨日の言葉。
静かな声。
(……)
でも――
ドアを開けていた。
ベルが鳴る。
店の空気が流れ込む。
「いらっしゃい」
マスターの声。
いつも通り。
でも、少しだけ違う気がする。
カウンターを見る。
ようこがいた。
一人で、グラスを持っている。
こちらを見る。
一瞬だけ。
それだけで、分かる。
(……来てたんや)
何も言わない。
でも、全部伝わる。
「……どうも」
要は短く言う。
ようこは小さく頷くだけ。
「来ると思ってた」
ぽつりと言う。
その言い方が、やけに自然で。
「……そうですか」
それしか返せない。
ようこの隣に座る。
距離が、近い。
昨日よりも、自然に。
(慣れてきてるな……)
そう思った瞬間、少しだけ怖くなる。
「仕事帰り?」
「……はい」
「そっか」
それだけ。
でも、会話は途切れない。
沈黙が、前よりも重くない。
むしろ――
馴染んできている。
「考えた?」
ようこが聞く。
グラスを見たまま。
「……少しは」
曖昧に答える。
嘘ではない。
でも、全部でもない。
「そっか」
短く返す。
それ以上は聞かない。
でも――
そのあと、ゆっくりと手が動く。
要の手に、触れる。
自然に。
前みたいに、試す感じじゃない。
当たり前みたいに。
(……)
少しだけ、迷う。
でも、離さない。
ようこの指が、絡む。
ゆっくりと。
「分かりやすいな」
小さく笑う。
「……何がですか」
「戻ってきてる」
その一言が、刺さる。
「……」
否定できない。
「ええと思うで」
ようこが続ける。
「迷ってても、来るってことは、そういうことやし」
指が、少しだけ強くなる。
逃がさないように。
「……簡単ですね」
要が言う。
「そんなもんやで」
あっさり返す。
でも、その軽さが逆に深い。
「考えすぎると、動かれへんくなるし」
そのまま、少しだけ顔を寄せる。
距離が、近い。
「今は、動けてるやん」
声が低い。
耳に残る。
「……はい」
自然と答えている。
その瞬間――
唇が触れる。
店の中。
でも、誰も見ていないような距離。
短く。
でも、はっきりと。
「……な?」
ようこが小さく言う。
「戻ってきてるやろ」
言葉と感覚が、繋がる。
考えるより先に、身体が反応している。
「……」
何も言えない。
でも、離れない。
「無理に綺麗にせんでいい」
ようこが言う。
「汚いままでも、ちゃんとしたもんやし」
その言い方が、妙にリアルで。
逃げ場がない。
「……れいかさんに、会いました」
気づけば言っていた。
ようこの指が、ほんの一瞬だけ止まる。
でも、すぐに戻る。
「ふーん」
軽く返す。
「外で」
続ける。
自分でも、なんで言ってるのか分からない。
「ちゃんと話したんや」
ようこが言う。
責めてない。
でも、聞いている。
「……はい」
「どうやった?」
少しだけ顔を向ける。
視線が合う。
「……落ち着く感じでした」
正直に言う。
ようこは一瞬だけ黙る。
ほんの、短い間。
「そっか」
それだけ。
でも――
そのあと、距離が一気に縮まる。
肩が強く触れる。
指が、深く絡む。
「でも」
ようこが静かに言う。
「今ここにおるのは、こっちやろ」
逃げられない言い方。
「……はい」
否定できない。
「それでええやん」
軽く言う。
でも、重い。
「全部決めてから動くやつなんか、おらんで」
そのまま、もう一度唇が触れる。
今度は、少しだけ長く。
頭が、少しずつ考えなくなる。
「……戻ってきたら、ちゃんと受け取るから」
ようこが小さく言う。
「その代わり」
少しだけ離れて、
「中途半端は、やめてな」
目が合う。
逃げられない。
「……はい」
答えるしかない。
その瞬間――
完全に、引き戻された感覚があった。




