第七話「店の外で、もう一度」
店を出たあとも、頭の中は静まらなかった。
ようこの言葉。
れいかの視線。
どっちも残っている。
「……」
車のエンジンをかける。
でも、すぐには発進しなかった。
ハンドルに手を置いたまま、少しだけ考える。
(……帰るか)
そう思って、アクセルを踏む。
夜の道を、ゆっくりと走る。
ネオンが流れていく。
見慣れないはずの景色なのに、さっきよりも少しだけ近く感じる。
信号で止まる。
ふと、歩道に目がいく。
人影が一つ。
背が高い。
髪が長い。
「……」
見間違いじゃない。
れいかだった。
一人で、ゆっくり歩いている。
どこか、少しだけ俯いて。
(……)
信号が青に変わる。
後ろの車が動き出す。
でも――
要は、そのまま動かなかった。
一瞬だけ迷って、
ウインカーを出す。
路肩に寄せる。
(何してんねやろ)
自分でも分からない。
でも、降りていた。
ドアを閉める音が、夜に響く。
「……れいかさん」
少しだけ声を張る。
れいかが振り返る。
驚いた顔。
でも、すぐに落ち着く。
「……藤村さん」
少しだけ間を置いて、そう言う。
距離は数メートル。
店の中より、遠い。
でも――
妙に近く感じる。
「こんなとこで、どうしたんですか」
れいかが聞く。
「……帰る途中で、たまたま」
嘘ではない。
でも、それだけじゃない。
れいかは少しだけ頷く。
それ以上は聞かない。
「そっちは?」
「帰りです」
短く答える。
少しだけ沈黙。
夜の音が、ゆっくり流れる。
車の音。
遠くの人の声。
でも、ここだけ少し静かだった。
「……さっきは」
要が口を開く。
「すいませんでした」
れいかは少しだけ首を傾ける。
「何がですか?」
「……ちゃんと答えられなくて」
言葉にするのは、少しだけ苦しい。
でも、言わないままにしたくなかった。
れいかは少しだけ考えるようにしてから、
「いいと思いますよ」
と静かに言う。
「無理に答える方が、変ですし」
その言い方が、やけに優しい。
「……でも」
要は続ける。
「ちゃんと考えないと、あかんとは思ってます」
れいかが、少しだけこちらを見る。
まっすぐな目。
「そうですね」
小さく頷く。
「でも」
ほんの少し、視線を外して、
「急がなくていいと思います」
静かに言う。
「急いで決めると、後悔しますし」
その言葉が、ゆっくりと入ってくる。
ようことは、違う。
押してこない。
でも、離れてもいない。
「……れいかさんは」
気づけば、聞いていた。
「なんで、あの店に来てるんですか」
れいかは少しだけ驚いた顔をする。
でも、すぐに戻る。
「……たまたまです」
少しだけ間を置く。
「最初は」
そのまま、少しだけ笑う。
「でも、今はちょっと違います」
「……どう違うんですか」
「……」
一瞬だけ迷う。
でも、逃げない。
「誰かと、ちゃんと話したくて」
小さく言う。
その言葉が、やけに真っ直ぐで。
要は、何も言えなくなる。
「藤村さんは、話しやすいです」
続けて言う。
「変に慣れてないから」
少しだけ笑う。
でも、その笑いは柔らかい。
「……それ、褒めてます?」
「褒めてます」
即答だった。
そのやり取りに、少しだけ空気が緩む。
でも――
どこか静かなまま。
「……また来ますか」
れいかが聞く。
店のことだと分かる。
「……来ると思います」
「そうですか」
それだけ言う。
でも、その一言が残る。
少しだけ間があって――
「じゃあ」
れいかが一歩下がる。
「また、あそこで」
店を指すわけでもない。
でも、分かる。
「……はい」
要は頷く。
れいかは軽く頭を下げて、歩き出す。
今度は振り返らない。
そのまま、夜の中に溶けていく。
「……」
要はその場に残る。
しばらく動けない。
(……なんやこれ)
ようこといたときとは違う。
熱じゃない。
でも、確実に残る何か。
静かで、
ゆっくりと効いてくる。
車に戻る。
エンジンをかける。
さっきとは違う感覚。
どっちに行くのか――
まだ決まっていない。
でも、
選ばないままではいられないことだけは、はっきりしていた。




