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アラフォードライバー、夜の街で恋を知る 第一章 何もない日々  作者: こうた


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第二話「隣にいる理由」

グラスの氷が、静かに鳴る。

その音だけが、やけに耳に残った。

店に入ってから、まだ数分。

藤村要は、カウンターの端で背筋を少しだけ固くして座っている。

落ち着かないはずなのに、なぜか逃げたいとは思わなかった。

隣にいる女――ようこが、そうさせているのかもしれない。

「こういうとこ、あんまり来ないでしょ」

横から、静かに声がくる。

「……分かります?」

「分かる」

ようこはグラスを軽く揺らしながら言う。

「座り方が、ちょっとだけ真面目すぎる」

思わず、自分の姿勢を気にする。

「別に悪い意味じゃないよ」

少しだけ笑う。

その笑い方が、やけに自然で――

要は目を逸らした。

「……トラック乗ってるって言ってたよね」

「はい」

「長距離?」

「関西と関東、行き来してます」

「へえ」

短い相槌。

でも、その“それ以上聞かない距離”が心地いい。

無理に踏み込んでこない。

でも、興味は持っている。

そのバランスが、ちょうどよかった。

「疲れない?」

「慣れてるんで」

いつもの答え。

でも今日は、少しだけ違う気がした。

「慣れって、怖いよね」

ようこがぽつりと言う。

「気づいたら、それが普通になる」

グラスの中の氷が、また鳴る。

要は何も返せなかった。

でも、その言葉は妙に残った。

(……確かに)

今の生活も、全部“慣れ”だった。

何も感じなくなっていることすら、普通になっている。

「でも」

ようこが続ける。

「たまに崩したくならない?」

少しだけ、こちらを見る。

逃げ場のない視線。

「……今日が、そうかもしれません」

気づけば、そう言っていた。

ようこは一瞬だけ目を細めて、

「いいやん」

と小さく言った。

その一言で、少しだけ肩の力が抜ける。

沈黙が落ちる。

でも、さっきとは違う。

重くない。

むしろ、少しだけ心地いい。

要はグラスを持ち上げる。

そのとき――

指が、触れた。

ようこの指に。

ほんの一瞬。

でも、はっきりと分かる。

「……すいません」

反射的に言う。

「ううん」

ようこは気にした様子もなく、

「冷たいね」

とだけ言った。

「え?」

「手」

視線を落とす。

自分の手と、彼女の手。

まだ、触れている。

離そうと思えば、離せる距離。

でも――

離さなかったのは、自分だった。

「緊張してる?」

少しだけ、顔を寄せてくる。

距離が、近い。

思っていたよりも、ずっと。

「……してます」

正直に答えるしかない。

ようこは小さく笑う。

「分かりやすいね」

その声が、近い。

耳に残る。

「こういうとこ、慣れてないんやね」

「……はい」

否定できない。

昔の自分なら、違ったかもしれない。

でも今は、違う。

その事実が、少しだけ苦い。

「別にいいと思うけど」

ようこはそう言って、視線を外す。

その瞬間――

指が、ゆっくりと離れる。

でも、完全には離れない。

指先だけが、かすかに触れたまま残る。

「無理に話さなくていいよ」

グラスを揺らしながら言う。

「こういう時間、嫌いじゃないし」

静かな時間が流れる。

会話はほとんどない。

でも、隣の気配がはっきりと分かる。

距離が、近い。

近いまま、何も起こらない。

その“何も起こらなさ”が、妙に意識に残る。

(……なんやろな、これ)

落ち着くような、落ち着かないような。

でも、嫌じゃない。

むしろ――

少しだけ、離れたくないと思っている。

横を見る。

ようこも、こちらを見ていた。

目が合う。

逸らせない。

「……また来る?」

軽く聞いているようで、

どこか逃げ場のない言い方だった。

「……来ます」

間を置いて、答える。

ようこは小さく頷く。

「じゃあ、その時にまた」

それだけ。

でも、その一言で――

次に来る理由が、はっきりできてしまった。

要はグラスを見つめる。

氷が、ゆっくりと溶けていく。

その静かな時間が、

これまでのどの時間よりも、はっきりと残っていた。

ここで第2話終了。

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