第一話「昔は、違った」
夜の高速は、嫌いじゃない。
一定の速度で走っていれば、それだけでいい。
何も考えなくていい時間が、一番楽だった。
藤村要、42歳。
長距離トラックドライバー。
関西と関東を行き来する生活を、もう何年も続けている。
「……」
前を走るテールランプをぼんやり追いながら、ふと昔のことを思い出す。
(あの頃は、違ったな)
高校のときは、それなりにモテていた。
自分で言うのもなんだが、悪くなかったと思う。
背もそこそこ、顔も普通以上。
部活帰りに女と話して、
休みの日は誰かと遊んで、
彼女もいた。
あの頃は――
女に困るなんて、思ったこともなかった。
「……何してんねやろな」
小さく呟く。
気づけば、何もなくなっていた。
別れた理由も、はっきり覚えていない。
ただ、なんとなく距離ができて、
そのまま終わった。
それ以降、誰かとちゃんと関わることもなくなった。
仕事をして、帰って、パチンコに行って、寝る。
それだけの繰り返し。
「彼女おらんの?」なんて聞かれたのも、もう何年も前だ。
今は誰も聞いてこない。
聞く価値がないと分かっているから。
サービスエリアに入る。
トラックを停めて、エンジンを切る。
静かになる。
その静けさが、少しだけ苦手だった。
自販機の前に立つ。
いつもの缶コーヒー。
迷うこともなくボタンを押す。
(昔は、こんなんじゃなかったのに)
缶を開ける音が、やけに響く。
周りには、同じようなトラック。
同じような男たち。
誰とも話さない空間。
「……」
一口飲む。
味はいつもと同じはずなのに、少しだけ苦い気がした。
トラックに戻る。
狭い運転席。
でも、ここが一番落ち着く。
スマホを見る。
通知はない。
LINEも動いていない。
(そらそうか)
誰かに連絡することも、誰かから来ることもない。
ふと、思う。
このまま、何も変わらず終わるのか。
別に、それで困るわけじゃない。
でも――
それでいいとも、思えない。
エンジンをかける。
また、走り出す。
数日後。
仕事終わり。
いつもなら、そのままパチンコ屋に向かう時間。
でも今日は、ハンドルを切らなかった。
(……なんやろな)
理由はない。
ただ、なんとなく。
違う方向に車を走らせる。
気づけば、見慣れない通りに出ていた。
ネオンが並ぶ。
夜の街。
昔なら、平気で歩いていた場所。
今は、少しだけ躊躇する。
(こんなとこ、いつぶりや)
車を停める。
外に出る。
空気が違う。
湿っていて、少し甘い匂い。
歩く。
何軒か店を通り過ぎる。
どこも入りづらい。
でも、一軒だけ――
静かな店があった。
派手じゃない。
落ち着いている。
(ここなら……)
ドアの前で止まる。
手をかける。
少しだけ迷う。
(いや、やめとくか)
そう思って手を離しかけたとき――
ドアが開いた。
中から女が出てくる。
ショートヘアー。
落ち着いた雰囲気。
目が合う。
逸らせない。
「入らないの?」
静かに言われる。
昔なら、軽く返していたはずの一言。
でも今は――
「……初めてで」
正直に答えてしまう。
女は少しだけ目を細めて、
「じゃあ、ちょうどいいやん」
とだけ言った。
軽く顎で中を指す。
「入りやすいとこからでいいよ」
その言い方が、妙に引っかかる。
無理に誘っているわけじゃない。
でも、断る理由もなくなる。
「……じゃあ」
気づけば、ドアを押していた。
ベルの音が鳴る。
店の中は静かで、落ち着いている。
カウンターに座る。
落ち着かないはずなのに、なぜか逃げたくならない。
グラスが置かれる。
氷の音。
そして――
隣に、さっきの女が座る。
距離が、近い。
昔なら慣れていたはずの距離。
でも今は、少しだけ意識してしまう。
「ようこ」
名前だけ、短く言う。
「藤村です」
ぎこちなく返す。
ようこは少しだけ笑って、
「よろしく」
とだけ言った。
その笑い方に、
昔、感じたことのある感覚が、ほんの少しだけ戻る。
でも同時に――
今の自分が、それに追いついていないことも、はっきり分かった。
ここで第1話終了。




