第十話「連れ出される夜」
「ほな、行こか」
なおみの一言は、軽かった。
でも、その軽さのまま、空気ごと持っていく。
「……どこにですか」
要が聞く。
「外」
即答。
理由はない。
説明もない。
「ちょっとくらい、ええやろ」
そう言って、もうドアの方を見ている。
(……どうする)
一瞬、ようこを見る。
目が合う。
何も言わない。
止めもしない。
でも――
試されているのは分かる。
(……)
「……行きます」
気づけば言っていた。
なおみが、少しだけ笑う。
「ええやん」
そのまま、先に立つ。
ドアが開く。
ベルの音。
夜の空気が流れ込む。
要は一歩遅れて外に出る。
振り返る。
ようこは、こちらを見ていた。
表情は変わらない。
でも――
その目だけが、残る。
外は、少しだけ風が出ていた。
昼の熱が、少し引いている。
「車あるん?」
なおみが聞く。
「……あります」
「じゃあ乗せて」
迷いがない。
当たり前みたいに言う。
(……強いな)
でも、断れない。
車まで歩く。
距離が近い。
さっきよりも、はっきりと。
「どこ行きます?」
ドアを開けながら聞く。
「任せる」
シートに座りながら言う。
足を組む。
余裕がある。
「走りたいとこ」
その言い方が、雑で、でも自由で。
要はエンジンをかける。
車が動き出す。
夜の道に出る。
「なあ」
なおみが言う。
窓の外を見ながら。
「楽しい?」
「……何がですか」
「今」
その一言に、少し詰まる。
「……分かりません」
正直に言う。
なおみが笑う。
「ええやん」
軽く。
「分からんまま動いてる時が、一番おもろい」
その言葉が、やけにしっくりくる。
「ようこと、どこまで行ってるん?」
突然聞かれる。
「……」
言葉が止まる。
「ほら、そういう顔や」
見透かされている。
「まあええわ」
あっさり引く。
でも――
次の一言が重い。
「中途半端なんやろ」
核心を突く。
「……はい」
否定できない。
「それでええねん」
なおみが言う。
「最初からちゃんとしてるやつなんか、おらんし」
でも――
少しだけ声が低くなる。
「ただな」
視線がこちらに向く。
「そのままやと、全部逃すで」
ハンドルを握る手に、少し力が入る。
「……どうしたらいいですか」
思わず聞いてしまう。
なおみが少しだけ笑う。
「簡単や」
一言。
「欲しいもん、ちゃんと取れ」
その言葉が、真っ直ぐすぎる。
「……」
言葉が出ない。
「ようこも、さっきの子も」
名前は出さない。
でも、分かっている。
「どっちも欲しいんやろ?」
その問いに、すぐ答えられない。
でも――
否定もできない。
「正直でええねん」
なおみが言う。
「綺麗にしようとすんな」
その言葉は、ようこと似ている。
でも、違う。
もっと、乱暴で、現実的で。
「……そんなうまくいきますか」
要が言う。
「いかんで」
即答だった。
一瞬、笑いそうになる。
でも――
続く言葉が重い。
「せやから、おもろいんやろ」
沈黙が落ちる。
でも、さっきまでとは違う。
どこか、スッと入ってくる静けさ。
車は、少し広い道に出る。
街の明かりが広がる。
「止めて」
なおみが言う。
少し先のパーキング。
車を停める。
エンジンを切る。
静かになる。
「なあ」
なおみがこちらを見る。
距離が、近い。
店のときよりも、はっきりと。
「試してみる?」
軽く言う。
でも、その目は軽くない。
「……何を」
分かっているのに、聞く。
「どこまで行けるか」
そのまま、手が伸びる。
要の頬に触れる。
一瞬、止まる。
でも――
引かない。
「逃げる?」
試すような声。
(……)
頭の中に、ようこの顔が浮かぶ。
れいかの声も。
でも――
目の前の温度が、強い。
「……逃げません」
答えていた。
なおみが笑う。
「ええやん」
そのまま、距離が消える。
唇が重なる。
突然で、強い。
ようことは違う。
考える余地を与えない。
一気に持っていく。
(……)
頭が、真っ白になる。
でも、離れない。
離せない。
唇が離れる。
少しだけ。
でも、距離はそのまま。
「な?」
なおみが言う。
「簡単やろ」
呼吸が少し乱れる。
何も言えない。
「これで」
少しだけ目を細める。
「もう戻られへんで」
その一言が、やけに重く落ちた。




