【②-2/2】【08】朝食の様子
「さあ、朝食にしよう」
抱いていた雪乃の体から、そっと離れる魁。
「うん! 食べぇ~る!」
雪乃は弾むように答え、キッチンにある食卓の椅子に、ぴょいと飛び乗って座った。
獣人の姿で食卓に着く雪乃を見た魁。
猫用の食事しか用意していないことに気付いた。
(食事は、猫の頃と同じでいいのか……?)
早速、雪乃に確認することにした。
場合によっては、これから別のメニューを用意する必要があるだろう。
朝食の準備を一旦止めて、魁も椅子に座る。
「どしたの?」
雪乃は、きょとんとして、魁へ問いかける。
「猫の頃と同じ食事でいいのか疑問に思ってな。
猫又の里では何を食べてたんだ?」
「え? 食べ物? 食べ物は……えっとね。
野生動物の肉とか、キノコとか、木の実とか――」
(狩猟採集生活なら農耕地は必要ないから、きっと猫又の里は山奥の洞窟なんかを中心にした集落なんだろう)
雪乃の言葉に、魁は、そう推測した。
――だが、まだ続きがあった。
「あと、チョコとか、スナックとか――」
「……ん?」
予想外の答えだった。
(チョコやスナック菓子は、猫にとって害のある食品のはずだ。
猫又には害が無いのか……?)
雪乃は尚も続ける。
「お酒とか」
「酒もか……?」
「ピザとか」
「ピザ!?」
猫又の里に対するイメージが、洞窟住まいの集落から、一気に近代建築の街へと変貌を遂げた。
そして、人間と変わらない猫又達の食生活に、思わず聞き返す。
「それ、雪乃も食べたのか? チョコとかピザとか」
「あ、私は食べてないよ。肉とかキノコとか木の実は食べたけど。
私は "まだ生きてる" から、食べない方がいいんだってさ。
今言ったのは、他のコ達が食べてたやつ」
この短い会話だけでも幾つか疑問があった。
この話は長くなりそうだった。
続きは朝食を取りながら聞くことにし、ひとまず朝食の準備を進めた。
「とりあえず雪乃は、猫の頃と同じ物を食べていいんだな?」
「うん、それはだいじょぶ。
しばらくは、今までと同じものを食べた方がいいって言われたよ?
……"しばらく"って、いつまでなんだろうね?」
「そうか。じゃあ、ちょっと待っててくれ。さっと終わらせる」
食材については問題無いようなので、少し量を増やして手を加えることにした。
ヨーグルトは量を増やし、シリアル感覚でカリカリをトッピングし直す。
温野菜の人参と白菜は、少量の干しシイタケとゴマを使ったスープにする。
最後に、スープへと鰹節を振りかけた。
そうこうしている間に魁の味噌汁も温まった。
雪乃の前に朝食を並べ、魁も雪乃の向かいに座り直す。
では早速、と食べ始めようとすると、雪乃が、
「ねえ魁。私、人間みたいに"手"を使って食事をする練習がしたい!」
と、言い出した。
「ん、そうか。じゃあ……いきなり箸は難しいから、スプーンにするか」
魁は、雪乃に食器棚から持ってきたスプーンを持たせた。
「こうやって、俺が後ろから雪乃の手を動かしてヨーグルトを食べさせる。
食べながら、感覚を掴むんだぞ」
二人羽織のように雪乃を後ろから抱き、スプーンを持つ手を後ろから握る。
「こう、ヨーグルトを掬ってだな。
こぼさないように口にもっていく。
はい、口開ける。
スプーンを口に入れて、口閉じる。
牙に引っかからないようにな。
口の中にスプーンを入れたら、舐め取ってもいいぞ」
雪乃の手を握って、ヨーグルトを雪乃の口に運ぶ。
そうして食べさせながら、手の動かし方を説明する。
「スプーンはこんな感じで使うんだが、できそうか?」
まだ自信がないのか、返答までは少し時間がかかった。
「うーん……もっかい、おねがい」
雪乃の表情は真剣だ。
「よしわかった。
こう、すくって、こう、口に入れる。
ポイントは手首の返しかな。
どうだ?」
今度は、ヨーグルトより粘度が低くて少し難しい、野菜スープを食べさせた。
魁は、雪乃の手を握ったまま待つ。
雪乃は何度か頷く。
何とかなりそう、という事だろうか。
「……魁! これおいしいね!」
スープを食べ、キラキラ笑顔で魁を振り返る雪乃。
突然振り返った雪乃に苦笑を向ける魁。
「おいおい。美味いのはいいが、今は味じゃなくてスプーン使えるか、だぞ」
雪乃は魁を振り返ったまま、そうだった!
という表情を見せ、天井の方に視線を向けて考える。
そして、ふと何か思いついたような様子で視線を魁へ戻すと、
「ねぇ魁~ もういっかいだけぇ~ だめぇ~?」
思い切り甘えた表情で、おねだりを始めた。
魁は、頭の上でぴこぴこ動いている雪乃の耳に囁いた。
「もう一回だけだぞ? 甘えん坊め」
雪乃は電気が走ったようにぶるぶると身を震わせてから、
「は~~~いっ! えへへ~」
間延びした返事を返す。
もう一度、魁に食べさせてもらった雪乃。ご満悦。
「もう、一人で何とかなりそうだな?」
「うん、がんばるっ。ありがと~」
雪乃は元気に返事を返した。
雪乃が悪戦苦闘しながら朝食に挑む様子を見守りつつ、魁も朝食を取り始める。
「さっきの続きを聞きたいんだが、いいか?」
雪乃は神妙な顔つきでスプーンを握り、ゆっくりヨーグルトを口に運んでいる最中だった。
「あ、ちょっと、待ってね」
懸命にスプーンを使う雪乃を眺めながら、回答を待つ魁。
(真剣な雪乃もかわいいなあ)
などと考えていると、スプーンを口まで運び終えた雪乃が魁の問いかけに答えた。
「さっきの話って、食べ物のことだよね? いいよ?」
雪乃は一旦食べるのを止めて魁を見た。
「里の住人は人間と同じものを食べてたみたいだが、みんな毎日そういう物を食べてるのか?」
雪乃は、スプーンを口にくわえて天井へ視線を向ける。
それから少しして、雪乃が口を開いた。
「みんなが毎日食べるワケじゃないよ。
ほんとは猫又って、あんまり食べなくていいみたい。
色々食べるのは、趣味っていうか、遊びっていうか……
とりあえず、そんな感じみたいだよ。
だから、食事自体殆どしないコも居るみたい」
「そうなのか。じゃあ、雪乃も、本当はこんなに食べなくて良かったのか?」
雪乃の前にある結構な量のヨーグルトと野菜スープに目を向ける魁。
魁の視線の先にある自分の朝食を見て、雪乃は慌ててスプーンを持った手を振る。
「……え? あー! ちがうちがう!
私は"まだ生きてる"から、たくさん食べるよ!」
食べるアピールをするため、慌ててヨーグルトを口にしようとするが、ボトボトと皿の中に零してしまう。
「あにゃにゃにゃぁ~」
まだ慣れていないので、急いで食べるのは諦めた。
ヨーグルトの皿にスプーンを突っ込む。
気を取り直し、スープが入ったカップを両手で挟んで"舐め"始めた。
猫の頃から両手で挟むという動作はしていたが、舐めずに直接口に液体を流し込むのにはまだ慣れない故の、"舐め"だ。
「食べられないのに、無理して食べてるんじゃないかと思っただけだ。
食べ物を下げたりしないから、ゆっくり食べていいんだぞ」
慌てて食べ始める雪乃の行動は、魁にとって微笑ましいものだった。
「あっ、うん……」
雪乃は耳をぺたりと寝かせて頷いた。
食い意地が張っているような行動をとってしまい、少々恥ずかしかったようだ。
ゆっくりと食べ始めた雪乃を見て、魁は質問を続ける。
「あと、雪乃は"まだ生きてる"から、そういうものを食べない方がいいって、どういうことか聞いてるか?
雪乃は"まだ生きてる"から食べ物が必要なのか?
じゃあ、里の猫又は"生きてない"ってことだよな?
"生きてない"っていうのは、"猫又だから"っていうのとは違うってことか?」
雪乃は、ヨーグルトを口に運んでから、またスプーンを口にくわえて天井の方を見ていた。
どうやら、スプーンをくわえて考えるのが癖になったらしい。
回答を待つ間、魁も食事を進める。
今日の味噌汁は、平茸と油揚げだ。
米は、玄米と白米を同比率で炊いてある。
考えがまとまったようだ。
魁を見て、雪乃がゆっくり頷く。
「うん。私の猫の部分が"まだ生きてる"から、普通に食べるの。
里のみんなはもう猫の部分が"生きてない"の。
そうなると、ほんとは食べ物いらないって言ってた。
猫又かどうか、とは違うと思うよ」
「"猫"としての生命活動が終わると、完全な妖怪になるってことか。
じゃあ雪乃は、今はまだ食事が必要で食べる物に制限もあるが、いずれは何を食べてもよくなるんだな?」
雪乃から得た情報をまとめ、確認のために問いかける。
「そうそう! 私の"猫の部分"が消えたら、もうあんまり食べなくていいみたい!」
説明が上手く伝わった事に喜び、何度も頷く雪乃。
その後、ゆっくりと視線を下げ、
「……いつかそうなっても、食べさせてね? いろいろ……」
スプーンを持った拙い手つきでゲル状のヨーグルトを弄びながら、小さく呟いた。
「ん、あ、ああ……」
意味深な言葉だったが、魁は話を続けた。
「そういえば、お菓子とか、酒とか、ピザとか……
どこから持ってきてるんだ?
酒は、自家製の"どぶろく"なのかもしれないが……」
雪乃はきょとんとして首を傾げる。
「え? 人間の街で買ってくるんだよ?
ほとんどのコが、人間に化けられるみたいだし」
またもや意外な答えだった。
「買って、くるのか。 ……現金は、どうやって手に入れてるんだ?」
「げんきん……あ、お金か。
それは聞いてなかったなあ。
でも、言われてみればたしかにそうだね。
お金はどうしてるんだろ。
ふしぎだね???」
「俺には予想もつかないが……きっと、どこからか得る方法があるんだろうな」
疑問は残ったが、雪乃から食事の話を聞けたのを一段落として、とりあえず朝食を済ませてしまうことにした。
――和やかな会話と共に、雪乃の訓練を兼ねた朝食を終えた二人。
今度は、並んで食器を洗っていた。
「お皿洗うの、手伝うよ!」
と言うので手伝って貰うことにしたのだが、雪乃の手は肉球以外の全てが被毛に覆われていりため、水仕事には全く向いていない。
そんなワケで、魁が洗って雪乃に渡し、雪乃には皿を拭いてもらうことにした。
皿を割ってしょんぼりする雪乃の姿を見るのは忍びないので、キッチン台に敷いた布巾の上に食器を置き、水気を拭き取るよう教えた。
「今は簡単な作業から、手を使うことに慣れていこうな」
「はぁ~い!」
雪乃は元気よく返事を返し、懸命に皿を拭く作業をこなす。
とはいえ、今日は食器の数がそれ程多くはない。
作業はすぐに終わった。
「よくできたな。これからも頼むぞ」
頭を撫でると、雪乃は目を閉じ、魁の撫でを堪能する。
「がんばゆ~」
とろけた声で今後の意気込みを表明してから、ごろごろと喉を鳴らした。
しばらく雪乃を撫でてから、最後に頭をぽんぽんと触り、終わりの合図を送る魁。
「もうおわり~? もっとなでてよ~」
もう少し撫でてくれることもあるので、ご不満の意を表明することは大事なことだ。
「蒐さんに連絡して会う予定を決めたら、服を買いに行かないといけないだろ?」
「あ……そうだった!」
雪乃の耳と二本の尻尾が、ぴょこんと立ち上がる。
魁は、尻尾が立つのと同時にワイシャツの裾がめくれ上がる様を、じっくりと堪能した。
「そうか……勿体ないが、仕方ないか。
服を買ったら、尻尾を出す穴を作らないといけないな」
「わわっ! 今見てたでしょ! 魁のえっち~!」
すぐさま尻尾を下げて裾を直す。
「ん? えっち呼ばわりは酷いな。自分でめくったのに」
「えっちは、えっちなの! ぷんすこ!」
「……それは、失礼しました」
魁は、軽く笑って頭を下げた。
「よろしいわよ。許してあげるから、もっと、かわいがりなさいわよ」
指令に従い、再び雪乃を撫で始める魁。
「服はいいのか?」
「よくないけど、今は、なでてほしいのっ」
お互い、スイッチが入っていなければ、こんなものだ。
こうして、緩やかに朝の時間が過ぎていく。
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