【②-1/2】【07】翌朝の様子
朝。雪乃は雀の鳴き声で目を覚ました。
タオルケットに包まれたまま、ベッドの中で腕を伸ばして魁を探す。
「魁、いなぁ~い……」
雪乃は不満気だ。
しかし、それもすぐに幸福で塗り潰された。
昨日、猫又の試練が終わり、魁と雪乃が一緒に暮らす許可が下りた。
そして、魁と雪乃は身も心も一つとなったのだ。
昨夜の出来事を思い返しては、我が身を抱きしめ、ベッドの中で身悶える雪乃。
「はぁ……やっぱり、向かい合ってする方が、なんか幸せ……」
そうして身をよじる度、下腹部に走る疼痛。
それは、雪乃にとって心地よい幸せの証だった。
昨夜の記憶を一通り楽しんでから、雪乃は勢いよく体を起こした。
頭から顔にかけてざっと毛繕いし、腕と上半身の被毛を撫でつけながらベッドを抜け出してベッドを振り返る。
魁と雪乃から溢れた愛の痕跡が、至る所にこびり付いていた。
「うわ~……はずかしいなぁ……」
猫の習性に従い慌ててシーツを剥がして丸め、色々と見えないようにした。
「これでよーし!」
両手を腰に当て、満足気に頷いた。
そこで雪乃は、思い出したように呟く。
「あ。そろそろ、下に行かないと。
魁、きっと、朝ごはん作ってくれてるよね」
リビングとキッチンのある三階へ下りるにあたり、猫状態になろうかと思案。
――昨日、二人で話し合った結果、
「雪乃……何も着ていないと、お互い、気にならないか……?」
「うん……そうだね……」
という結論に達し、昨日は夜になるまで猫状態で過ごしていた。
だが、今はまだ幸せの余韻に浸りたい。
もう少しこのままで過ごしたかった。
「あ、そうだ!」
閃いた、とばかりに、ぴこーん! と耳を立てる。
クローゼットから、魁のワイシャツを取り出し、袖を通す。
「うわぁ……魁の……おっきい……」
ワイシャツの襟元を顔に押し当て、魁の匂いで、うっとり。
「ああ……魁の匂い……はぁ……魁……」
数回すーはーしてから、はっと正気に戻り、手の出ない袖をぱたぱたと振る。
「ちがうちがう! 服だよ服!」
ワイシャツを羽織り、サイズの具合を確かめる。
袖は手が出ず、裾は膝に掛かる程で、腰や胴はぶかぶかだった。
「ここは折って……」
袖のボタンが外れていたので、手が出るように何度か折り返すことができた。
「尻尾は下げて……」
裾は長いから問題ないが、尻尾はお尻の上から出ており、尻尾を上げると丸見えになってしまう。
「あ、胸だけは、ちょうどいいみたい。ここが入らなかったら、着れないもんね」
前を合わせて胸のフィット感を確認した雪乃は、この服の問題点に気付いた。
「んんっ……だめぇ……こんなの、入んないよう……」
まだ"手"を上手く使えないので、ボタンが穴に入らなかった。
だが、それも仕方のないことだ。
この"手"は、つい先日まで、文字通り"前足"だったのだから。
ボタンを留めるのは諦め、パカパカとワイシャツの前を閉じたり開いたりしながら呟く。
「前が開いてたら、逆にはずかしい気がするなあ……」
やはり、そのままにはしておけない。何か簡単に留められるものが無いか、寝室を探し回る。
「あ、これどうかな……?」
魁の机から見つけたゼムクリップを開き、胸の前のボタンとボタン穴に引っ掛けた。
「これならいいかな?」
それなりにホールドできていることが確認できたので、胸の前に続き、胸の下、お腹、一番下と、同じ方法でワイシャツの前を留めた。
「あとは、このぶかぶかのところを……」
胴の辺りをばふばふと触った後、クリスマスの飾りに使ったリボンを胴の辺りに巻く。
リボンを巻いたのはサイズ調整のための処置だったが、たわわに実ったメロンを顕現させる結果となった。
「あとは、かわいく結べば……」
だが、薄桃色の突起が邪魔をして、かわいい蝶結びはできなかった。
雪乃の掌にある、肉厚で愛らしい薄桃色の肉球は、細かい作業の妨げになるのだ。
「あぁ~できない~……もう、これでいっか……後で練習しよっと……」
クリップでリボンを留め、伸ばした爪でリボンの余った部分を切り取る。
今の雪乃に、ふわりとかわいい蝶結びは難しすぎた。
近頃は、服を着せられているペットをよく見かける。
しかし魁は雪乃に服を着せようとはしなかったので、獣人の雪乃が服を着た場合、魁がどういう反応を示すのか雪乃にもわからない。
雪乃は、期待と不安が入り混じったまま、魁の居る三階へ下りて行った。
◆◆◆
三階のキッチンでは、白猫が刺繍された青いチェックのエプロンを付け、魁が朝食を作っていた。
魁は白米と味噌汁に、目玉焼きとフライドポテト。そしてサラダ。
雪乃にはいつも通り、温野菜にカリカリをトッピングしたものと、別皿で少量のヨーグルト。
雪乃同様、魁も昨日が初めてだった。
魁は人間の女性に興味が無いのだから当然である。
そんな初めての経験の翌朝、目を覚ますと腕の中で雪乃が寝ていた。
(あ、これは……このままだと俺の理性が吹っ飛ぶな)
魁は直感した。
そんなワケで、なんとか魅惑の雪乃引力圏から抜け出し、気を紛らわせるために朝食を作り始めたのだ。
概ね準備が終わったので、
(そろそろ雪乃を呼びに行くか)
と考えていると、背後から突然、雪乃の声がした。
「魁、おはよ」
声がするまで、一切、気配がしなかった。
(さすがは猫だな……)
魁は妙に感心した。
「おはよう、雪乃」
雪乃は魁のワイシャツを身に着け、胴の辺りをクリスマスカラーのリボンで締めていた。
体の後ろで手を握り、伏し目がちに魁を窺うような様子の雪乃だったが、
「もうちょっと、このままが、いいなって……」
魁から問われる前に、獣人の姿である理由を口にする。
その様子を見ていた魁の目から、突如一筋の涙が零れ落ちた。
巻かれたリボンにより激しく主張する、双丘のたゆたい。
シャツの裾から伸びた、まるで雪豹のような、すらりとしつつも"ぽってり"とした、あんよ。
そして、裾を持ち上げないように垂らした、太く豊かな二本の尻尾。
魁の中で、パチリ、と"真夜中スイッチ"の入る音がした。
ベッドから離れたとて、雪乃はどこにでも現れるのだ。
「魁、どうしたの? やっぱりこれ、だめだった?」
魁の様子を見て、戸惑いを露わに耳を寝かせ、覗き込むように魁を見上げる。
「いや、雪乃が、かわい過ぎてな。ああ、神よ……」
寝ていた雪乃の耳が、ぴょこりと立ち上がる。
「えっ? かわいいの? 服着てるけど、嫌じゃない?」
「嫌なワケないだろう。素敵な雪乃をありがとう……」
エプロンで流れる涙を拭う間も、雪乃から視線を外さない。
何より、"真夜中スイッチ"が入ったため、雪乃の声が先程よりも甘やかに響く。
「……か、魁……よろこんでくれてうれしいけど、そんなにじっくり見られたら恥ずかしいよ~……」
雪乃が庇うように自身の体を抱くと、たゆたう双丘が"かわいい"を押しのけて激しく主張する。
「ああ、そうか……ごめんな……」
雪乃が恥ずかしい、というので、雪乃から視線を逸らす魁。
(ああ……見たい……網膜に焼きつく程、隅から隅まで、この雪乃を見たい……)
魁が求めれば、雪乃は喜んで魁に身を任せるだろう。
お互い同意の上なので何も我慢する必要はないのだが、
("真夜中スイッチ"に流されるのは夜だけにしよう……)
と、以前から決めているので、雪乃がどんなにかわいくて魅力的でも耐えるのだ。
魁が喜んでいるようなので、雪乃は迷い悩んでいた。
とあるお願いを言いだそうか、どうしようか。
胸の前でグーを作った両手をもぞもぞと動かし、小首を傾げ上目遣いで魁を見る。
「あのさ、魁。
……私、これからも、いろんな服、着たいにゃぁ、って。
だめかにゃぁ?」
新たに繰り出された、雪乃によるおねだり攻撃。
猫の頃から、時折雪乃は、"にゃんにゃん言葉"になる。
この即死級の攻撃も、魁は驚異的精神力で持ちこたえた。
「うぐぅぅっっ…… っはぁ…… はぁ……」
そして、息も絶え絶えに"真夜中スイッチ"を切ることができた。
(同じ雪乃でも、猫と獣人は、俺の中で"属性が違う"らしいな。"真夜中スイッチ"を切るのも一苦労だ……)
小さな普通の猫の魅力と、大きな猫の魅力。同じでないことは自明の理だ。
魁はもう一度エプロンで涙と涎を拭き、微笑みながら、
「いいとも。まずは、蒐さんと会うために着る服を買いに行こう」
と、爽やかに返答した。
「ほんとに!? やったあ! 魁、ありがと!」
雪乃が猫又の里で療養していた頃、猫又の娘たちが人間の服で着飾るのを、遠くから見ていた。
雪乃も人間の服に興味はあったが、魁が喜ぶかはわからない。
後でがっかりするのは嫌なので、娘達の輪に入ることもなかった。
喜びのあまり、思わず両腕を上げて飛び跳ねる雪乃。
動きに合わせ波打つは、純白の密林に聳えし双子の塔。
「うれし~! だいすき~! にゃうにゃう~」
雪乃は、魁に抱き着き激しく顔を擦り付けた。
魁はごく自然な動作で雪乃の背中に腕を回し、軽く口づける。
「あっ……」
雪乃は、口先を尖らせて、もっと……と、まばたきをしていたが、ふと、まばたきを止め、
「う~~~~~! にゃ~~~~~~~!」
突然叫び出す。
続けて、
「いま、はつじょーしそうらった! ひるは、らめっ!」
少しとろけた口調ながら、叫んだままの勢いでまくし立てた。
魁はそれに応え、
「雪乃がかわいすぎて、さっき俺もスイッチ入ったよ。
なんとか切れたけどな。危なかった」
二人は、お互いの顔を見て笑い合い、もう一度、強く抱き合った。
本作品をお読みいただき
ありがとうございます
もし気に入っていただけたのであれば
評価や感想など
何かしらの反応をいただけると
とても嬉しいです




