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【①-5/6】【05】いっぱい


 先程は、城跡公園で二人に面会したところまでの説明を受けたのだった。


 長の説明によると、その後はこうだ。


 城跡公園で二人に会ってからすぐに、雪乃ゆきのの力は猫又に変化できるまでになってしまった。

 長は猫の姿で声を掛け、雪乃を人間の目に触れない場所へ連れて行った。

 そして、獣人の姿と人間に化けた姿を見せ、いつ猫又になってもおかしくないことを告げた。


 また、獣人としての基礎訓練が必要なことや、"試練"についても話したという。

 雪乃はその"試練"に相当の衝撃を受けたようで、話を聞いている間も落ち着きがなかったという。



「その、試練……とは?」

 雪乃がそれほどの衝撃を受けたという、その内容が気になった。


「それは……この説明が済んでから、お話し致しましょうかな」

 長は俯いてかいから視線を外し、呟くように答えた。


「そう、ですか……」

 魁は長の様子に一抹いちまつの不安を感じたが、長の言葉に対し素直に頷いた。

 一方の雪乃は長とは違ってリラックスしており、魁の膝に顔を埋め、のんびりと尻尾を振っている。



 ――雪乃を帰す際も注意散漫な様子だったので、雪乃を家まで送ることにしたのだという。

 そして、悲劇は帰り道で起きた。


 雪乃がバイクと接触事故を起こしたのだ。



「向こうに渡ろうとしたんだけど、ぼんやりしててバイクが来たの気付かなかったみたい。あんまり、おぼえてないけど……」

 事故の瞬間を振り返り、口を挟む雪乃。



 雪乃はかなりの重傷で、そのまま家に帰しても助かる見込みが薄かったらしい。

 だが、獣人に変化すれば助かる見込みはあった。

 急いで里へ運び込み、里の皆で変化の切っ掛けとなる妖力を送ることで、雪乃を獣人に変化させた。

 そうして、ようやく命の危機を脱したのだという。

 既に獣人になれるだけの力を秘めていたが故に、一命を取り留めることができたのだ。


 初めは衰弱していたが、獣人になったことで生命力が飛躍的に向上し、一週間後には起き上がれるまでに回復したそうだ。


「いたいとか、こわいとか、夢見た気がするけど……

 あ、魁の夢見たのは、おぼえてるよ!」


 ある程度回復したところで"早く帰りたい"という雪乃の希望もあり、無理のない範囲で獣人の基礎訓練を始めた。


 まずは、自由に変化する訓練から。

 緊急事態で強制的に変化させてしまったので、変化の感覚を掴む必要があったのだ。


 この訓練と並行して、体の動かし方や特殊な能力の訓練をし、更に猫又の掟も学んだという。


「雪乃は、我々から見ても非常に美しい姿をしておりましてな。

 しかも、とてつもなく若く、外法げほうの産物でもない、二歳そこそこの猫又など、私ですら聞いたこともありませぬ。

 そんなわけで、里の男共は大騒ぎでしたぞ。

 猫又の娘達に"みゃあみゃあ"騒がれる里一の伊達猫が、雪乃に言い寄ったようですが……」


「猫又の黄色い声は"みゃあみゃあ"なのですね。

 なるほど、興味深い……」


 真剣に聞き入る魁。


「伊達猫ってだれだろ? あの黒いヤツかなぁ? なんで、あんなヘラヘラしたのが人気なの? 

 魁よりステキな人なんて居ないから、どうでもいいけどさっ」


 雪乃は素気なく意見を述べてから魁の膝の上でごろりと仰向けになり、鋭く爪を伸ばした指で魁の首筋をなぞる。


「……ところで、魁~? 長様まで認めた、美人でかわいい雪乃ちゃんが甘えてあげてるのに、な~に考えてるのかなぁ~?」


 雪乃は口から牙を覗かせ、半目で魁を見上げた。

 "黄色い声"に興味を示した件を指摘しているらしい。


「いや、ん……すまない」


「わかればよろしいわよ。おわびに、なでなさいわよ」


 雪乃は再びうつ伏せにせになり、二つの重い果実を魁の膝の上に乗せた。

 背中を撫でてやると、再び雪乃は満足げに二本の太い尻尾を揺らし始める。


 魁と雪乃の戯れが一段落したとみて、話を続ける長。


「そのような次第で、基礎訓練と掟の学習が終わったので、雪乃は晴れて魁殿の元へ戻ったというわけですな。

 連絡も無しに約一か月の間消息不明で、さぞ気を揉んだことでしょう。

 申し訳ありませぬが、人間に猫又の存在を明かすワケにはいかなかったので仕方のないことだったのです」


 猫又側の都合は理解できるが、それでも文句の一つも言いたくなる。


「しかし、何か姿を見せない方法で伝えていただければ……

 付近の聞き込みで白猫が事故に遭ったらしいことはわかりました。

 ですが、その猫がどうなったのかは誰も見ておらず……」


「重症で眠っている雪乃の状態を聞いて、黙っておられますかな?

 試練の後であればまだしも、試練を受ける前なのです。

 ならば、黙っていた方がいい。

 冷たいようですが、絆の強さを試すいい機会でもありましたしな」


 確かに魁は、連絡を受けたらすぐにでも雪乃のところへ向かおうとするだろう。

 だが、里の場所を知らない魁が闇雲に山中などを探し回り、更に悪い状況に陥る可能性もあった。


「雪乃の消息について連絡が無かったのは理解しました。

 しかし、雪乃が襲ってきたのは、どういった理由ですか?」


「それこそが、試練でしてな」

 長は頷き、試練について話し始める。


「雪乃が魁殿を襲ったのは、必要以上に人間から存在を知られまいとする妖怪の掟の一つでしてな。

 猫又に限ったことではないのです。

 突然現れ、その対象を襲っても絆が壊れることなく、また、襲ってきた相手が共に過ごした者であると看破すること……

 雪女のような、そもそも人に害を成す存在は正体を知った上で受け入れる意思があれば良いのですが、逃げたり心変わりした場合は試練失敗となり、二度とその人間の前に姿を現すことはありませぬ。

 雪女の伝承などは、試練を失敗した人間の証言が後世に伝わったものですな」


「なるほど……しかし、この猫又の試練は、人間側が殺される可能性もあるのでは? 共に暮らしたいと願った人間を自らの手で殺してしまうなど、考えたくも無いですが…… それ程強靭な肉体の人間でなければ、共に暮らすことを許可されないものなのですか?」

 

 魁の疑問に雪乃も反応し、魁の膝の上から顔だけを上げて口を挟んだ。


「そうだよね。私も、魁が死んじゃったらどうしようと思って、ずっと緊張してた。でも、手を抜いたのバレて失格になったらやだし……」


 長は雪乃の言動に少々違和感があったが、想い人に牙を剥くだけでも心苦しかったのだろうと解釈し、魁との話を続ける。


「なに、その点は心配ご無用。

 失礼ですが、人間相手に獣人が本気になっては試練になりませぬ。

 襲うふり、だけでよいのです。

 別れさせるための試練ではないのですからな」


 そのとき、魁の膝の上で二人の話をのんびりと聞いていた雪乃が、全身の毛を逆立てて跳ね起きた。


「えっ! そんなこと言ってなかった! 殺す気でやらないとだめって!」


 雪乃の語調は徐々に弱々しくなっていき、最後は消えそうな程の、か細い声だった。


「……それも……みてるって……いってたもん……」


 三者、しばしの沈黙。


 雪乃は耳も尻尾も力なく倒れ、全身を小刻みに震わせていた。


「なんと……?

 試練の内容を教えていたのは、あやつか。

 帰ったら、取り調べの上でそそのかした者共々罰を与えねばならんな。

 しかし、雪乃が魁殿を襲う際、やけに気合の入った演技だと思っておったが。

 まさか本気で殺すつもりであったとは……」

 

 雪乃が欲しい猫又男子の仕業か、或いは雪乃に嫉妬した女の仕業か。

 いずれにしても、里の者の失態に長は謝罪の言葉を述べる。

 

「里の者が、大変申し訳ございませんでした。

 今更ですが、ご無事でなにより」


 だが魁は、長に対して特に怒った風でもない。


「いえ、怪我もありませんので、俺については問題ありませんよ。

 ――それと、雪乃も気にするな。俺は生きてる」

 と、震える雪乃を優しく抱いて慰めるが、

「ただ、雪乃を騙した奴は許せません。今後試練を受ける者のためにも、教育方法の見直しと犯人への反省を要求します」

 雪乃を騙した相手には怒りを露わにした。


「やはり、我々も妖怪ですからな…… 皆が皆人間と友好的なワケではありませぬ。ですが、そこまでするとは思いませなんだ…… 本当に申し訳ありませぬ」

 長は神妙な顔つきで、言葉を返した。


 そうこうしているうちに、魁の腕の中で震えていた雪乃も落ち着きを取り戻したようで、

「私が言うのもおかしいけど、魁が強くて、ほんとによかったよ…… 試練も終わったし、これでずーっと魁といっしょ……」

 と、安堵あんどした表情で魁に顔を擦り付け甘えた。


 雪乃の発言を聞き、長は先程から感じていた違和感の正体に気付いた。


 にわかに、長の顔が曇る。

 幸せそうに魁へとじゃれつく雪乃に、この事実を伝えるのは酷だが、仕方がない。

 長はおもむろに口を開いた。


「雪乃よ、お前に試練の内容を教えた者は、無駄だと思うて伝えておらなんだな……」


 長は、一旦言葉を切る。

 きょとんとした表情で、長へと顔を向ける雪乃。

 そして長は、やや躊躇ためらいがちに続けた。



「……次の、試練のことを……」



 長の言葉に、雪乃の表情が一変する。


「え……うそ!? 試練はさっきので終わりじゃないんですか!?」


 雪乃は激しく長に問いかけるが、長は目を閉じ、沈痛な面持ちで首を振った。


 長から突きつけられた無言の否定に、雪乃は呆然ぼうぜんとし、うわごとのように呟きを漏らす。


「うそでしょ……

 きいてないよ……

 まだあるなんて、きいてないよぉ……」


 崩れるように魁へすがりついてから、少し間を置いて、


「…………やぁだぁあああぁ!

 もうやぁだぁああああぁ!

 かいといっしょにいるの!

 もうおしまいなの!

 おしまいおしまいおしまい!

 ぴゃああああああああああああぁ」


 色々なことが一度に起きすぎて、雪乃の感情は決壊してしまった。

 耳をぺったりと倒し、魁にしがみついて泣きわめく雪乃。


「むごいことを……ここまで予想して仕組んだ訳ではないのであろうが……」


 長からは、雪乃に掛ける言葉もない。


「しかし、長として試練を免除する訳にはいかぬのです……」


 魁は取り乱した雪乃の背を撫でながら、長の話を聞く。


 長が浮かない顔をしてたのに対し、雪乃がリラックスした様子だったのが気になってはいた。

 魁も少なからず不安はあったが、ここで動揺を見せては雪乃が増々取り乱すだろう。

 懸命に平静を装い、長に問う。


「――試練の内容を……教えてください」


 少し声が震えたかもしれない。長はおそらく察しただろうが、雪乃に悟られなければそれでいい。

 

「……承知しました。次の試練をお伝えしましょう」


 長は、なにやら複雑な紋様が描かれた小さな白い薬包を、懐から取り出した。


「これは"忘れ薬"と呼ばれる粉末でしてな。

 試練以外にも、偶然我々と接触してしまった人間に我々の事を忘れさせるためにも使用します。

 魁殿に、この"忘れ薬"を飲んでいただき、雪乃のことを思い出せれば……

 今度こそ本当に試練は終了です」


 雪乃は魁にしがみついたまま声もなく泣いていたが、耳が少し動いた。


「薬……? 薬となると、飲む者によって効果にばらつきがありそうですが…… その試練は、個人の体質を検査するのが目的なのでしょうか?」


 だとすると、対策の立てようがない。

 一か八かの挑戦になることが予想され、魁の表情が曇る。

 

「いえ、そうではありませぬ。

 この薬には特殊な術が掛かっておりましてな。"飲んだ者"と"飲ませた者"の、お互いを想う気持ちの強さが文字通り記憶の扉を開く鍵となっておるのです。

 つまり、偶然、或いは、よこしまな考えで我々と接触したような者の場合、記憶は二度と戻りませぬが――」


「強い絆があれば―― 思い出せるんですね?」


左様さようです」


 大きく頷く長。


 雪乃の耳が、また動いた。


 泣き止んではいたが、まだ魁から離れてはいない。


 長の頷きを見て、魁は雪乃を抱きしめる。

 そして囁いた。


「雪乃……俺達は、世界一愛し合ってる二人だ。

 なら、俺達が、できないはずないだろう?」


 倒れていた雪乃の耳が徐々に起き上がり始め、顔を上げて、魁と視線を合わせた。


「うん……

 うん。

 できる!

 ぜったいできる!」


 雪乃はゆっくりと魁から離れ、長を見た。

 

 長は、雪乃へ薬を差し出す。


「よろしい。

 では雪乃よ。

 この薬に想いの全てを込めよ。

 余計なことは考えるな。

 全てだ。

 全てだぞ!」


 雪乃は長から受け取った"忘れ薬"を両手で包み、強く握った。

 そして、大きく息を吸い込んで、


「かい! すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき!」


 全身全霊で、魁への想いを詰め込んだ。


 こういう、想いを込めるというのは祈るようにやるイメージがあるが、この方が雪乃らしいやり方だ。

 魁は、少し笑った。


「よし。では、それを魁殿へ渡すのだ」


 長の言葉に頷きを返す雪乃。


 薬を握った両手を開くと、白かった薬の包みが雪乃の瞳のような美しい蒼に染まっていた。


 魁はその包みをつまみ上げ、手に握る。


 目を潤ませて魁と見つめ合う雪乃。


 魁が雪乃へ顔を近づけ、最後になるかもしれない口づけを――


「だめっ! シャーッ!」


 雪乃は牙を剥いて拒否し、魁の体を押し退ける。


「魁は、強くて優しくてかっこいい、私の大好きな、だんな様なの!

 私も魁に、だめ、なんて言いたくないよ!

 でも、やりたいことが残ってたら、ぜったいに思い出そう! って思うでしょ?

 だから、ぜったい思い出すの! ぜったい!

 それで、思い出したら、いっぱい、するの! いっぱい!

 やくそく! ね!」


 魁にとっても、今日は驚きの連続だった。


 妖怪の存在を知り、試練の存在を知らされ、取り乱した雪乃をなだめ、その雪乃に不安を与えないよう平静を装って長と対話を続けた。


 当然、絶対の自信などあるはずもない。


 ようやく雪乃が落ち着いたことで気が緩んだ。


 無意識に雪乃へすがったところで、今度は逆に雪乃から喝を入れられてしまった。


 ここまで言われて奮い立たなければ、試練など突破できまい。

 仮に突破できたとしても、そのうち関係が崩れるのは目に見えている。

 それ程に、異種族間で共に生きることの障害は大きいのだ。


 だが、よく見れば雪乃も小さく震えている。雪乃もやはり、不安なのだ。



 ここで、お前も震えてる、などと余計なことを口に出して茶化すようなやからは、一生ふざけながら生きていくがいい。



「ありがとう、雪乃。わかった。いっぱい、な。いっぱい」


 雪乃に微笑み、蒼く変化した"忘れ薬"の包みを開く。


(雪乃……雪乃……雪乃!)


 脳内で様々な雪乃が舞い踊る。


 最後に目前の雪乃を見たとき、魁の中にある雪乃メーターがリミットブレイクした。


「よし! 雪乃! 愛してるぞおおおおお!」


 叫んでから、予め用意しておいた水で薬を飲み下す。

 そして、そのままコップの水まで一気に飲み干して、息をついた。

 

「ふう……これは、どのくらいで効果が出始めるのでしょうか……?」


 コップを置いて長に問う間、既にまぶたが重くなってきていた。


「もう、効いてきておりましょう。そこから立ち上がらず――」


 長の声を聴きながら、徐々に視界が狭くなり、音も聞こえなくなってくる。


 ソファーの背もたれに身を預け、顔を傾けて雪乃を見て、呟く。


「雪乃……雪乃……」



 魁は、瞼が閉じきるまで、ずっと雪乃だけを見ていた。


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