【⑫-3/3】【45】明るい未来へ
美佳の言葉に納得したのも束の間。
「はいはーい! きょしゅ!
雪乃ちゃん!
バストのトップとアンダー教えて~?」
また陽子が何か思いついたらしい。
前置きも何もなく、いきなりの問いかけ。
「あー、サイズですか。魁君だけじゃ難しそうですしね」
意図を汲んだ美佳が同意を示した。
「そうなのよ~ それ次第で、着れる水着もちょっと変わってくるのよね~
だから~ 恥ずかしがらないで~ 気持ちを楽にして~ リラックスよ~」
陽子は顔の前まで両手を持ち上げ、揉み込むように手を動かした。
きょとん、とする雪乃。
「トップとアンダー、って、なんですか?
バストは胸囲ですよね?
胸囲なら百ちょっとですけど……」
ちゃんと答えられないことに対して、申し訳なさそうだ。
「ひゃ、ひゃ、ひゃくですって~!?」
陽子は驚きながらも雪乃の胸をまじまじと観察。
「大きいとは思ってましたけど、そこまでとは……
しかも、骨格も華奢な感じですしね……」
美佳も、陽子と共に雪乃のスタイルを観察。
「そうよね~ 体は細くて胸が大きくて~……」
雪乃の体を観察しながら、交互にため息をつく陽子と美佳。
「って、あら~?
トップとアンダー、知らないのね~……?」
陽子が気付くと同時に、美佳も気付いた。
「ねえ雪乃ちゃん。
下着は? ブラはどうしてるの?
自分のカップとか、知ってる?」
「すみません……
下着は着けてないので……
それもよくわからないです……」
何も知らないことに罪悪感を感じ、小さくなる雪乃。
――その瞬間、隣の部屋から鎮信が。
と同時に、一陣の風が吹き抜けた。
「のののののののーぶr―― コポォ ――」
次の瞬間、恵魅の水月蹴りが、鎮信の鳩尾に炸裂していた。
静信は一瞬で肺から酸素を絞り出された。
呼吸もできず苦しみ悶えながら隣室へと送り返され、何処かの暗がりへと消えていった。
――恵魅は静かに襖を閉め、美佳へ向き直った。
「お母様? お兄様の拘束……甘かったのではありませんの?」
「そうみたいね。今度は手錠でも用意しようかしら」
鎮信の母と、鎮信の妹の、会話である。
――鎮信が片付いたので、美佳は話を戻した。
「あ、雪乃ちゃん! いいのよ!? 責めてるわけじゃないの!
魁君は男の子だし、知らなくてもしょうがないもの」
慌てて雪乃をなだめる美佳。
「それにしても、そんなに胸が大きいのにブラ無しなの?
揺れたり擦れたりして痛くない?」
それはそれとして、人体の構造的な疑問が湧いたので雪乃へと問いかけた。
その疑問には、蒐が答えた。
「獣人は全身の被毛を硬質化して、自由な形に固定できるんだよ。
普通はそれを鎧として使うんだけどさ。
オーダーメイドのコルセットみたいなもんだからね。
ブラとかは必要ないのさ」
蒐の説明に、陽子は大興奮。
「そうなのね~! すごいわ~!
形が自由自在なら、太っちゃっても問題ないわね~!
――そう、太っちゃっても~……」
陽子が自らの言葉で闇へと沈んだため、美佳が引き継いだ。
「そういうことなら、自分のサイズを知らないのよね?
水着を買うときはサイズが必要だから、ちょっと測ってみましょ?」
美佳はメジャーを取り出し、隣の部屋を確認しながら、部屋の障子や襖を全て閉めた。
「じゃあ、ちょっと測ってみるわね。
トップは服の上からでいいかしら?」
――雪乃の言う通り、トップは一〇二cmだった。
「本当に百あるわね。すごっ ……まあいいわ。
この、胸の上の、先端のとこを測ったのが"トップ"なの」
「はい。胸囲ですよね?」
雪乃は、美佳の説明に頷いた。
「そう、胸囲よ。
それでね、この胸の下の胴のところ。
ここを測ったのが、"アンダー"なの」
美佳は、雪乃が湛えるエベレストの麓に触れて説明した。
「……そう、なんですね???」
雪乃は、何のために"アンダー"を測るのか、いまいちイメージできないらしい。
しきりに、美佳に触れられたお腹の辺りを、自分でも触ってみて首を傾げる。
ただ、美佳の言葉に口を挟むつもりはない。
次の言葉を待った。
「じゃあ、アンダー測りましょうか。
あ、雪乃ちゃん、恥ずかしいかもしれないけど……
アンダーは直接測った方がいいから――」
「は、はいっ」
再び、ゆっくりとワンピースをたくし上げる雪乃。
ぽってり"あんよ"に続き、太もも、下半身、お腹、と露わになってゆく。
だが、その腹部一帯は、白銀に覆われたの魅惑の海原が広がるのみ。
やはり、それ以外は何も確認できなかった。
「やっぱり何も見えないわね。
これなら、ビキニでもいいんじゃないかしら?」
美佳は、メジャーを手にしたまま呟く。
そこから更に、胸の辺りまでたくし上げられると、胸の膨らみの下端が見えてきた。
美佳は、改めてその大きさに感嘆しつつ、メジャーを巻きつけて――
「ほんとに大きいわね、雪乃ちゃ―― んんんんんん?」
どこまでもどこまでも、するするとメジャーが締まってゆく。
そして、予想よりもかなり締まったところで停止。
メジャーが指し示した数字は――
「えっ!? 六〇!?
お義母さん! ちょっと起きて!
お義母さんも確認してください!」
自分の見たものが信じられない美佳。
闇に沈んだ陽子をゆっさゆっさと揺り動かし、闇から呼び戻した。
「は~い~? どうしたの~美佳ちゃん~?」
もったりと体を起こす陽子。
「雪乃ちゃんのアンダー、お義母さんも測ってみてください。
私の計測ミスかもしれないので……」
美佳は陽子にメジャーを渡した。
「あらそう~?
そんな、アンダー測るだけでミスなんて~
――って~ ええ~? 六〇~!?」
陽子も、美佳同様、驚愕の声を上げた。
「やっぱり六〇ですよね。
……そっか。
被毛でボリューミーに見えるけど、ベースが猫だから凄く細いのね……
それにしても六〇って、確か恵魅と同じくらいよね……?」
美佳は娘の健康診断結果を思い出し、本人に確認した。
「はいですの。メグミの胸囲は、四月の身体測定で五九cmでしたの。
雪乃ちゃんの胸囲はメグミと同じくらいなんですのねえ?
ああ、それとお母さま。"ボリューミー"なんて英単語はありませんの。
いわゆるひとつの、和製英語ですの」
小学一年生の天才美少女は、言葉の知識は非常に豊富である。
だが、まだ女性用下着やバストサイズの知識は未履修だった。
雪乃の計測値を聞いても、母達が驚いている理由がわからない。
「ええっと、一〇二の六十だから四十二で、私がEで二十だから……」
指折り数える美佳。
「え、エ、Nカップ……!?」
絶句する陽子と美佳。
「まあ、そんなもんじゃないかい?
"日本の猫又獣人"じゃ見たことないレベルの乳だけどさ。
人間とは骨格が違うから、比較するだけ無駄だよ」
大騒ぎの二人に苦笑する蒐。
その時、驚愕の絶叫とともに天井裏から鎮信の声。
こちら方面の知識は、鎮信の方が上だったらしい。
今度は天井板を突き破り、奥座敷へ落下してきた。
「え えええ えぬ ろくj――」
落下中の鎮信に対し、冷静かつ的確に、"空中後ろ回し蹴り"を放つ恵魅。
――鈍い打撃音。
静信は、ワンフレーズ言い切る間すら与えられず、奥座敷に面した杉林へと消えていった。
「ああ―― 以前の聡明なお兄様は、どこへ行ってしまったんですの……?」
ぽつり呟く恵魅。
愁いを帯びた瞳で、杉林へ消えゆく鎮信を見送った。
――それは、数日後に判明した。
この時放たれた恵魅の蹴りは、鎮信の狂気までも砕いていたのである。
その結果、鎮信は常識的な範囲の猫好きに生まれ変わったのであった。
その事実を確認した際、美佳は恵魅に指示を出した。
「――恵魅? 今後は、"鎮信の頭に回し蹴り"をしちゃダメよ?
蹴るなら、ローキックとかにしなさいね?
戻っちゃったら、困るから――」
赤神家の未来が開けた瞬間であった。
――とりあえずワンピースの裾を下げて座ったものの、雪乃は少々不安になってきた。
胸のサイズを測ってから、なんだか皆が騒がしい。
「あの……私、ダメなんですか?」
座ったままワンピースの裾を掴み、膝の上で、もみもみ。
「心配しなくてもいいよ。ちょっと羨ましがってるだけさ」
蒐は女性的な体に憧れは無いため、落ち着いたものだ。
「雪乃のスタイルだと市販品の水着は無理そうだから、オーダーメイドかね」
蒐は、大騒ぎの面々を眺めつつ、水着の購入先について雪乃にアドバイス。
「なるほど……わかりましたっ! ありがとうございますっ!」
座ったまま背筋を伸ばし、びしっと敬礼する雪乃。
それを機に、再び雪乃に似合う水着という観点で話し合いが始まった。
「雪乃ちゃんは、何か気になる水着とかないの?」
美佳は、どこからか持ってきたファッション雑誌を雪乃に渡した。
「えっと……」
雑誌を床に置いて何ページか見てから雑誌を閉じ、にっこり。
「魁が着て欲しいって思う水着が着たいです!!」
陽子、美佳、恵魅が後ろに倒れ込み、廊下では鎮政が壁に頭を打ち付ける音、杉林からは枝が折れる音が響いた。
「あっはっはっは! そりゃそうだよね!」
蒐は大笑い。
――雪乃の一言で結論が出た。
早速魁を呼び出し、蒐から経緯の説明が行われた。
「――奥で何してるのかと思ったら、そんな話してたんですか?」
「皆を集めたのは、陽子さんだけどね」
「ああ。まあ、でしょうね……」
魁と蒐が話している間、他の面々はぐったりと横たわったままだった。
「そういう気持ちが大事なのよね~……」
「私は、眩しすぎて雪乃ちゃんを直視できません……」
陽子と美佳は雪乃の純真さに心を打たれて動けず。
「うぐっ……お、叔父さま好みを……猫耳と尻尾で……」
恵魅は"心のかさぶた"が剥げかけ、悶えていた。
――雪乃は笑顔で、
「海水浴楽しみ! 早く水着注文しないと夏が終わっちゃうね!」
などと息巻いていたが――
魁が、根本的な問題を口にした。
「あの……仮に海水浴に行くとして……どこに行けば……?」
そう。雪乃は獣人なのだ。
当然一般人に見られてはいけないし、【特殊調査員】相手でも信用できる相手以外には明かさない方がいいと、試験でアドバイスを受けている。
魁の言葉に、女性陣はハッとして跳ね起きた。
ようやくの復活である。
だが、蒐は何も問題ないといった様子で魁の問いに答えた。
「小笠原の方に、協会が管理してる島があってね。
そこなら一般人は来ないし、利用者ごとに区画も分かれてる。
他の利用者から見られる心配も無いよ」
そんな話を聞いては、陽子と美佳は黙っていられない。
「え~!? ひどい~! 鎮政さん、そんなの教えてくれなかったわよ~!?」
「鎮也さんからも聞いてませんよ! 関係者専用の南の島んて!」
不満の声を声を上げる二人に、蒐は冷静に答える。
「南の島ったって、本来は一般の目を気にせず大規模な訓練したりするための場所だからね。合宿所みたいな宿泊施設はあるけど、食事は出ないから食料持ち込んで自炊だよ? 店も、あるにはあるけど、訓練用の保存食と医療用品くらいしか売ってないしね。
アニキや鎮也が何も言わなかった意味、わかるだろ?」
島のイメージが、キラキラしたプライベートビーチから一転、無機質な訓練場を擁する絶海の孤島へと変化した。
陽子と美佳は、それを十分理解したようだった。
「ま、しっかり準備していけば、キャンプみたいな感じで楽しめると思うよ。
もし行きたいなら手配しとくけど。どうする?」
魁が雪乃の顔を見ると、大きく "行きたい!" と書いてあった。
ならば、と魁が口を開こうとした瞬間だった。
「私も行きた~~~い!」
陽子が吼えた。
「お義母さん……リゾート地じゃないから、何もないんですよ?」
陽子が起こした突然の奇行に、慌てて声を掛ける美佳。
「だって~ 海の見える林でキャンプとか、楽しそうじゃないの~!」
キャンプという言葉に、興味のスイッチが入ったらしい。
「確かにキャンプは楽しそうですけど……」
よく考えると、悪くないかもしれない。
美佳もそう感じ始めた。
「なんだい? 陽子さんと美佳ちゃんも行きたいのかい?
じゃあ、いっそのこと、身内全員で行こうか。
一区画は、何人で使っても使用料は同じだしね」
蒐は一度頷くと、軽いノリで計画の変更を決めた。
「じゃあ期間は一週間だ。
島の使用予約と交通手段の手配はアタシがしとくよ。
キャンプとなると色々役に立つし、轟も呼ぼうかね――」
蒐が準備や手配について説明し、費用を聞いて青くなる、陽子と美佳。
それを、全部自分が払うよ、と笑い飛ばす蒐。
いつの間にか鎮政も輪に加わっており、鎮也は美佳が呼んできた。
鎮政と鎮也は、アウトドア用品の準備について話し合い、轟を交えて相談した方がよさそうだ、という結論に至った。
雪乃と恵魅は、南の島に行けるということでハイテンション談義中。
「南の島だって! すごいね! 恵美ちゃん、いっぱい遊ぼうね!」
「雪乃ちゃんに、メグミの華麗な泳ぎを見せて差し上げますの!」
――魁は、皆の話を黙って聞いていた。
父母に叔母、兄と兄嫁、そして轟。
自分が口を出さずとも、完璧に予定は組まれるだろう。
雪乃が、とても嬉しそうに笑っている。
それを目にした魁にも、自然と笑みが零れた。
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