【⑫-2/3】【44】ひみつのはなぞの
「は~い! 美佳ちゃんも戻ってきたし、会議を続けるわね~?」
仕切り直したところで、今度は魁の父である鎮政が、偶然通りがかったような素振りで現れた。
「陽子、こんなところで何を話しているのだ?
む? それは水着の写真だな?
そうか。雪乃ちゃ――雪乃に似合う水着を皆で相談しようというのだな?
それであれば、適度な布面積は清純な淑女の嗜みであるからして、雪乃の水着はワンピースがよいだろうな。
色は清楚さを損なわぬよう淡い桜色を基調とした――」
鎮政は熱のこもった持論を滔々《とうとう》と語った。
そして、"廊下の突き当りにある奥座敷"から去っていった。
――おわかりいただけただろうか
"廊下の突き当りにある奥座敷" の先には
廊下も無ければ部屋もない
つまり "偶然通りがかる" はずがないのである
やはり鎮政は、色々な意味で、雪乃がかわいくて仕方がないらしい。
「も~鎮政さんたら~ 今更、あんなお芝居しなくてもいいのに~」
陽子がそう言って笑うと、奥座敷に小さな笑いの波紋が広がった。
――幾人か乱入者があってドタバタしたが、議題が本筋に戻った。
まだコメントしていない美佳に視線が集まる。
そこで美佳は、おずおずと口を開く。
「あのー……素人の疑問なんですが……
猫って……"副乳"っていうんですか?
"おっぱいがいっぱい"ありますよね?
ビキニとか着たら、下の方のお乳が幾つか丸出しになっちゃうと思うんですけど……
それって、見えてていいものなんでしょうか……?」
美佳の言葉に、陽子と恵魅も、はっと息を呑んだ。
蒐を除く三人の視線が、雪乃に集まる。
「あー、えっと、見ますか? 私の、ココ……」
雪乃は、すっと立ち上がって廊下に背を向け、ゆっくりとワンピースの裾を持ち上げていく。
――初めは何も感じない様子だったが、雪乃の様子が徐々に変化し始める。
「いつもなら、魁以外に見られても、何ともないんですけど……
自分でスカートをたくし上げて見せるのは……
恥ずかしい、ですね……!」
目を閉じ、耳を寝かせて羞恥に耐える雪乃。
二本の尻尾が細かく震えている。
――と、廊下から、少年の絶叫。
「ひみつのはなぞのおおおおおおおおお!」
また鎮信が湧いた。
鎮信はあられもない姿の雪乃を撮影しようと、カメラを手に――
「恵魅! 廊下にお願い!」
美佳の鋭い声が飛ぶ。
恵魅から贈られる、変わり果てた兄への鎮魂歌。
「さようなら、お兄様――」
愁いを帯びた 鋭い上段回し蹴り
――恵魅は【特殊調査員】の訓練を始めて早々体術の才能を見出され、蒐による特訓を受けていた。
その成長スピードは凄まじく、瞬く間に数々の技を習得していった。
"上段回し蹴り"も、そうして習得した技の一つである。
恵魅の"上段回し蹴り"は美しい弧を描き、鎮信の側頭部にクリーンヒット。
回転運動によってふわりと広がり、僅かに乱れた絹の如き光沢を湛えた長く美しい黒髪。
複雑な感情を込めた眼差しで鎮信を一瞥してから払い上げた。
後年、数多の男達が恵魅へと群がり、この上段回し蹴りで散ってゆくのだが――
それはまた別の話。
――ドガッ!
鎮信は部屋の中から蹴り飛ばされ、廊下の柱に叩き付けられた。
――ブッシャアアアアア!!!
鎮信から盛大に血飛沫が迸る。
廊下に出現する血溜まり。
なお、これは回し蹴りの衝撃による出血ではない。
興奮による"鼻血"由来の産物である。
「ありがとね、恵魅。
春先に畳を入れ替えたばかりだから、血はちょっとね……」
美佳が恵魅へ笑顔を向けた。
ズシャ――
意識を刈り取られ、鎮信は自らの鼻血溜まりの中へ崩れ落ちた。
「ほんと、未来の赤神家当主がこれじゃあ、先行きが不安ね……」
美佳は、ため息交じりに鎮信を引きずっていく。
廊下には、長い尾を引いた鼻血由来の血痕が残された。
◆◆◆
――鎮信をどこかに幽閉し、廊下にモップを掛けながら戻ってきた美佳。
手にしたバケツの水は、欲望に濁った血の色に染まっていた。
廊下にバケツとモップを置き、改めて席に着く美佳。
「話はどこまで進んだんでしたっけ?
……ああ、雪乃ちゃんにゴニョゴニョを見せてもらったところでしたっけ。
全部被毛に隠れてて、私には、一見してどこに何があるか全然わからなかったですよ?」
美佳は、雪乃のゴニョゴニョ辺りについて感想を述べた。
「そうね~? もふもふで、きれいな毛並みだったわね~?
雪乃ちゃん自身は、どう思ってるの~?」
陽子が雪乃に話を振る。
ドタバタの後、きちんと座って待機していた雪乃。
「さっきもちょっと言いましたけど、基本的には誰に何を見られても特に何とも無いんですが……日常生活で魁に見られるのは、なんだか気恥ずかしくて……う~~~」
両手で顔を覆った。
「うふふ~ 初々しくてかわいいわ~」
ニコニコ顔の陽子。
その陽子の言葉で、とてつもない恥ずかしさが押し寄せてきた。
目を閉じ、耳を押さえ、俯いて震える雪乃。
そこで、蒐が口を開く。
「皆は、雪乃をかなり"人間女性"寄りで見てるけどさ。
アタシは"猫が変化した獣人"として見てるから、男女関係なく"獣人"って認識なんだよね。だから、こういうデリケートな話でも、動物の話とか医学の話とか、そんな感覚なんだ。
もちろん魁の妻って認識だし、親族としては認めてるよ? でもさ。一般的な【特殊調査員】は、基本的にアタシと同じ認識だと思うんだよね」
座ったまま首を傾けて思案する蒐。
「それを踏まえた上で、水着の話に戻るけど――
雪乃は獣人なんだから、世間一般には存在を明かすことすらできないワケだ。
てことは、雪乃の水着姿を目にする可能性があるのは、アタシ達みたいな"獣人が服を着てないのが普通"って認識の人種。つまり【特殊調査員】の関係者だろ? アタシもそうだけど、そういう人種は、そもそも獣人の"副乳"について考えたことさえ無いんだよね」
今度は逆向きに頭を傾けてから、蒐は一つ頷いた。
「うん。だからまあ、裸でもいいんじゃないかって――」
「異議あり!!!」
蒐の言葉を遮るは、再び響きし鎮信の声。
「ムーミンは! ムーミンはね!?
いつもは裸だけど、泳ぐ時は水着を――」
そこまで口にしてから、鎮信は、がっくりと廊下に倒れ伏した。
失血による気絶であった。
ここまで這いずってくる間にも、鼻血を流し続けていたらしい。
廊下には、どこから続いているのか、鮮血(鼻血)の一筆書きが残されていた。
「まったく、この子は……」
美佳は再び鎮信を引っ張って部屋から出ていき、
「メグミもお手伝いしますの」
続いて恵美も席を立って、廊下のモップ掛けを始めた。
――十分程経過して、作業を終えた二人が戻ってきた。
「お待たせしました。続きをどうぞ?」
美佳は腰を下ろしながら蒐へと話の先を促し、恵美は無言で美佳の隣へ座った。
「じゃあ、話を続けようか。
確かに、ムーミンでさえ水着を着るんだし、雪乃も水着を着るべきかもね。
なら、どのくらい体を隠す水着かより、どの水着が似合うかで考えた方がいいかもしれないね?」
鎮信の意見だからといって、それが参考になる意見であれば無碍にはしない。
蒐が引き取った鎮信の"ムーミン理論"に、皆も"確かに"といった反応。
そこでまた、陽子がびしっと挙手。
「は~い! はつげん!
蒐ちゃんの話は大変参考になりました~!
なので、雪乃ちゃんが魁と水着を選ぶ時の参考になるような話し合いに切り替えようと思いま~す!
それでは蒐ちゃん! 轟君は身内みたいなものだけど、一応部外者の意見として聞いておきましょ~?」
「轟ぃ? 轟は "素っ裸でいんじゃないすか" って言うと思うよ?」
一応意見は述べたが、陽子を説得するのは骨が折れる。
そして、陽子が納得しないと話が進まない。
蒐は、陽子に指示された通り轟に電話を掛けた。
『お疲れ様す、アネさん。依頼すか』
「お疲れ。いや、ちょっと聞きたいことがあってね。
――アンタ、雪乃にはどんな水着が似合うと思う?」
『……はあ? 何言ってんすか?』
「いや、陽子さんがね」
『ああ、陽子さんすか』
「……で、どうだい? 客観的な感じで頼むよ」
『そんなん、素っ裸でいんじゃないすか?』
「……やっぱりそうだよね。アンタはそう言うと思ってたよ」
『獣人にゃ、人間の服なんか邪魔んなるだけすよ』
「まあそうだよね」
『ただ、雪乃に限って言えば、魁と好きなの選んで着りゃいいんじゃないすか』
「うん。わかった。ありがと」
――蒐は通話を終了した。
「やっぱり、"素っ裸でいんじゃないすか"って言われたよ。
あとは、魁と雪乃で好きなの選べばいいだろってさ」
蒐は携帯をポケットにしまいながら、聞き取りの結果を報告した。
「えぇ~…… とどろきくぅ~ん…… 何の参考にもならないわ~……」
轟の意見が参考にならず、不満気な陽子。
「【特殊調査員】的には、それが普通さ。
ただ、雪乃がいつも服着てるの見てるからね。
魁と雪乃で決めることに口出しはしないってスタンスだと思うよ」
「そうなの~?
鎮政さんとか鎮信は、あんなに積極的なのに~?」
という陽子の疑問に、
「でも居間に鎮也さんが居ましたけど、特に興味ない感じでしたよ?
やっぱり、そっちの方が普通なんじゃないですか?」
と、美佳が答えた。
「あ~ そうなのかもしれないわね~?
うちは動物好きが多いから~
ちょっと惑わされちゃってたわ~」
陽子は、ようやく納得したようだ。




