【⑫-1/3】【43】奥座敷の密談
七月上旬。
魁の実家である赤神神社。
母屋の奥座敷にて。
奥座敷は、廊下から見て左側に床の間がある。
その床の間を背に、魁の母である陽子が作務衣姿で正座していた。
「皆様。本日は、お忙しいところお集まりいただき、誠にありがとうございます」
いつものふわふわした様子は影を潜め、キリリとした口調で皆に挨拶した。
そして、その奥座敷には、赤神家の女性陣が集まっている。
白いTシャツに黒ジーンズ姿。
胡坐をかく、魁の叔母、蒐。
黄色いTシャツに白のロングスカート。
膝を崩して横座りしている、魁の兄嫁、美佳。
美佳の隣には、ピンクのノースリーブに緑のキュロット姿。
いかにも女児な"アヒル座り"で、美佳の娘、恵魅。
そして、廊下を背にした獣人姿の雪乃。
白と青のチェック柄ワンピ。
もちろん赤い首輪も着けている。
人間とは足の形が違うので、正座に似た特殊な座り方だ。
赤神家の女性陣は、いつも陽子の突飛な行動に振り回されている面々である。
皆、またいつものやつですね、といった様子。
一方の雪乃は、陽子の突飛な思いつきに慣れていない。
やや緊張感のある面持ちである。
「では早速、緊急会議を始めさせていただきます――」
陽子がキリリとしていたのは、ここまでだった。
「――議題は……
雪乃ちゃんに似合う水着考えよう会議~!
どんどんぱふぱふ~!」
いつもの調子に戻った陽子。
宣言と共に手を叩きセルフで盛り上がってから、一応説明を挟む。
「もう夏でしょ~?
夏と言えば水着よね~?
それでね~?
そういえば、雪乃ちゃんはどんな水着なの~?
って聞いてみたのよ~!
そしたらね~?
雪乃ちゃんたら水着持ってないんですって~!
スタイル抜群なのに、水着が無いなんてもったいないじゃない~?
というわけで~!
みんなに集まってもらっちゃいました~!」
そして、他の参加者が口を挟む隙も無く、どんどん話を進める。
「はい! それでは早速会議を始めましょ~!
水着のタイプ分類概要はこんな感じよ~?」
どこからか、水着の写真が貼られたホワイトボードを引っ張って来て、説明を始めた。
「まず、全身を覆うウェットスーツタイプでしょ~?
ダイビングとかに使う奴よね~
次に、手足が少し露出してるラッシュガードタイプでしょ~?
最近多いわね~
それから、上下一体になってるワンピースタイプでしょ~?
私の世代はこれが一般的よ~
最後に、上下別れてて一番露出度の高いビキニタイプ~!
キャー! セクシーダイナマイツ!
形が変わったりオプションが付いたりすると名前が変わっちゃうけど~
ベースはこんな感じよね~?
それじゃあみんな、意見をどうぞ~?」
説明と同時に、いきなり意見を求める陽子。
考える時間すら与えない。
だが、赤神家の人間にとって、この程度の無茶振りは日常茶飯事である。
初めに口を開いたのは、弱冠七歳の天才美少女、恵魅だった。
「メグミの小学校指定水着は、これのタイプですの」
ボード上のラッシュガードタイプを指す恵魅。
「古のスクール水着は盗撮魔召喚器とか呼ばれていて、最近の学校指定水着は露出度を抑えているそうですの。
雪乃ちゃんが着るのに問題は無いタイプだと思いますけれど、デザイン的に相応しい水着であるかについては検討が必要ですわね」
最近の"スク水"はこういうものらしい。
雪乃が着る水着、という点についても、コメントを添えている。
七歳とは思えない行き届いたコメントである。
次に、最近の世情などを交えて、美佳が意見を述べた。
「この辺の学校じゃ、まだ水泳の授業はあるんですけどね。
肌を見られたくないって子が増えてきたらしくて、水泳の授業を廃止する学校も増えてるらしいですよ?
若いんだから、見せつけてやればいいのにねえ?
二人も子供産んじゃったんで、ビキニなんか着たくても着られないんですから」
最後は蒐だ。
「アタシは仕事でウェットスーツ着るけど、海水浴には向かないね。
マリンスポーツにはいいけどさ。
普通の水着も持ってるけど、室内プールで着る、飾りっ気のないトレーニング用なんだよね。
多分アタシの意見は、あまり参考にならないね」
素っ気ない意見であった。
――陽子は、各人のコメントを聞いた後、その場の女性陣を見回した。
恵魅はまだ子供なので当然ほっそりしている。
美佳はビキニが着れないなどと言っていたが、世間的にはまだまだ細め。
蒐に至っては、全身が戦闘用の筋肉で覆われたバキバキボディである。
そして雪乃。
猫獣人のため、頭の天辺から足の先まで、全身くまなく被毛に覆われている。
その被毛の下には、蒐よりも細くしなやかなボディが隠されており、胸部には、たわわな"Watermelon"が実っている。
自分の体と比較して、皆スタイルがいい。
スタイル比べをしているワケでもないのに、陽子は自然と悔しさが溢れてきた。
「キーーー! どうせ私はトドみたいな体ですよ~だ!」
バンバンと畳を叩いて悔しがる陽子。
もう六〇歳近いのだが、心はまだまだ若々しい。
「まあまあ。陽子さんは、"かわいいアザラシちゃん"なんだからさ。話進めようよ」
蒐は、話を進めるため洋子を丸め込みにかかった。
「え~? そう~? 私キュ~ト~? マスコット的~? 愛されボディ~? うふふ~」
うまく丸め込まれた陽子は落ち着きを取り戻し、仕切り直し。
「じゃあ改めて、各自雪乃ちゃんに似合いそうな水着を提案してね~?」
と、皆に声をかけたものの、早速陽子自らが挙手して発言する。
「はーい! ていあ~ん!
雪乃ちゃんは色白の美人だから、私も露出は多くない方がいいと思うわ~?
清楚な乙女は、やっぱりワンピースよね~?
パレオとか巻いても、かわいいんじゃないかしら~?」
続いて、蒐がコメント。
「……アタシは、そういうのよくわかんないんだけどさ。
裸ってのもなんだし、実用性重視でラッシュガード系がいいんじゃないかい?」
雪乃の水着にはあまりピンと来ないらしい。
次に意見を述べたのは恵魅だった。
「メグミは、雪乃ちゃんのふわふわ被毛が泳ぐとき抵抗になると思いますのよ。
それに雪乃ちゃんは叔父さまの奥様という特別な存在ですの。
みだりに露出したりするものではありませんの。
全身をキュッとさせて被毛をまとめると共に雪乃ちゃんのボディラインを強調する、全身水着がいいと思いますわ」
やや偏った思想が混入しているが、方向性としては蒐と同じだろう。
――それに続いたのは、少年の声。
「水着は布面積が小さければ小さい程いいと思うんだよね!
だからやっぱり――」
――いつのまにやら、鎮信が湧いた。
即座に動いたのは、母である美佳だった。
すぐに鎮信をロープで縛り上げる。
「はいはい。鎮信は鎮也さんと禅問答でもして、煩悩を滅却してきてねー」
美佳は、鎮信を引きずりながら部屋から出て行った。
「敢えて露出することで生まれる、見せつける美しさっていうのも――」
鎮信は、引きずられながらも持論展開を止める気配がなかった。
――廊下から聞こえる鎮信の声が遠ざかる。
あの、落ち着いて聡明な少年だった鎮信は、結婚式で雪乃の獣人姿を見て以来、性癖が崩壊し始めた。
始めは憧れる程度のようだったが、徐々に行動はエスカレートし、今では目に余る程になってしまった。
鎮信は将来赤神家の当主となるべき存在であるため、魁とは立場が違う。
赤神一族の将来に暗雲が立ち込めていることに、親族一同は頭を悩ませていた。
――程なくして、手ぶらの美佳が戻ってきた。
鎮信は、どこかに捨ててきたようだ。
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