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【⑩-3/3】【38】お料理するよ!


 帰宅後、よく手を洗ってからキッチンのある三階へ。


 キッチンに立った雪乃ゆきのの体を包むのは、エプロンだけ。

 つまり裸エプロンだ。


 言葉にすると夢が膨らむのだが、獣人姿の雪乃が普通にエプロンをしているだけである。


かいはまだお仕事中だからこっちに来ないし。

 それに、慣れない料理で服汚れたら嫌だしね」


 両手にゴム手袋を装着したら、準備完了。


「よーしっ! お料理開始!」


 まずは "きほん① れしぴをみる" だ。


 ダイニングテーブルにあるノートPCを開くと、スリープが解除されてカレーのレシピが表示された。


「えっと、まず肉を炒めます。

 それから、肉とは別の大きい鍋で、くし切りにしたタマネギを炒めます。

 ……くし切り?

 タマネギに火が通ったら、鍋に乱切りのニンジンとジャガイモを入れます。

 ……乱切り?

 大きい鍋に炒めた肉と水を入れて煮込みます。

 野菜に火が通ったら、カレールウを溶かし入れ、完成です。

 ……えっ、おわり?」


 画面を見たまま考え込む。


「くし切り、乱切り……調べなきゃ……」


 雪乃は料理の基礎知識がなく、知らない単語が多い。

 これは調べる必要がありそうだった。


 ゴム手袋を外して、目的の単語をPCに打ち込む。

 最近は手を使うのにも慣れてきたので、PC操作もお手の物だ。


「えっと、 くしぎり っと……

 くしのような形に切る切り方……くし?

 ああ、お義母様が見せてくれた"櫛"か!

 次は、らんぎり……

 ……ああ、こういう感じなんだ……

 わざと不揃いにするの? なんでだろ?

 まあ、何か理由があるんだろうね」


 作業の流れと野菜の切り方も把握した。

 再びゴム手袋を装着し、調理再開。



 ――まずは肉を炒める。

 検索が必要な単語は使われていないので、特に問題なし。


「魁だいすき~ 魁だいすき~ 魁だいすき~」


 "きほん④ かい、だいすき、っていいながらつくる"

 に従い、呪文を唱えながら肉を炒めた。



 ――次はタマネギ。

 料理の経験は少ないが、切り裂くのは得意分野である。

 切り方さえわかれば大丈夫。


 外の茶色い皮を剥き、半分に切ってから幅広めの"くし切り"に。

 トントントン、と包丁を入れ始めたところで――



「……あびゃあああああ! め、めがああああああ!」



 タマネギによる無差別攻撃に曝され、ぼろぼろと涙を流す。

 危険を感じ、ゴム手袋を脱ぎ捨ててダイニングへ一旦退避。


「……うう……まだ涙が……」

 痛みに耐えつつしばらく涙を拭っていると、ようやく症状が落ち着いてきた。


「タマネギは猫に悪いらしいけど、食べたら即死するか、悶え苦しんで死ぬかのどっちかだね! 絶対!」


 タマネギに恐怖を感じた。

 その毒性を調べるべく、PCで検索を行う。


「たまねぎ ねこ そくし

 ……出ないね。

 即死はしないのかな?

 たまねぎ ねこ しぬ

 ……出た!

 けど、あれ?

 最悪死亡することもあるから注意、ってくらいかあ。

 たまねぎ めがいたい

 ……硫化アリル!

 あ、目が痛いのは、猫だけじゃないんだ。

 加熱で甘味になる。

 目にしみないようにする方法は――」


 タマネギについての検索結果ページを閉じ、雪乃は再びキッチンへと舞い戻った。

 

 脱ぎ捨てたゴム手袋を拾い上げて再び装着。

 手を洗う要領でゴム手袋を洗った。


 そして、高らかに宣言する。


「タマネギは、そんなに危険じゃない!

 でも、今からじゃ、涙が出るのは我慢するしかない!」


 換気扇の強さを最強にし、包丁を手にする。

 タマネギの討伐に重要なのは下準備だったらしいが、後の祭りだ。


 意を決してタマネギを切り始めた。

「にゃーにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」

 早く終わらせようと、素早く包丁を走らせる。


 初めのうちは問題なかったが、

「あびゃあああああああ かいだいすきかいだいすきかいだいすきいいい」

 揮発した成分が雪乃を襲い始めると、また涙が止まらなくなった。


 最早、魁への愛だけが包丁を動かし続ける原動力である。


 涙で顔の毛がぐしゃぐしゃになった頃、ようやくタマネギを切り終えることができた。


 鍋にタマネギを入れてから、まな板、包丁、ゴム手袋などを、入念に洗う。


「やっと終わったよ……次にタマネギ切るときは、事前対策必須だね……」


 タマネギを切るだけで大騒ぎ。

 なんだか力が抜けてしまったが、調理はまだ半分も進んでいない。


「料理って大変なんだねー……

 魁は、ぱぱぱーって作ってるから、もっと簡単だと思ってた……」


 力なく呟きながら、鍋のタマネギにサラダ油を大さじ二杯。

 そして、点火。

 タマネギを炒めるターンである。


「タマネギは、透明になるまで炒めまーす。

 ……かいだいすき、かいだいすき……」


 呪文を唱えながら炒めていると、ある程度透明になった。

 ニンジンとジャガイモを切るので、焦げないよう一旦火を止める。


「はい、次はニンジン!」

 ニンジンとピーラーを手に取る。


「かい、だいすき~」

 するり、ピーラーを滑らせる。


「かい、だいすき~」

 また、するり、ピーラーを滑らせる。


「かい、だいすき~」

 呪文を唱えながら繰り返し、ニンジンの皮を剥いていく。


「だい、だい――」

 皮を剥き終わったので、だい、だい、と、根本と先端を切り落とす。


「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ」

 そして乱切りの説明に書かれていた通り、転がしながら、だ、だ、だ、だ、と、リズミカルにニンジンを切っていく。


「だいすき~」

 すぐにニンジンを切り終え、鍋に投入。



 ――ニンジンは平和主義者だった。



 次はジャガイモだ。

 キッチン端のストックからジャガイモを3つ程持ってきて、表面を洗う。

 ジャガイモの芽は毒があるそうだが、芽は出ていなかった。

 皮を剥いてから適度な大きさにカットし、鍋へ投入。



 ――ジャガイモも、優しかった。



「あとは……煮るだけ!

 炒めたお肉を再投入! ヨシ!

 水、四カップ投入! ヨシ!

 ご安全に! 点火!」


 声を出して確認しながら、てきぱきと作業を進める。


「そして、野菜が柔らかくなるまで四十分位煮る!

 中火で時々かき回せばいいのかな? ふむふむ」


 レシピの通りに作業が進んでいくが、レシピの中に不穏な記述を見つけた。


 "隠し味でアレンジを加えると、自分だけのオリジナルカレーになります。

 チャレンジしてみましょう!"

 "隠し味の例:ソース ケチャップ コーヒー チョコレート マヨネーズ はちみつ ジャム バター ワイン ヨーグルト――"


「えぇ……隠し味って、どれ入れればいいの?

 まさか全部入れるわけじゃないよね?」


 材料のところには何も書いていなかったし、どれがいいかも書かれていない。

 雪乃には、何を入れればいいのか、さっぱりわからなかった。


「かくしあじ かれえ

 ……んー んー?

 あー…… えー?

 おぉ……」


 検索結果を何ページか見た後、やや乱暴にノートパソコンを閉じた。


「みんな言ってることが違う!

 どれを入れればいいのか、全然わかんない!!!

 ミギャー!!!」


 調べても、隠し味の正解はわからなかった。

 とりあえず、呪文を唱えながら鍋をかき混ぜて、考えることにする。


「どういう味なら魁がおいしいって感じるんだろ?

 魁大好き~

 隠し味、無しじゃだめなのかな?

 魁大好き~」


 雪乃は、カレーはおろか一人でちゃんとした料理を作るのさえ初めてで、しかもカレーを食べたことすらない。

 隠し味が必要なのか、そうでないのか、入れるなら何を入れるのか。

 そんな判断ができるはずないのである。


 鍋が泡立つ様子を眺めながら考えていたが、考えがまとまったのか、大きく一度頷く。


 そして、何度目かのお料理宣言。


「決めた! 隠し味は、入れません!

 そもそもカレー食べたこと無いんだもん!

 今回はカレーの味を覚えることが重要!

 その上、そこから更に味を調整するのなんか無理!

 隠し味なんか考えても無駄!

 魁に食べてもらって、魁の好みを聞く!

 それに合わせて次作ったとき調整します!」


 少し意味合いが違うが、"きほん② あじみする"、である。

 加えて、"きほん③ かいのかんそうをきく"、に頼ることにした。


「危ない危ない!

 レシピに騙されるところだったよ!

 ”アレンジ”って、初心者が一番やっちゃいけないやつだもんね!」



 ――そうと決まれば、あと一歩である。


「ジャガイモに串が通ればいい、っと……

 煮る前より柔らかい感じになったね。

 ぐぐっ、じゃなく、ずっ、だから、多分いいんじゃないかな」


 独特の感覚で火の通り具合を判断。

 実際、火は通ってそうな感じであった。


「はい、次はルウを割って、入れて、くるくるくるるん~ 魁大好き~」

 ルウを入れて溶かしながら呪文を唱える。


「うわ~ カレールウって色んな草とか肉とか野菜とかが混ざってるんだね~」

 ただの動物よりも遥かに鋭敏な嗅覚で、カレーの芳香を解析する。


「あー……でも、人間が感じてるのは、これじゃないんだろうなあ……

 料理作るなら、人間の感覚に合わせなきゃだめそう」


 普段から術で感覚を調節しているが、料理の場合はもっと人間に寄せる必要がありそうだった。



 そのまま鍋を弱火にかけていると、とろみがついてきた。


「レシピによると、これで完成っぽい?

 ……うん! 完成! 多分完成です!」


 やはり判断に迷うが、レシピ通りなら完成なのだろうと解釈した。


 完成したなら味見である。

 小皿に少量のカレーを垂らし、ぺろりと舐めてみた。


「ひょほぉ~~~~~~~~~!」


 びっくりしたような表情で声を上げる雪乃。


「カレーってこういう感じなんだ!?

 辛みは感じるけど食べられる……あと、結構しょっぱい!

 あと、いろんな香りが一体となってこう、ぶわぁ~っと!

 なんかもう、凄い!」


 これまで、薄味で淡白な、刺激の少ない、香りもそれ程強くないものを食べていた雪乃。

 全てが真逆のカレーは色々衝撃だった。


「複雑すぎて、いいのか悪いのか、よくわかんないや……

 色々慣れる必要があるってことだね……」


 料理の過程で、そもそも人間とは味覚や嗅覚が違うことを再認識した雪乃。

 色々と思うところもあるようだが、ひとまず完成して味見も済ませた。

 雪乃は、カレーの鍋にフタをした。



 ――さて、次はサラダだ。


「これは、ばらして、洗って、ちぎって、ボウルに入れるだけだからね。

 らくしょーです!」

 キュウリを切る必要があるが、包丁は得意なので問題にならない。


「はい、かんせー! って、レタス一玉は多かったかな……」

 山盛りのサラダが完成してしまっていた。


「まあ、余ったら明日食べればいっかな。

 この野菜は、私も普通に食べるしね」


 夕食までまだ時間があるので、サラダのボウルにはラップをかけて冷蔵庫へ。


「これで予定してた料理は終わったけど…… うーん……」


 冷蔵庫の扉を閉じてから、手を洗う要領でゴム手袋を洗いつつ、雪乃は、悩まし気な表情を浮かべた。


「魁と私の、感覚の差を調整してからじゃないと……

 色々と、味の正解がわかんないね……」


 洗い終わったゴム手袋を所定の位置に掛けた。


 エプロンを外して椅子に掛け、自らもその椅子に座る。


「今回のお料理チャレンジは、課題が見つかって有意義ではあったね。

 でも、成功でも失敗でもなさそう。

 まあ、これも未来への投資ってことで!

 これからもがんばろ~!

 あ。味見したカレーは消しとこっかな。

 夕食と一緒に消すんじゃ、今食べた分は吸収され始めちゃうかもだし」


 あと二時間もすれば、魁の仕事は終わる。

 まずはカレーの味見をしてもらおう。

 その後の調整は魁に頼んだ方がよさそうだ。


 雪乃は目を閉じ、"妖力抽出"の術に集中し始めた。


◆◆◆


 ――六時を過ぎた。

 事務所を閉めたらしく、魁が二階から三階に上がってきた。

 


「お疲れ様!」

 ピンク色のワンピースにエプロン姿の雪乃が、魁を出迎えた。


「……んー」

 目を閉じて上げを上げる雪乃。


「ん。ただいま」

 ちゅ。


 雪乃の尻尾が、ピンと伸びてから、くたりと落ちた。

「えへへ~」

 目を開け、にこにこと魁を見上げる。


「カレー、できたみたいだな? どんな感じだ?」

 三階はLDKなので、リビングにもカレーの香りが漂っていた。


「あー、うん! レシピ通り作って、味見もしたよ!

 で、味見して気付いたんだけどさ!

 私、カレー食べたことないから、善し悪しが全然わかんないや!

 あはは!」


 開き直った雪乃は、元気に言い放った。


「……ん? 食べたこと……無いか。そうだよな」

 魁は、頭を掻いた。


 魁が、雪乃の体に悪いものを食べさせるはずがないのだ。


「カレー作るって聞いた時点で、別の料理を提案すべきだったな……すまん」

 雪乃に頭を下げる魁。雪乃はあまり気にしていないので、笑っている。


「あ、別にいいよ~

 カレー作るって言い出したのは私だし?

 経験が足りないと、作る料理を選ぶのもうまくいかないんだなーって。

 勉強になったよ!」


 失敗をポジティブに捉える雪乃。


 一度頷いてから、ダイニングを振り返る雪乃。

 夕食の準備が途中まで進んでいたが、カレーは魁の味見がまだなのを思い出した。


「そうだ! 上行って着替える前に、カレー味見してみて?」


「ああ、わかった」

 キッチンで雪乃から小皿を受け取り、味見する魁。


 あまり悩むこともなく評価を口にした。


「レシピ通りだから特徴は無いが、レシピ通りだからこそ、普通に美味い。

 ……雪乃が初めて作ったカレーだし、手は加えないでそのまま食べたいな」


「普通に美味しいの? 失敗じゃなくてよかった!

 カレーそのままでいいなら、すぐ食べられるね。

 では、はやく着替えてきてください? あ な た?」


「ははは…… 承知だ、我が妻よ。すぐに戻るぞ」


 魁はちょっと照れた。

 雪乃へと芝居がかった言葉を返し、着替えのため四階へ。


 魁が着替えている間に、準備を進める雪乃。


 サラダを入れたボウルとドレッシングを、ダイニングのテーブルへ。


 ご飯は炊けていた。

 皿に、ご飯を盛る。


 カレーは温まっている。

 皿のご飯にカレーをかけ、これもテーブルへ。


 スプーンとフォーク。

 グラスの麦茶。


 メニューはカレーとサラダのみ。


 あっという間に準備は終わった。


 部屋着に着替えた魁も、すぐに下りてきた。


「準備できてるよー 食べよ?」

 エプロンを外し、準備したダイニングの席に着く雪乃。


「ああ。夕食作ってくれて、ありがとうな」

 魁も席に着く。


「私は魁の奥さんだからね!

 料理も覚えていかないと!

 じゃ、いただきます!」


「ああ、助かるよ。

 いただきます」



 いつもと同じように、二人は食事を始めた。



「ひょほ~~~!」


「どうした? いきなり声上げて」


「カレーは刺激が強くて!

 嗅覚は人間並みに絞ってるんだけど、その他も色々ね!」


「今まで、あまり刺激が強いものは作らなかったからな。

 大丈夫か? 無理はするなよ?」


「うん! 大丈夫!

 慣れたら美味しく感じそうだな、って気配はするよ!」


「そうか、それならいいが……」


 そう言ってから、カレーを口にしながら考え込む魁。

 考えがまとまったのか、雪乃へ提案を投げかけた。


「なあ、雪乃。カレーを食べたら、後で妖力だけ吸い出すんだよな?」


「うん、そうだよ~ あむっ ひょほ~~~!」

 再び声を上げる雪乃。


「そうすると、雪乃がこういう料理を作る度に、術を使うワケか。

 うーん……気を悪くするかもしれないが、俺の意見を言わせてもらうぞ?

 さっきから考えてたんだが、雪乃が自分で食べられる料理を練習した方がいいんじゃないかと思う。

 少し手間は増えるが、その料理を人間用に調整して俺の分も作ればいい。

 俺がそういう料理作ってたの覚えてるだろ?

 もちろん作り方は俺が教える。

 ネットとか調べても、そういう料理のレシピは無いからな。

 料理の練習する度に、食事の後で術を使わなきゃいけないってのは……なんだか寂しい。

 カレーみたいな人間専用の料理は、雪乃が完全に妖怪になってからか、もうレパートリーに限界が来てからでいいんじゃないか?」


 雪乃の様子を確認しながら意見を述べる魁。

 まだ色々と考えているような表情である。


 話を聞きつつ、スプーンを口にくわえながら天井を見上げ、何度か頷いていた雪乃。


 魁の話が終わると、にっこり笑った。


「大丈夫。私も同じようなこと考えてたから。

 食べたことない料理に、味覚と嗅覚の違い……

 初心者にはハードル高過ぎたよ……

 でも魁が作ってくれた料理だったら、自分で作ったときの良し悪しがわかるもんね!

 腕の差が明らかになっちゃうから、逆に怖いけど!」



 双方の意見が一致し、今後の方針が決定した。



 問題解決。

 食事再開。



 雪乃は相変わらず悲鳴を上げながらではあったが、二人は楽しく食事を進めた。



 今度は、作るメニューから一緒に考えていくことになるだろう。




 果てしなく続く、雪乃のお料理修業道は、まだ始まったばかりである。



本作品をお読みいただき

ありがとうございます


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