【⑩-2/3】【37】お買い物!
「それでね? そういう術を使えるようになったから、私もお料理勉強しようと思うんだ!」
獣人の雪乃。
里の桜を思い出し、薄ピンクのワンピース姿だ。
雪乃は、二週間程で術を習得した。
帰宅して早々、居間で魁とご相談。
「わかった。俺も協力するから、頑張ろうな」
話を聞いた魁は、雪乃の希望を受け入れて協力を承諾した。
「それにしても、食べたものを消すって、とんでもない術だな……」
雪乃から説明された"妖力抽出"の術は、非情に興味深いものだった。
「え? そうなの? 食べ物の栄養は吸収できないから、ほぼ食べた物がお腹の中から消えるだけの術だよ???」
「その、"栄養にならない"のがいいんだよ。
前に母さんもダイエットしてただろ?
この術の話聞いたら大騒ぎだぞ」
「あー、そうなんだ……じゃあ秘密にした方がいい?」
「いや、あまり気にしなくていいだろう。
まあ、こっそり話を聞きに来るかもしれないけどな」
「術のやり方教えてって言われたら、どうしよう……?
教えていいのかな?」
「いいんじゃないか?
説明始めててすぐ、人間には使えない術だってわかるだろうしな」
魁は、雪乃からどんな訓練をしたのかを聞き、人間には使えない術だと確信していた。
なぜなら、"妖力抽出"の第一ステップは "獣人化に使用する妖気の経路を感じること" なのである。
つまり若い猫又の健康のためであると同時に、将来獣人になるための訓練にもなっているという、非常に合理的な術なのだ。
――人間がこの術を使おうとしたら、人間をやめる必要があるだろう。
「がっかりさせちゃいそうだけど、聞かれたら素直に答えるね」
うんうん、と頷く雪乃。
術の話が一段落したので、メモを取り出した。
「それで、早速なんだけどさ。料理を教えてほしいの!
っていっても、魁が料理してるとこ見てると、一つ一つ細かく教わるものじゃないんだろうな~とは思うから……
なんていうのかな~? 料理のコツ? ポイント? 基本的な考え方?
なんかそういう感じの、メシマズ嫁にならないための心得!
――でさ? とりあえずレシピ通り作るのは基本だよね?
結果がどうなるかわからないのに最初からアレンジするのって、何も見ないで適当に作るのと同じだもん!」
「俺もプロじゃないから、あまり偉そうなことは言えないが……そうだな。
初めはとにかく、書かれてる通りに作った方がいいだろうな。
料理が下手な人間は、レシピ通り作らないって聞くしな。
ただ、それはもう下手というより、ちゃんと作る気が無いとしか思えないが……」
雪乃は拙い文字で、メモ帳に
"きほん① れしぴどおりつくる"
と書き込んだ。
雪乃は新聞レベルの日本語に加えてローマ字も読めるが、書けるのはまだ数字と平仮名だけである。
"薔薇"や"憂鬱"のように、読めるのに書けない文字というのは、案外多いものなのだ。
「次は……味見だよね! 魁も、いつも味見してるし!
そもそも、そのために覚えた術だし!」
「そうだな。作った料理がどんな味か確認するのは常識だ。
料理下手は味見をしないケースが多いらしいが、なぜ味見をしないんだろうな……?」
「自分の料理に自信があるとか?
自分は食べる気ないとか?
まあいっか?
私は味見しまーす!」
雪乃は、"きほん② あじみする"
と書き込み、ペンを握ったまま続ける。
「私が思ってたのはここまでだけど、他には何かある?」
「そうだな……あとは、アドバイスを聞き入れること、か。
自分で食べるだけなら自己責任だが、誰かに食べさせるなら相手がどう感じるかも重要だ。
特に、辛みなんかは個人の感じ方にかなり差があるな。
あとは種族の違いって話になるが、獣人の味覚は、人間とも猫とも違うだろうから……」
「魁がどう感じるかよく確認しないと、おいしいお料理が作れないってことだね? りょーかーい!」
"きほん③ かいのかんそうをきく"
とメモをした。
「あとは、注意点ではないんだが……
美味いものを作りたいと思う気持ちだな。
どうでもいいと思って作ってると全部の作業が雑になる。
丁寧に作ることを心がけるんだ」
「あ! つまり、愛情込めるってことだよね! それは自信ある!」
メモに、"きほん④ かい、だいすき、っていいながらつくる"
と書き入れた。
◆◆◆
――翌日。
商店街に、怪しげな人影あり。
身長は一六五cm程。サングラスとマスクで顔を隠し、頭にスカーフを巻いている。
オリエンタルな柄のワンピースにロングコートを羽織り、編み上げのロングブーツ。
長い足、細い腰、はち切れそうな胸。スーパーモデルのようなスタイル。
手袋までしており、正に完全防備。
この、身分を隠して変装しているような服装の人物。
当然、料理の材料を買いに来た雪乃である。
なお、ボリュームたっぷりの尻尾は体のラインに合わせた形で毛を固定し、服の内側に収納してある。
――これは昨日の話だが……
雪乃が獣人であることは絶対秘密のはずなので、駄目だと言われるだろうな、と思いつつ、
「やっぱり、買物からしないと! 私が買物できるようになれば、魁の負担も減るよね!」
と、雪乃自身が買物から始める意思を勢いよく伝えると、
「できる限り、ばれないように努力しろよ?」
と、魁は、あっさり承諾。
「えっ!? いいの!?」
逆に雪乃が聞き返すと、魁は雪乃へと頷き、冷静に説明を始めた。
「世間一般的には、妖怪も幽霊も存在しないことになってるんだ。
もし顔を見られたら、映画撮影の特殊メイクだって言えば信じるさ。
特殊メイク以外ありえないんだから、俺だってそれで信じてたと思う。
だから、顔隠して外を歩くのは何かワケアリなんだと解釈されて、逆に安全だと思うんだよな。
ただ【特殊調査員】に顔を見られると本物だってばれるから、それはマズイと思う。
だから、なるべく顔を隠して気配も消して、だ」
そういった経緯で、雪乃単独での買物が実行されたのであった。
「――えっと…… ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、お肉、レタス、キュウリ……」
商店街の端で、材料のメモを見ながら呟く雪乃。
お料理チャレンジ第一号に選んだのは、カレーとサラダであった。
これは"初心者が作れる簡単な料理"として挙げられていたものだ。
「じゃがいもは家にあったから、買わなくていいっと。
あと、カレールーとドレッシング。
ドレッシングは冷蔵庫にあったから、今回は買わなーい」
買うものをざっと確認した雪乃。
商店街へ入り、まず商店街のスーパーへ向かった。
このスーパーでは、主に保存食品や日用品など、商店街の店舗では取り扱っていないものを取り扱っている。
商店街に無いものを用意することで、商店街と共存の道を選んだのである。
「カレーは食べたことないし、あんまり辛いものを食べたこともないから……
甘口にしとこうかな。
辛いのは、術じゃ消せないしね……」
カレールーをレジに持っていったところで正体がばれないか緊張したが、特に問題なく会計してもらえた。
スーパーを出た雪乃は、大きく一息。
「あー、緊張したー……結構大丈夫なもんなんだね」
当然、全身を服で隠したスタイル抜群の女性客は、人目を惹く。
確かに問題なく買物はできたが、初めての買物なので店員や買い物客から注目されていたことには気付いていなかった。
「肉は生モノだから、肉屋の丸さんは最後にして……
次は八百屋さんに行こうかにゃ~ん? にゅふふ~」
勝手知ったる商店街だが、見られてはいけない姿で出歩いているというスリルに、少々テンションが上がっていた。
――エコバッグ片手に八百屋へやってきた雪乃。
商店街の八百屋は、スーパーと違って店主に品物を告げる形式である。
店主の中年女性を知ってはいるが、猫的観点であまり八百屋に用がないので、馴染みが薄い。
話しかけるのにも、やや緊張する。
「こんにちは~ えっと、ニンジンと、タマネギと……」
サングラスをしているのでメモが見辛い上に、スカーフがずれて視界が遮られる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね――」
スカーフを緩めてずらし、メモを見ようとした瞬間。
一陣の風が、雪乃からスカーフを剥ぎ取った。
「あっ!!!」
慌てて風に飛ばされそうになったスカーフを掴む雪乃。
伸ばした腕が引っかかり、今度はサングラスが外れた。
「えっ!!!」
外れて落ちかけたサングラスを空中でキャッチするも、スカーフで押さえていたマスクも外れてしまった。
「うにゃあ!!」
真っ白な毛並み。
頭の上に立つ耳。
宝石のように美しい蒼い目。
赤い首輪。
猫の頭部が完全に露わになってしまう。
「わー! わー! わー!」
素早くマスクとサングラスを装着し、頭を包むようにスカーフも巻きなおしてから、
「……それと、レタスとキュウリ、いただけますかしら? おほほほ」
何事もなかったかのように必要な野菜を告げる雪乃。
だが、八百屋の店主や付近の買い物客は皆、雪乃に驚きの視線を向けている。
「お客さん、今、猫――」
言いかけた店主には、最後まで言わせにゃい!
「驚かせてごめんなさいこれ自主製作映画で使う特殊メイクなんですけどスタッフさんの手が空いてなくてメイクしたまま私が買物に来てでも自主製作とはいえ完成前の映画なのであんまり大っぴらに出して歩かないでねって言われて色々巻いて隠してるんですがもしかして本物だと思っちゃいましたかまさかこんな大きい猫が歩いて喋って買物するワケないじゃないですかやだ~」
周囲の買い物客にも聞こえるよう、かなり大きな声で、息継ぎもせず、一気にまくし立てた。
周囲の人間は、雪乃の勢いに呑まれて言葉を失っていたが、
「そ、そうよねえ~! あんまり出来が良くてびっくりしちゃったわ~!」
八百屋の店主が、雪乃の言葉に納得し、頷いた。
周囲の買い物客からも、"特殊メイクって凄いのね~"、"私は最初からそう思ってたわよ~"などの声が聞こえてくる。
(よし!!!!!
魁の言った通りになった!!!!!
ばれてない!!!!!)
雪乃は、心の中でガッツポーズ。
商売に戻る八百屋の店主。
雪乃の注文した野菜をカゴに集めながら世間話。
「ああ、お客さんの注文、たまねぎ、にんじん、レタスに、きゅうりだったね?
ところでさ、そのスイカみたいな胸……大きく作りすぎたんじゃないの?
腰と胸のバランスが悪い気がするけどねえ。
宇宙人? とかの着ぐるみは、そういう体型にするのがイマドキの流行なのかい?」
「はい、その野菜でお願いします。
……あー、えー、胸は自前です!」
「そうなのかい!? はー、やっぱり女優さんってのはスタイルいいんだねえ。
腰が瓢箪みたいにくびれてて。
何食べたらそんなスタイル維持できる――」
――そんな世間話をしながら野菜を購入し、八百屋を後にした雪乃。
「最後は肉屋の丸さんとこだね」
一時はどうなることかと思ったが、無事に切り抜けた。
足取りも軽く、野菜が入ったエコバッグ片手に"肉の丸安"へ向かう雪乃。
「こんにちは~ 豚コマ四百グラムくださ~い!」
肉屋の丸さんは茹でた肉をくれたりするので、いつも大変お世話になっている。
雪乃的にはとても馴染み深い店であるが、今は猫の姿ではないことを忘れてはいけない。
「いらっしゃ~い 豚コマ四百グラムね~
あ、お客さんが噂の、猫型宇宙人の着ぐるみ着てるってヒトだね~?」
豚コマを量りに乗せながら雪乃へ話しかける、肉屋の店主、丸さん。
噂には独自の解釈が加わり猫型宇宙人になったらしい。
「あ、はい、そうです。 あははー……もう噂が……」
困ったなあと、スカーフの上から耳を押さえて苦笑する雪乃。
「やっぱりそうなんだね~?」
肉屋の店主は、量りの表示が四百グラムになるよう肉の重さを調整する。
「ところでさ~ お客さんさ~」
呟きながら、四百グラムの豚コマを竹皮風の包み紙に肉を包み、更にビニール袋へ入れてカウンターに置いた。
そして肉屋の店主は、三日月のように細く目を開いて、一言。
「――なんで、お客さんから、雪乃ちゃんの匂いがするの~?」
「!!??」
雪乃は驚きに顔を引き攣らせ、心中で絶叫した。
人間が知覚できるはずがないのに、文字通り"嗅ぎ付けられた"のである。
一見、素朴な疑問を口にしただけのようにも見える。
だが怪しんでいるのだとしたら……黙っているのはまずい。
「匂いというのは、ちょっとわからないですけど……
雪乃ちゃんをご存じなんですか? かわいいですよね!
かい……赤神さんと監督は、お仕事の関係で知り合ったらしいんですけどね!
連れてた猫の雪乃ちゃんが、とってもかわいかったので、撮影に協力してほしいって申し入れたんだそうです!
今、赤神さんの事務所の地下を借りて、シーンの一部を撮影してるので!」
乾いた喉から説明を絞り出すと、肉屋の店主は納得したらしい。
「やっぱりね~ どおりでね~ 何か関係があるんだろうなって思ったんだよね~ ――はい、豚コマ四百グラムで千円で~す」
「千円ですね。はい。ありがとうございます」
お金を渡して肉を受け取り、そそくさと、その場を離れようとする雪乃。
――だが、それは唐突に。
「……雪乃ちゃん!」
思わず返事をしそうになったが、雪乃は辛うじて踏み止まった。
肉屋の店主は続ける。
「――みたいな匂いのお客さんさ~?
映画の撮影なんだよね~?
公開はいつなの~?」
雪乃は自分の名前を名乗っていなかったので、"雪乃ちゃんみたいな匂いのお客さん"という呼び方をしたらしい。
まったく、心臓に悪いヒトだ。
「あ、いえ、自主製作なので公開できるとは限らないんです。
仮に公開できたとしても、上映する映画館は少ないと思いますよー」
残念ながら映画は撮られていない。
公開されることもないのだが――
「そうなんだ~? じゃあ、もし公開するとなったら教えてって、赤神さんにお願いしよ~ 赤神さんには、連絡するよね~?」
「そうですね。赤神さんには連絡差し上げると思いますよー?
……それでは失礼しますね!」
また呼び止められはしないかとドキドキしながら、雪乃はそそくさと肉屋を離れた。
――事務所への道を歩きながら、ようやく買い物を終えたことに安堵し、一息。
買うべきものは全て買ったはずである。
最後にもう一度メモを確認。問題なし。
「よし、おっけー! 買物終わり!
さー、早く帰って、お料理開始だよ~!」
雪乃は、素早い足取りで家へと帰っていった。




