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【⑨-3/3】【35】首謀者 Y


 あとは、式が始まるのを待つばかり――

 となったところで、鎮政しずまさの声が本殿に響いた。


「親戚一同の皆様に、関係者の方、そして長様。

 大変長らくお待たせ致しました。

 これより、式をり行わせていただきます」


 鎮信しずのぶ恵魅めぐみが不満をぶちまけている間に、鎮也しずなりの妻である美佳みかから、準備ができたと連絡を受けていたのだった。


 続けて、手短に父親としての挨拶をする鎮政。


「皆様ご存じの通り、私の息子は少々変わった子でして。

 将来を危惧きぐしておりました。

 しかしこの度、素晴らしいお相手に出会うことができました。

 これは、正に奇跡としか言いようがありません。

 異種族間の婚姻を認めて下さった長様と、親族の皆様には、深くお礼申し上げます。

 今後も何卒、宜しくお願い致します」


 そして、再び一礼。

 鎮政の言葉に、参列者から静かな拍手が送られる。


 そこへ、場違いとも思える、のんびりとしたかいの母、陽子ようこの声。

 新郎新婦を連れてきたきたらしい。


「お着物、とってもきれいよ~?

 それにしても、雪乃ゆきのちゃんは本当にスリムね~

 私の白無垢しろむくじゃ横幅ゆるゆるで、調整が大変だったわ~

 私も若い頃はスタイルに自信あったのに~ ショック~……

 あっ、でも雪乃ちゃんは猫又さんだし!

 ノーカン引き分けノーサイドよね~!」


 参列者から、押し殺した笑いが漏れる。


「じゃあ、いってらっしゃい~

 あんまり緊張しないで~

 お祭りだと思って~

 わっしょいわっしょ~い!」


 廊下から響く陽子の言葉に続いて、しずしずと二人が本殿に姿を現した。


 花婿は紋服もんぷくに身を包んだ魁。

 花嫁は、白無垢に綿帽子の雪乃。



 親族一同の、温かな空気に包まれる本殿内。


 一方で、本日の主役である二人は緊張でガチガチだった。



 それもそのはず。

 二人は、今日が結婚式当日だと、つい先程聞かされたのだ。

 式の進行をよく知らない新郎新婦が緊張するのは、当然である。



 本人達が結婚式の日取りを知らないというのもおかしな話。

 だが、これは魁の母、陽子に原因がある。



 ――以下は、数日前に交わされた、魁と陽子の会話である。


「――そんなわけで、正式に式挙げたいんだ。

 来週帰ったとき相談したいから、父さんにも伝えといてくれる?」


「あら~ いいわよいいわよ~

 そういうことなら、"準備しておく"わね~!」


「ああ、よろしく。

 じゃあ、親族会議の日の午前中に帰るよ」


「わかったわ~ 待ってるわね――」



 魁は式の日取りを相談をしたい旨を伝えた。

 陽子はそれを承諾し、日取り相談の話をしておくと答えた。



 ――ように見える会話である。



 だが、陽子の "準備しておく" は

 "相談の準備をしておく" ではなく

 "結婚式の準備をしておく" という意味だったのである。



 陽子の中では "魁から頼まれた" ので、周りにはそう伝えていた。

 そして陽子は、異常なまでに有能な事務手腕を振るい、ほんの数日で式の準備を整えてしまったのだった。



 ――やがて、新郎新婦に全く余裕のない、ややおごそかさに欠ける結婚式が始まった。



 まずは、全員起立して清めのおはらい。

 ここまではよかった。


 それから、祝詞奏上のりとそうじょう、三々九度さんさんくど、新郎新婦の誓詞せいし玉串奉奠たまぐしほうてんと続くのだが――


 早々に、鎮政が気付いた。

 どうやら新郎新婦は式の流れを把握していないようだ、と。


 魁の場合、式の手順資料を渡せば、しっかり覚えてくるはず。

 それを知らないということは、つまり魁は何も知らされておらず、式の流れを全く聞いていないということである。


 鎮政は、原因が容易に想像できた。

 


「陽子……」



 軽い脱力感とともに、妻の名を呟く鎮政。


 急な話だったので、妻、陽子の "だいじょぶよ~!" という言葉を信じたのだが、やはり確認すべきであった。

 参列者が親族だけなのであれば仕切り直しもできるが、猫又の長という、上位の存在に来ていただいている以上、それは難しい。

 となると、さりげない身振りや目配せで次の動作を伝え、息子夫婦の結婚式を無事に終わらせるためにサポートするしかないではないか。



 ――鎮政の巧みな誘導により、式は滞りなさそうな雰囲気でなんとか進められた。


 指輪の交換では、銀の指輪と赤い首輪を交換。


 最後に参列者全員でお神酒をいただき、式は終了である。


 鎮政の尽力により、何とか結婚式は無事に終わった。



 ――鎮政は、苦々しく呟く。


「陽子には、後で説教が必要だな。

 事務処理能力は本当に抜群なんだが。

 粗忽そこつなところが直らんものか……」


 それは虚しい独り言であった。



 ――式の後は披露宴。全員で母屋の大広間へ移動。



 大広間には披露宴の準備が整っており、仕出しで届いた料理が並んでいた。

 会議の後、追加で手伝いに来た親族が準備していたようだ。


 新郎新婦は雛壇に座り、雛壇近くには赤神本家の席。

 それ以外の座席指定は無し。

 披露宴とは名ばかりの単なる宴会であるが、式に参加していない親族へ新郎新婦の姿を見せるという意味はある。


 披露宴という名の宴会が始まると、参列者や助っ人の面々が新郎新婦へ挨拶にやって来る。

 ベテランの【調査員】であれば猫又獣人を見たこともあるし契約を交わしたこともあるが、現場に出ない【登録者】が猫又獣人を目にすることは滅多にない。

 皆、祝いの言葉を述べた後、興味津々で雪乃を見ていく。


 獣人姿で紋付きはかまの里長が挨拶に来ると、雪乃は喜び、魁は恐縮していた。


 形式的な挨拶が一巡し、本格的に砕けた雰囲気の宴会に突入すると、ようやく魁と雪乃の緊張も解れたようだった。


 大人達が、めいめいで騒ぎ始めてから、鎮信と恵魅も揃って挨拶に来た。


「まさか、雪乃ちゃんが泥棒猫だとは思いませんでしたわ~?」


 式の前に大騒ぎしたせいか、恵魅は落ち着いている。

 冗談めかして、横目で軽い皮肉を口にした。


「にゃ、にゃあ……ごめんなさい……」


 言葉もない雪乃。

玄関と同じく鳴き声を上げ、しょんぼり。


「あっ、あの、ただのひがみですの。

 ……雪乃ちゃん、気にしないでくださいませ?」


「うん……ありがとう、恵魅ちゃん」

 笑い合う二人。


 一方の鎮信は、かわいい猫との出会い方を聞き出そうとしていた。


「ねえ、叔父さん。叔父さんばっかり、ずるいよね?

 どうすれば雪乃ちゃんみたいな、かわいい子と出会えるのさ?」


 何とも答えようがないが、魁は子供相手でも適当な回答はしない。


「そうだなあ。信じて探し続けること、かな? ――二十年くらい」


「うーん……参考にならない……」

 がっくりと肩を落とす鎮信。


 挨拶を終え、鎮信と恵魅は自分達の席へ戻っていく。

 それぞれ思うところがあるらしい。



「元々メグミにチャンスは無かったのですし。

 お姉様が一人増えた、と考えればいいんですわ。

 あら? でも雪乃ちゃんは恵魅より年下ですわよね?

 じゃあ、妹ですの?

 でも、メグミはまだ六歳ですのに……

 妹が先に結婚しているのは、変ですわよね……」


 今日のところは、なんとか気持ちを切り替えた恵魅。

 だが、自分の中で、雪乃をどういう位置付けにすべきか悩んでいた。



 ――式の開始前に大騒ぎしたものの、これまでは魁のような狂人ではなかった鎮信は、猫又獣人の雪乃を目の当たりにしたことで――


「春からは登下校で町に行けるし、その時に推し猫探すしかないよね。

 次の推し猫見つかるまでは、雪乃ちゃんの写真飾ったままでもいいかなあ?

 でも、雪乃ちゃん、かわいいなあ……ああ、ほんとに、かわいい……かわいい……かわいいなあ……あははは……」


 鎮信に狂気が芽生え始めたことに気付いた者は――

 まだ居なかった。


◆◆◆


 ――宴会開始から数時間が経過した頃。


 大半が高齢者ということもあり、外が暗くなってからしばらく経った辺りでお開きとなった。

 全員起立から鎮政が挨拶し、一本締め。

 新郎新婦が玄関で来客を見送り、完全に終了。


 祭事は終わったものの、続いて片付け作業が始まる。


 皆普段着に着替え、新郎新婦も関係なく片付け作業に当たる。

 ようやく目途が着いた頃には、もう日付が変わりそうな時間になっていた。


 鎮信と恵魅はまだ子供なので、九時過ぎにはもう就寝している。


 鎮也と美佳も自室に戻った。


 鎮政は居間で陽子に説教中。

 どうやら、あかねも同席しているらしい。



 魁と雪乃はというと――

 神社の敷地内にある"物見櫓ものみやぐら"の上にある小屋の中に居た。


 やぐらからはふもとの町を一望することができるので、魁は昔から、この櫓から景色を眺めていた。


 そして今日も、雪乃を後ろから包み込むように抱き、同じように小屋の窓から景色を眺めていた。


「夏の夜は真っ暗だが、冬の夜は雪があるから景色が見えるんだ。

 俺はその景色が好きで、ここから一晩中景色を見てたこともある。

 まあ、雪乃は真っ暗でも景色が見えるだろうし、ピンと来ないかもしれないな」


 魁は、目に映る景色をぼんやりと眺めながら呟いた。


「うーん、そうだね。

 でも雪の中だと全然音が響かないから、新鮮な感じがして、好き。

 高い場所だからかな? ここはとっても静かだね。

 聞こえるのは、魁の音だけ……」


 雪乃は、自分の体に回された魁の腕を抱きこんで、目を閉じた。


 腕に伝わる雪乃の体温は、とても暖かい。


 静寂を壊さぬよう、魁は無言。

 口を開いたのは、雪乃の方だった。


「ねえ魁。私達、ちゃんとした夫婦になったんだよね?」


「ああ、そうだ。

 親族一同にお披露目して、認められたからな。

 人間の法律はどうあれ、夫婦だ」


「そっかー。にゅふふふ~」

 雪乃は、笑った。


「じゃあ、ちゅー、しよ? ちゅー」


 雪乃の要望通り、軽く口づける。


「もっかいしよ? ちゅー」


 再び、口づけ。


「魁、すき。だいすき……」


 魁の腕を抱き込む雪乃。




 魁は、それに応えるよう、雪乃を強く、抱き締めた。



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