【⑨-2/3】【34】本殿の騒動
赤神神社本殿内。
御神体が納められた扉の前にある、畳張りの部屋。
そこには、親族会議の参加者が全員集まっていた。
親族一同は、御神体の扉へと続く中央部分を通路として空け、左右に分かれて座っていた。
そして、中央奥の扉前には神主の正装を纏った、魁の父、鎮政の姿があった。
御神体の扉に向かって左側の最前列には、中央の通路側から順に、紋服姿の鎮也、子供用礼服姿の鎮信、白いフリルの付いた黒いワンピース姿の恵魅―― の親子が並んで正座している。
右側の列は前方に数列分空間が取られており、その後ろに親族が座っていた。
おそらく、誰かのために空けられた場所なのだろう。
――ところで、赤神一族といっても全員が【特殊調査員】ではないし、【妖】に関係しているワケでもない。
赤神本家の次男である魁が、つい先日まで何も知らなかったのだ。
全員が関係者でないのも、当然といえば当然である。
ただ、【特殊調査員】しか【妖】のことを知らないのでは、色々と都合が悪い。
【特殊調査員】以外でも、必要と認められれば【関係登録者】として【妖】の存在を伝えることができる。
例えば、鎮政の妻である陽子や鎮也の妻である美佳は【関係登録者】だ。
もっとも、陽子と美佳は【妖】に関係がある家系なので、結婚前から【関係登録者】であったのだが。
他に【関係登録者】の例としては【特殊調査員】が使用する道具や装備を生産販売する者や、特殊な医療関係者も存在するのである。
――唐突に、鎮政が足早に出入り口へと向かった。
その様子を見て、他の親族も鎮政が向かう方向へ座る向きを変える。
鎮政が向かった本殿の入口付近には、白く長い顎鬚をたくわえた、紋服姿の老人が立っていた。
老人の家紋は、円内部の上半分に三つの小さな円が扇状に並び、下半分に大きな丸が一つ。
その大きな丸の中に藤の紋という、変わったものだった。
皆が注目する中、鎮政は本殿に入ってきた老人の前に跪き、両手を突いて深々と頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました、長様。
御足労いただき、ありがとうございます」
丁寧に挨拶を述べると、親族達も鎮政に倣って頭を下げた。
「鎮信、恵魅。さあ、皆と一緒に頭を下げようね」
「はーい」
「あっ、はいですの」
鎮也が二人を促すと、素直に頭を下げた。
「どうやら間に合ったようですな。
さあ、鎮政殿も、皆様も。顔を上げてくだされ。
なに、私は少々長く生きているだけで、大した者ではございませぬでな」
老人は柔和に笑い、長い顎鬚を撫でた。
鎮政は頷いてから頭を上げ、空席だった右側の最前列へ老人を案内する。
「私は……どういった姿で参列致すのが、よろしいですかな?」
鎮政に案内されて移動しながら、鎮政へと問う。
「参列者は皆人間です。
長様が獣人の姿なら、花嫁も幾分か落ち着くのではないでしょうか?」
鎮政は歩みを進めながら、やや頭を下げて振り返り、問いに答えた。
「ですかな? そこまで気が回りませんでしたな。
では、獣人にて…… とはいえ、裸では非礼にあたりましょうし、人間の服は着ておきますかな」
長は、鎮政へ向けて何度か頷く。
「ありがとうございます。
そうしていただけると、大変助かります」
鎮政は長を席へ案内すると、深々と頭を下げた。
そして、また中央の扉前へと戻っていった。
――魁の指輪にショックを受けて調子が狂い、ぼんやりとしていた恵魅だが、 この謎の老人には、さすがに興味をそそられた。
「お父様、今いらっしゃったあの方は、どういった方ですの?
"長様"と呼ばれておられましたが、偉い方ですの?
それに、獣人とかなんとか……」
鎮政と老人のやり取りを横目に見ていた恵魅が、小声で鎮也に聞いた。
「あの方は東日本の猫又を統べる長様だよ。
さっき言った通り、結婚式があるからね。
花嫁の親代わりで来ていただいたんだ。
とっても偉い人だから、失礼の無いようにね」
「結婚式……猫又の長様……猫又さんが花嫁……?」
恵魅は既に修業を開始しているし、低級霊や低級妖怪の存在も認識している。
なるほど、と頷く。
そして、まだ辛うじて"お嫁さん"に憧れる年齢である。
「猫又さんの花嫁、早く見たいですわぁ~」
その瞳は "キラキラ" と輝いていた。
しかし、ふと首を傾げ、疑問を口にする。
「でも、なぜメグミ達がその結婚式に参列するんですの?
お友達が来られないので、賑やかしのお手伝いか何かですの?」
鎮也が恵魅の疑問に答えようとした時、出入り口の扉が開く。
黒い着物姿の蒐と、黒いスーツ姿の轟が姿を現した。
一旦、恵魅への説明をストップする鎮也。
本殿に入るなり、蒐は轟を促して右側の最前列へ向かった。
最前列まで来ると、長の横で膝を折り、丁重な挨拶をする蒐と轟。
蒐と長は、何やら親し気に言葉を交わす。
短い会話が終わると、蒐はその場を立って鎮也の後ろへ。
轟は右側の最後列へ移動した。
「今いらっしゃって後ろの方に座った大きな方!
きっと、"なんとか入道"さん、ですわよね!?
変身がお上手でないみたいですし、メグミでもすぐにわかってしまいましたわ!」
興奮も露わに、小声で鎮也へ問う恵魅。
結婚式と聞き、憧れを持つ年頃として、テンションが上がっていた。
鎮也は、そんな恵魅に苦笑交じりで告げる。
「あの方は轟さんといって、蒐さんの弟子で魁の師匠。
正真正銘の人間だよ。
恵魅も会ったことがあるんだけど、まだ小さかったからね」
「あら……それは失礼を……」
小さくなる恵魅。
鎮也の後ろで、そのやり取りに肩を震わせる蒐。
――恵魅の反応を探りつつ、鎮也は中断した説明を再開した。
「さっきの話の続きだけどね。
なぜこの結婚式に参列するのかっていうとだ。
赤神家の人間が結婚するからなんだよ」
鎮也の言葉に、きょとんとする恵魅。
「え? 親戚の方が? 今ここでですの?
一体どなたが……?」
兄の鎮信は先に気付いたらしく、横から口を挟む。
「猫又さんと結婚しそうな人なんて僕は一人しか思いつかないよ!」
何やら怒りを滲ませ、早口でまくし立てた。
「猫又さんと結婚しそ――――」
当然、恵魅もすぐにその答えを導き出した。
疑いようもない。
玄関で見た魁の指輪。
今日が結婚式だとは。
「まさか本当に 泥棒 "猫" だとは、思いませんでしたわねえ」
引きつった笑みを浮かべる恵魅。
そして、本殿の出入り口へねっとりとした視線を向け、吐き出すように呟いた。
「猫又さんの花嫁、早く見たいですわぁ」
一転、その瞳は "ギラギラ" と輝いていた。
「恵魅……突然、魁の結婚式って言われて驚いたと思うけどね。
花嫁は恵魅も知ってる子なんだよ?」
花嫁に敵意剥き出しの恵魅。
探り探りの、父鎮也。
「は? メグミは "猫又さん" に知り合いなんて、居りませんわよ?」
猫又自体を嫌っているわけではないため、猫又は"さん"付け。
「よしんば "その女" を知ってたとして、このやりきれない想いが癒されるとでも仰いますの!?」
しかし、花嫁に対しては"その女"呼ばわりである。
「雪乃ちゃん……」
兄の鎮信が呟いた。
「 ? お兄様、いきなりなんですの? 雪乃ちゃんが、どうかしたんですの?
あ、そういえば居間で会ってから見てませんわね。
お母様がどこかへ連れて行ってから、会議の後すぐ本殿に来ましたし。
どこかで遊んで――」
――何かに気付いた恵魅。
カクリと顔を横に倒し、口を開け、古の不良学生がガンを飛ばすような表情で父鎮也を見上げた。
まさか?
恵魅の目を見ながら、鎮也は、神妙に頷く。
そうだ。
「ええええええ!? 花嫁は雪乃ちゃんですの!?
雪乃ちゃん、猫ちゃんですわよね!? それ"あり"なんですの!?
それが"あり"なら恵魅だって叔父さまを諦めませんでしたわよ!?
猫耳と尻尾つけて叔父さまの寝込みを襲うとかしたらメグミのかわいさにコロっと参ってワンチャンなんとかなったりしちゃったんじゃありませんこと!?」
恵魅は思わず叫んでいた。
そして、実行に移せなかった秘密の計画を、勢いに任せて並べ立てる。
親族間でも、恵魅が魁を大好きなことは周知の事実。
ショックで取り乱すのもしょうがないな、といった空気。
鎮信は困った顔で首を振る。
そして――
「恵魅。雪乃ちゃんは、ただの猫じゃないんだよ。
猫又で、しかも獣人なんだ。
厳しいことを言うようだけど……
"あの" 魁が
"猫耳と尻尾をつけただけの人間女性" と
結婚すると思うかい?
しかも "本物の猫又獣人である雪乃ちゃん"
を差し置いて、だよ?」
恵魅へ、"魁は猫しか見ていない" ことを、改めて諭した。
膝に置いた拳を震わせる恵魅。
「ぐぬぬ……ぐぬぬ……ぐぬぬうううう……
あ、ありえませんわ……
叔父さまが、雪乃ちゃんを捨ててまで……
ありえませんわあああああああああ!!!!!」
愛する叔父さまのことは、もちろん理解している。
恵魅は頭を抱え、悶絶しなが畳の上をのた打ち回る。
「――わかってましたのよ……
初めから結ばれぬ運命だということは……
悲しいですけど、メグミに向けられていたのは家族愛……
でも、叔父さまが大好きなんですもの!
しょうがないじゃありませんか!?」
恵魅の目に涙は無い。
その目にあるのは、悲しみよりも、怒り。
「それにしても、お父様! そういうことは早く教えて欲しかったですわ!
お嫁さんが雪乃ちゃんじゃ、文句も言えませんし!
それに、雪乃ちゃんの目の前で叔父さまにデレデレしていましたのよ!?
メグミは、まるで頭のネジが緩いアホの子ですの!」
恵魅は、魁も好きだが、雪乃も好きだった。
それまでのマイナス感情は、雪乃が猫又獣人であったことや、結婚式について隠されていたことの不満に転嫁されたようだ。
――さて。
鎮信もまた別のベクトルで、この事実に、憤慨していた。
「ほんとそうだよね!
今日結婚式ってことは、前々から決まってたんでしょ!?
だったら、もっと早く教えてよね!
僕の部屋は雪乃ちゃんの写真だらけなのに、このまま写真を飾っとけないよ! 雪乃ちゃん人妻だし!
それにこれからは、べたべた触ったり抱っこしたり撫でたりすりすりしたりちゅーしたりできないじゃない! 雪乃ちゃん人妻だし!
雪乃ちゃんよりかわいい猫なんか、おいそれと見つからないのに、これからの猫活、僕はどうすればいいのさ!!! 雪乃ちゃん人妻だし!」
普段は目立たないが、恵魅にも引けを取らない熱量である。
さながら、推しのアイドルが入籍~引退となり、次の推し探しに絶望するドルオタのようだった。
親族の間で鎮政の動物好きは、これまた周知の事実である。
親族一同、孫の鎮信が動物好きなのも納得、といった空気。
「雪乃は妖怪だからね。
残念だけど、二人の関係を事前に教えることはできなかったんだよ。
二人が修業を始めることを親族会議に通して、ようやく話せるようになったんだ」
今更時間は戻らない。
鎮也の説明に、二人は不満気ながらも納得したように見えた。
親族一同も、二人が落ち着いたらしいのを見て、ようやく微笑みが戻った。
大騒ぎになった本殿ではあるが――
結婚式は、まだ始まってもいないのだ。




