【⑨-1/3】【33】親族会議
十二月末。
魁は、実家である赤神神社の駐車場に車を停めた。
駐車場の周囲は雪の壁になっているが、山間部に比べれば降雪量は少ない。
【特殊調査員】の資格を取得したからだろう。
今年は赤神一族の親族会議に呼ばれたため、例年より一日早い帰省となった。
その会議は今日の午後。
駐車場には親族の車が数十台連なっていた。
「蒐さんは、何日か前に来たみたいだな」
駐車場端にある蒐の高級セダンは、半ば雪に埋もれていた。
蒐は車に対して特にこだわりはないため、乗り心地で選んだそうだ。
魁は車を降り、"くるり式"で雪乃を肩に乗せる。
「雪乃は寒くないな?」
「にゃ」
雪乃には柔らかな被毛があるので基本的には寒くないが、戦闘時のように毛を硬質化させると防寒作用が失われてしまうらしい。
通常はダウンベストのような防寒着だが、毛を固くすると鎖帷子になるようなイメージだろう。
なお、防寒を考慮した構造で被毛を変化させれば寒くはないのだが、雪乃は、まだそこまで繊細なコントロールを身に着けていない。
車から荷物を下ろし、玄関へ向かう魁。
駐車場から玄関までは、除雪された細道を辿った。
「ただいまー」
声を掛けながら玄関から家の中へ入る。
前回は蒐が玄関で仁王立ちしていた。
今回玄関で待ち伏せていたのは、蒐ではなかった。
「いらっしゃい、雪乃ちゃん! と、魁叔父さん」
「ようこそいらっしゃましたわ魁叔父さま! それに雪乃ちゃん」
二人の子供が、魁を出迎えた。
"赤神 鎮信"
六歳 魁の兄である鎮也の子。双子の兄。
身長一二〇cm。おとなしい性格。短髪。優しい目をした少年。
あまり騒がず問題も起こさないため、子供らしくないと言われることもある。
長男であるため、将来は【赤神神社】の当主を継ぐことになる。
修行開始は数年後からの予定だったが、妹が【特殊調査員】の才能を見出されて急遽修行を始めることになったため、彼も同時に修行を開始と相なった。
妹とは違って今のところ特殊な才能は見出されていないため【特殊調査員】としてのポテンシャルは不明。
祖父である鎮政の影響で鎮政と同レベルの動物好きのため、毎日祖父と一緒に野鳥の観察などをしている。
いつもはおとなしいのだが、こと動物に関してはテンションが上がって大騒ぎする。
当然、魁が帰省している間は雪乃にべったりである。
"赤神 恵魅"
六歳 魁の兄である鎮也の子。双子の妹。
身長一二〇cm。黒い髪を肩より下まで伸ばしている。ややつり目気味の美少女。
どこで覚えたのか、物語に登場するお嬢様のような口調で話す。
同年代の子供よりも精神年齢は高いが、口数が多く騒がしい性格のため、今はまだ子供の範囲内には収まっている。
【特殊調査員】については来るべき時期まで秘匿する予定であったが、付近の低級な【妖】と遊んでいるらしいと判明し、状況が一変。
幸い彼女には【妖】と"交渉"する才能があったため襲われることなく【妖】と穏やかに交流していたが、このままでは危険だと判断。
急遽【特殊調査員】の修行を始めることとなった。
以前から魁のことが大大大大大大大好きで将来は魁のお嫁さんになるつもりだったが、法律で叔父とは結婚できないことを知り、仕方なく結婚は諦めた。
それでも、魁が帰省している間は魁にべったりである。
魁は、二人が【特殊調査員】の修行に入ったと聞いていた。
まだ口止めされているが、そのうち、魁と雪乃の関係を話すことになるだろう。
「やあ。鎮信、恵魅、久しぶり。出迎えありがとう」
「お久しぶりです。
……雪乃ちゃんは、いつも、とってもかわいいね!」
魁へと頭を下げるも、視線は雪乃に釘付けの鎮信。
動物のことになるとテンションが上がる。
「いけませんわ叔父さま……
メグミをそのように気安くお呼びになられては、叔父さまへの未練が――」
頬を染め、伏し目がちに魁を盗み見た恵魅は、衝撃的なものを目にしてしまう。
左手の薬指に嵌められた、銀の指輪である。
「――って、なんですの! その指輪!! メグミ、聞いてませんわよ!?
叔父さまを横取りしやがった"泥棒猫"は一体どこのどいつですの!?
――いいえ、横取りとは言えませんわね。所詮は叶わぬ想い……
それでも、その世界一幸せなソイツのツラァ拝まないと、メグミの気が済みませんわ!!!」
烈火の勢いで魁に詰め寄り、地団太を踏む恵魅。
その問いに応えるようなタイミングで、おずおずと雪乃が一鳴き。
「にゃ、にゃあ……」
雪乃の萎れた様子に、鎮信が恵魅へ苦言。
「恵魅、大きい声を出すなよ。
雪乃ちゃんが、びっくりしてるじゃないか。
ほら、おいでー?」
鎮信が雪乃へ手を伸ばすと、雪乃は魁の肩から鎮信に飛び降りる。
恵魅へ苦笑を返す魁。それから二人に向け、
「まあ、そういう話は後でな? まずは居間に通してくれるか?」
魁の方がこの家で過ごした期間は長いのだが、出迎えてくれた二人に対する礼儀で、案内を頼んだ。
「ぐぬぬ……そうでしたわね…… 叔父さま、こちらへ……」
歯ぎしりをしながらも、道案内をする恵魅。
「やっぱり雪乃ちゃんはかわいいなあ」
雪乃を抱いて撫で回しながら、恵魅に続いて居間へと向かう鎮信。
雪乃は抵抗せず、されるがまま。
――居間には、和服姿で正装した兄夫婦が揃っていた。
「お。魁。来たね」
"赤神 鎮也" 三十五歳 魁の兄。
身長一八三㎝、穏やかな性格で、外見もそれに準じた柔らかな雰囲気を纏う。
次期【赤神神社】の当主となるべく子供の頃から修行をしており、現在は【甲級・特殊調査員】である。
一般人からすると身体能力はトップアスリート級だが、赤神一族の中では平凡なレベル。
他の面々が異常なだけである。
一方、退魔術については既に父鎮政を超えたとも評される程の実力を持つ。
なお、動物については、鎮政や魁とは異なり、嫌いではない、という程度。
「魁君、お疲れ様ー」
"赤神 美佳" 三十三歳
身長一六八cm。明るい性格で、一般的にイメージするような、しっかり主婦業をこなす若奥様。
彼女の実家は、式神を使う術や【妖】と契約して使役したりする術に長けた一族。
娘の恵魅には、この母方の才能が遺伝したと思われる。
美佳自身は【特殊調査員】にならず、魁の母である陽子同様【関係登録者】として家庭のサポートに回っている。
夫の鎮也とは昔から面識があり、見合い結婚である。
ただ、お互い好意を持っていることを周囲が察して見合いさせたので、実質的には恋愛結婚。
「ただいま、兄さん。どうも、美佳さん」
居間の二人へ挨拶を返す。
恵魅は、般若のような表情で魁の指に輝く指輪を睨んでいる。
「恵魅。玄関の方で何か叫んでたみたいだけど、どうかしたのかい?」
鎮也が恵魅へと問いかけると、般若顔のまま、ぬらり、と鎮也の方へ顔を向けた。
「お父様、お母様。知ってましたわよね?」
「ん?」
何に対する言葉なのか、疑問顔の父と母。
「指輪! 叔父さまの! 指輪のことですわ!
知らないはずありませんわよね!?
なぜ教えてくれなかったんですの!?」
「ああ……」
「そうね……」
鎮也と美佳は、それぞれ明後日の方向へ視線を向けて口を濁した。
恵魅が叫んだ理由は判明した。
だが、修業を始めたことを親族会議に通していないため、【特殊調査員】に関係するような内容の話について、まだ詳しいことは言えなかったのだ。
――そして、その親族会議が今日である。
「それはね……
お前たちが修行を始めた件と関係があるから、言えなかったんだ」
適当にごまかしても恵魅は納得しない。
今言えるだけの説明をした。
「私たちの修行と関係……? まさか!?
修行を機に法律を無視して恵魅と叔父さまを添い遂げさせてくれたり――
は、しませんわよね」
一瞬妄想世界へトリップしたが、恵魅は賢過ぎた。
あまりにも現実味がなく、すぐに妄想燃料は枯渇。
恵魅はすぐ正気に戻った。
雪乃を抱いたまま恵魅の様子を見ていた鎮信が、思いついたように呟いた。
「そういえば、雪乃ちゃんも首輪してるよね。今までしてなかったのに。
……叔父さん猫大好きだし、雪乃ちゃんと結婚する、とかだったりしてね。
婚約首輪。あはは」
「……お兄様。法律上、叔父と同じく、動物とも結婚できないんですのよ?
メグミはちゃんと調べましたもの。
それに、それが許されるのであれば、恵魅だって叔父さまと……!」
歯軋りして悔しがる恵魅。
「でも、お互い本当に好きなら……法律とか関係ないと思うけど?」
そっと、雪乃を床に降ろす鎮信。
「それじゃあ、恵魅の愛が足りなかったとでもいいますの!?」
「そうじゃないけど――」
騒ぎ立てる妹の恵魅に、煽るような、なだめるような、そんな言葉で話を逸らす兄の鎮信。
この兄妹は、いつもこんな調子である。
――婚約首輪。
鎮信が何気ない一言で核心を突くのも、いつものことである。
鎮信と恵魅が口論を始めたので、魁は鎮也と話す機会を得た。
二人の子供達には、雪乃との関係を告げないよう注意されていた。
鎮也に向け、"やっぱり、この子達には言ってないんだね?"
という表情を向ける魁。
魁に向けて頷く鎮也。
更に頷き返す魁。
「――で、父さんと母さんは?」
「奥の座敷で、親戚一同の相手してるよ。
今日は色々あるからね。魁も行くかい?」
「いや、俺は……
会議が終わった後、宴会の時にでも挨拶して回るかな」
「会議の後だと、自分から回らなくても、向こうからお前のところに集まってくるんじゃないか?」
「え? 俺のところに? なんでだ?
え、"乙級"取得の件か? あれって、結構重要な資格だったのか?」
「いや、"乙級"より……まあ、いいか。
魁は昔から、ちょっと変わってたしね」
緩く頷く鎮也。
「――さて。
親戚が揃ったら、会議が始まるよ。
お前も紋服に着替えてくるといい」
鎮也は腕を広げ、自分の服装を見せる。
「紋服は魁君の部屋に出してあるけど、着るのに手伝いが必要かしら?」
美佳が合いの手を入れる。
「いえ、大丈夫ですよ。和服の着付け仕込まれましたんで。
まあ……今のところ、家から出て、役に立ったことは無いですけどね」
和服は杖術の稽古でも着るし、別途教えられているので、問題ない。
魁が居間を出ると、口論を続けたまま鎮信と恵魅もついてきたが、
「あなた達も準備があるのよ。こっちにいらっしゃい」
鎮信と恵魅は、美佳に呼び止められた。
続けて、魁へ、
「あ、魁君。雪乃ちゃんは、こっちでお世話するわね?」
との言葉。鎮信と恵魅が雪乃と遊ぶのだろうと解釈した。
「はい。じゃあまた後でな、雪乃」
「にゃ~」
美佳の申し出を承諾し、魁は居間を後にした。
◆◆◆
――それから一時間後。
五十人以上の親族が一堂に会する親族会議が始まった。
奥の大広間に加え、周りの部屋との襖を取り払って数部屋を繋げた大部屋だったが、それでもかなり窮屈だ。
親族会議では、議題のある者が発言し、親族一堂に意見を募る。
一番の上座で進行を務めるのは、赤神家当主で魁の父、鎮政である。
鎮信と恵魅が修行を開始する件や、魁が【特殊調査員】の資格を取得した件も取り上げられた。
その他にも幾つか議題が上がり、しばらく話し合いが行われたりもした。
そうして会議は滞りなく進行し、二時間程で終了した。
――いつもなら、会議が終わるとすぐに宴会の準備が始まるのだが――
今回は何故か、皆移動を始めた。
皆どこへ?
疑問符を浮かべて立ち尽くす魁に、親戚の老人が声をかけてきた。
「いやあ、めでたいねえ。将来どうするつもりかと思っていたんだけどねえ。
蒐ちゃんもだけど、本家の第二子は、やることが派手だねえ!」
魁の手を強く握り、打ち振ってから、老人は去っていった。
まだ状況が理解できない魁。
状況が把握できずにぼんやりしていると、皆の姿は消えていた。
皆がどこへ行ったかもわからないので、魁はとりあえず居間へと移動した。
魁が居間に入ると、先に蒐が来ていた。
蒐は、魁を見て少々不審そうな表情を見せる。
「なんだ、トイレかい? すぐ始まるんだから、さっさと済ませて早く本殿の社務所に行きな。さあ、急いだ急いだ」
「始まるって、何が――」
状況を聞こうと思ったのだが、質問する間もなく居間を追い立てられた。
蒐に話を聞くのは諦め、言われた通り母屋を出て本殿の方へ向かう。
と、途中の道で巨大な影に遭遇した。
毛むくじゃらであれば雪男かと思うところだが――
生憎、毛は無かった。
「あれ、轟さん? 実家に来るのは珍しいですね?
しかもこんな年末に…… 今日来るよう言われたんですか?」
「ああ、そうだ。つうか、何言ってんだ? 今日以外に来ても意味ねえだろ?」
「意味ない……んですか? とりあえず、蒐さんは母屋の居間に居ますよ」
「おう、そうか。わかった。じゃあ、また後でな」
そう言い残し、轟は荷物を手に、居間の方へ去っていった。
「轟さんも何か理由があって来たみたいだけど……
今日、一体何があるんだ……?」
親族会議は既に終わっている。
今日何があるのか、魁には何も心当たりが無い。
そもそも、自分には何も知らされていないのも腑に落ちない。
数日前に雪乃とのことを相談したいと実家に電話をしたときも、母、陽子は何も言っていなかった。
「仕方ないな…… じゃあ、指示通り社務所に行くか……」
本殿と本殿の社務所は、敷地内にあるが別の建物だ。
玄関には、親族の履物が一つもなかった。
「皆、母屋から出てるってことは、本殿の方か……」
何か祭事でもあったかと考えたが、やはり何も聞いていないし、心当たりもない。
悩んでも仕方がないので、蒐の指示通り社務所へ向かった。
◆◆◆
――社務所の玄関には、女性ものの靴が二足あった。
「誰か、居るみたいだな?」
玄関からは何も見えない。
魁は社務所に入り、まずは事務室へ向かった。
社務所内で何か作業が行われている様子は無く、特に物音は聞こえてこない。
魁が履いているスリッパの音だけが、パタパタと廊下に響く。
短い廊下を進み、事務室の前までやってきた。
ノックをしたが返事は無い。
「失礼します」
扉を開けて中に入ってみたが、事務室には誰も居なかった。
暖房も入っておらず、今日はここを使っていないようだ。
「……じゃあ、作業室か?」
作業室は、本殿で"お祓い"を受ける客人が、各種準備をしたりする待機所のような場所である。
事務室から出て玄関を通り、建物の反対側へ。
長い廊下の途中、右手側に作業室があり、そのまま進むと本殿に行くことができる。
作業室側へ来てみたが、やはり物音は―― した。
内容は聞き取れなかったが、興奮した母陽子の素っ頓狂な叫び声が、作業室から響いてきた。
「な、何やってるんだ、母さんは……」
魁は足早に作業室へ。
あれから陽子の声は聞こえて来ない。
「母さん、入るよ?」
靴の数からして、母の他にも女性がもう一人居るはずである。
一応声を掛けてから作業室の扉を開くと、陽子と兄嫁の美佳の姿があった。
「母さん、さっき何か騒いでなかった?
あと、蒐さんに社務所行けって言われたんだけど――」
二人に歩み寄りながら問いかけたところで、部屋の奥に誰かもう一人居ることに気が付いた。
玄関にあった靴の数からして、作業室には二人だけだと思っていたのだが。
「あれ? 二人だけじゃなかった――」
奥の方に視線を向けると、その人物は突然立ち上がった。
よく見れば、その人物は純白で美しい着物姿。
そして、勢いよく振り向いたその人物は――
「魁! 式のことは相談して決めるって言ってたじゃない!
相談なしで決まったのはいいとしてさ!
今日結婚式だって、なんで教えてくれなかったの!?
嬉しいけど、こ、心の準備が! うわああああああ!!!」
白無垢姿の雪乃だった。
しかも少々パニック状態らしい。
魁へ非難の言葉を浴びせながら、ずいずいずい、と詰め寄って来た。
「……けっこん、しき……?」
一体何が起きているのやら。
理解不能。
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