【⑦-4/4】【31】今日は魚で明日は肉!
警官を見送り、来客用テーブルの上のコーヒーカップを片付ける魁。
「巡査長ってのは、前に来た中年警官のことだろうな。
さっきの警官に、この辺を勉強させようとしたのかな?」
給湯室でカップを洗いながら、呟く魁。
手早くカップを洗い終えて時計を見ると、もう六時だった。
「商店街に行って、色々受け取ってこないとな……」
十二月に入った今、外は既に日が落ちている時間だ。
近くとはいえ、これから買い物に出ると考えると、気が重い。
重くなった気を支えきれず、来客用ソファーに沈み込む魁。
雪乃は先週から猫又の里に行っていて不在。
習得したい術があると言っていた。
「雪乃を吸えてないからか……
最近はなんだか、疲れが抜けない気がする……
……雪乃、雪乃、ああ雪乃――
雪乃吸いたい雪乃吸いたい雪乃吸いたい――
雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃――
ゆきのゆきのゆきのゆきのゆきのゆきのゆきの――」
ソファーの背もたれに体を預けてぐったりしたまま、虚ろな眼差しで呪文のように繰り返す魁。
「……ゆ~き~のおおおおおおーーー!」
もやもやとしたものが溜まっていた魁は、思わず叫んでいた。
「にゃー?」
雪乃の返事?
跳ね起きる魁。幻聴か?
否。三階へ向かう扉の猫用通路から、白い天使が、しゅるりと現れた。
「にゃー!」
「雪乃! 帰ってきたのか!」
「にゃー!」
文字通り目にも留まらぬ速さで駆け寄り、両手を広げた魁の胸へ飛び込む雪乃。
そのまま、激しく顔を擦り付ける。
「ああ……雪乃……おかえり……」
魁も、雪乃を強く抱く。
そして、猫の雪乃と熱い口づけを交わした。
無論、これも監視カメラに記録されている。
「にゃん……」
雪乃は、うっとりと魁に身を委ねる。
ソファーの上に寝転んで、お互いの存在を確かめ合う二人。
このまま雪乃を吸い尽くしてしまいたいところだが――
まだ六時過ぎ。
「……そうだ、修業は上手くいったのか?」
雪乃を堪能した魁は、雪乃の頭を撫でながら修業の首尾を問う。
「にゃん!」
頷く雪乃。小さな前足で、ふにゅりとガッツポーズ。
「そうか、よかったな。それで、何を覚えて来たんだ?」
胸の上に雪乃を座らせ、問う。
雪乃はツンと横を向き、一声。
「にゃ~ぬ」
その答えに、おや? と、疑問符を浮かべる魁。
「秘密なのか?」
横を向いたまま片目でちらりと魁を見て、また閉じた。再び一声。
「にゃ~ぬ」
答えは変わらず、秘密らしい。
「そう……か……」
多くは語らず、心底悲しげに、雪乃から視線を外す魁。
「にゃ!? にゃにゃ!」
雪乃は、慌てて前足激しく動かして弁明をする。
慌てる様子に、雪乃をぎゅっと抱いて笑う魁。
「はは。冗談だ。何か理由があるって、わかってるよ」
前足を前に出したまま硬直し、大きく目を見開く雪乃。
ぽかーんと、口も開いている。
驚きの後、ゆっくりと目を細め、静かに右前足を頭上に掲げて――
「にゃ~ に゛ゃっ!」
魁の額に、少し強めの猫パンチが繰り出された。
「いてて……悪かったよ。
雪乃が帰ってきたのが嬉しくて、ちょっと舞い上がってたんだ」
猫パンチは止めたが、依然としてツンとした表情で細めた目のまま。
少し横を向き、横目でじっと魁を見る雪乃。
「頼むよ~ 許してくれよ~……」
雪乃の背中を撫でながら、許しを請う魁。
雪乃が魁を見る表情はそのままだが……二本の尻尾は素直だった。
次第に、背を撫でる魁の腕へと絡みつき始める。
「にゃ……!」
数週間ぶりの魁です。
我慢するなんて、雪乃には無理なんです。
限界なんです。
「にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~」
魁の首元に顔を埋め、激しく体を擦り付け始める雪乃。
「許してくれるか? ありがとうな」
魁は愛を込めてゆっくりと雪乃の背を撫で、雪乃はうっとりと魁に身を任せる。
見上げた雪乃の瞳が、潤み始めていた。
――まだ六時過ぎだ。夜まで、夜まで、が ま ん だ ぞ。
口を開くと忍耐力が逃げて行きそうなので、歯を食いしばったまま、目で語る。
それは雪乃にも伝わったらしい。
ギギギギギ、と、軋む音が聞こえてきそうな動きで、頷く雪乃。
魁の胸に前脚を突っ張って、少し距離を取った。
――気を紛らわせるため、食べ物の話を持ち出す。
「そうだ、雪乃! 今日はカツオだぞ!
徳さんが格安でカツオを流してくれるんだ!
雪乃のお帰りパーティーだな!」
「にゃー!」
魁の顔を見上げ、喜ぶ雪乃。
雪乃も必死で意識を食べ物の方へ向けようと努力する。
「しかも、丸さんがいい肉をくれるんだ!
それは明日食べような!」
「にゃにゃ!!」
肉もあるのかと大喜びの雪乃。
両方の前足を上げ、バンザイ!
二本足で立ち上がった状態だ。
普通に嬉しかったので、上手く気が紛れた。
「あと、カツオの燻製も作るぞ!
それも少しずつ食べような!」
「にゃにゃにゃ!?」
怒涛のごちそうラッシュ!
「にゃ、にゃぁぁぁ……」
雪乃は立ち上がってバンザイしたまま、衝撃に打ち震えていた。
「刺身もいいが、タタキも作ってみるかー?」
バンザイした雪乃の前足を左右交互に押す魁。
「にゃ! にゃ! にゃ! にゃ!」
押してくる魁の手に合わせて猫パンチを繰り出す雪乃。
連続ハイタッチ。
「よーし、じゃあ、品物を受け取って、夕食の準備だ! 急いで支度しないとな!」
最後に、雪乃の両前足をぎゅっと掴んで、離す。
「にゃーん!」
バンザイをやめ、魁から離れる。
そして、三階に向かう扉へ駆け出す雪乃。
猫用の扉へ姿を消すと、すぐに人間用の扉が開いて獣人の雪乃が顔を出した。
「私は食器とかスープとかの準備!
魁がカツオを切ったら、すぐ食べられるようにしとくからね!
魁は商店街で材料調達だよ!
はい、ミッション、スタート!」
雪乃は元気にミッション開始を告げ、すぐに顔を引っ込めた。
扉が閉まる音が響いた頃には、そこに雪乃の気配は無かった。
足音さえしなかったが、全速力で三階へ上っていったようだ。
魁は、仕事用のジャケットとベストを来客用ソファーの上に投げ出し、給湯室からエコバックを取ってくる。
「りょーかーいっ」
雪乃に聞こえているか怪しいものだが、天井に向けて承諾の意を表明する。
雪乃が帰ってきたとあれば、疲労も吹き飛ぶというものだ。
魁は、軽快な足取りで商店街へ向かうのであった。
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