【⑦-3/4】【30】隣室の映像
「鈴木氏の告発と一致する部分はあるようですが……
実際に告発通りの犯罪行為があったのか……
詳しい話をお聞かせいただきたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、問題ありませんよ。手早く進めましょう」
魁の同意を得て、若い警官は頷く。
今の映像で気になる部分をメモしていたらしく、手帳を見ながら映像について質問を始めた。
「鈴木氏の言っていた、黒人の麻薬密売人というのは、最初の黒人男性の事だと思いますが……
会話の内容を信じるなら、どうやら麻薬とは関係ないようですね」
若い警官は英語の会話内容を理解していたため、ひとまず問題無いと判断した。
魁は簡単に状況を説明する。
「あの方は、商店街にあるスパイスショップのオーナーで、ボブさんです。
商店街には、まともに英語を話せる方が居ないので、よく相談に来るんですよ。
その関係で、ボブさんからは"アニキ"と呼ばれてます。私の方が年下なんですけどね。
――今回は相談ではなく、私が注文していたスパイスと調味料のサンプルを持ってきてくれました。 彼には、商店街に行けば会えますよ」
魁は、若い警官の前に三つの小袋を置いた。
「結晶は岩塩、黒い塊は黒糖、粉末はスパイスです」
若い警官は、小袋を手に取って眺めてから、テーブルに小袋を置いた。
「少なくとも、一般的な違法薬物の外見とは違うようですね。
粉末のスパイスは何だかわかりませんが、他二つは正に、岩塩と黒糖に見えます。
……とりあえず、この件はこのくらいでいいでしょう」
魁を見ながら頷いて、若い警官は手帳をめくった。
「次の供述にある、隻眼の殺し屋……
鈴木氏が、大袈裟に言っているのかと思っていましたが……
鋭利な刃物で切られたような……
予想より凄い傷でしたね……
念のため確認しますが……
本当に犯罪と関わりない方ですか?」
一般人の外見から逸脱した隻眼の男の外見と、隣の部屋から聞こえてきた怪しげな会話の内容。
若い警官は、やや疑いを持ったようだ。
「当然です。何も、やましいところはありませんよ。
そうだ。隣の部屋の映像もありますので、見ていただければ疑いは晴れるかと思います」
「隣の部屋にもカメラが? 用意周到ですね」
「仕事柄、色々証拠を残しておく必要があったりするんですよ。
実際、役に立ったでしょう?」
苦笑交じりでいうと、魁は隣の部屋の再生を開始した。
<<<<<監視カメラ映像 隣の部屋 隻眼の殺し屋? 再生>>>>>
隣の部屋はモーションセンサーカメラらしく、魁と隻眼の男が入室したところから動画が始まった。
『……事務所に居たヤツ、ほっといていいのか?』
『構いません。依頼者ではないので』
『ああ、たまに来るっていう、クレーマーか?』
『そんな感じです。 ……それで、何か問題でも起きましたか?』
『いや、今回は相談じゃねえ。売り込みだ』
『あ、そうですか。今回は何を獲ったんですか?』
『今回の"ターゲット"はカツオだ。もう時期外れだからな。最後の戻りカツオだぜ?』
『ああ、いいですねえ。買いましょう。刺身とタタキにするので、生で四人前くらい欲しいですね』
『お、ありがとよ。 ……ときに、相談なんだが……今回は大漁過ぎて、"始末"しきれねえんだ。安くすっから、もうちょい買ってくんねえか?』
『いやあ……俺と雪乃だけですし、そんなに量は―― ……あ、いえ。やってみたい事があるので、やっぱり、追加で何本分か買いましょう』
『お? 何本もか? そいつはありがてえ。加工品でも作んのかい?』
『ええ。"なまり"節を作ってみようかと。"いつかやろうと思っていたので、丁度良かったです"』
『ほお? 燻製か。確かに、でかいカツオの身が必要だし、丁度いい機会かもな』
『はい。大きさは、半身……を半分にしたくらいで、冷凍したものをお願いします』
『おう、わかった。用意しとくぜ。あと、毎度のことで悪いが、"支払いは現金で"な。電子マネーとか、手数料がバカ高くていけねえ』
隻眼の男が部屋を出て行き、続いて魁が部屋を出る。
隣室の映像は、そこで終わった。
<<<<<監視カメラ映像 隣の部屋 殺し屋? 終了>>>>>
「どうやら、カツオを売りに来ていたようですが……漁師の方……ですか?」
「あの方は、商店街にある"魚徳"さんの店主で、自分で漁に出ることもあります。漁師兼、魚屋、ですね。
高く売れる魚は高級料理店なんかに卸して、残りの魚は普通に店舗で売るらしいです。
冷蔵技術が発達してますし、多少海から遠くても、あまり関係ないみたいですよ。
もちろん、商店街に行けば会えます。
私も後で、カツオを買いに行きますし」
なるほどな、といった様子で、興味深そうに頷く若い警官。
「ところで、あの、物凄い傷……どういった傷なのか、ご存じですか?」
「ああ、あの傷は、"釣り上げたカジキが暴れて、そいつにスッパリやられた"と言ってましたね」
「カ、カジキ、ですか? それは意外な理由ですね……」
「ちなみに、今日は左目を閉じていましたが、いつもは開いていますよ。
たまに傷が痛むそうで、閉じていることもあります。
今日は、ちょっと痛かったんでしょうね」
「あ、左目は無事なんですか? では、隻眼でもない……?」
驚きの事実に、若い警官は目を丸くした。
「そういうことになりますね」
頷く魁。
「……どうやら、あの方はただの魚屋さんのようですね……では、次に行きましょう……」
若い警官は、やや疲れた様子で額に手を当てた。
「――次の確認事項は、あのエプロン姿の方についてですが……」
エプロン男の言動から、狂気を感じなくもないような気がした。
だが先程の魚屋さんのように、おそらくは単なる個性的な一般人なのだろう。
「とりあえず、種明かしから、お願いします」
既に、疑うというより、実際はどういった人物なのか確認する作業になっていた。
軽く頷き、魁は隣室の映像を再生した。
<<<<<監視カメラ映像 隣の部屋 人喰い死体処理業者? 開始>>>>>
先程の魚屋と同じく、部屋に入ったところから映像が始まる。
『"人間を"見て、大っぴらに"美味そう"とか不味そうとか言うのは、"控えた方が"いいと思いますよ……』
『"え~? 思ったこと言ってるだけだよ~ アハハハハハハ!"』
発言をたしなめる魁に対し、けたたましく笑うエプロン男。
狂気を感じざるを得ない笑い声にも、魁は動じない。
『そんなことより~
いい肉が入ったんだよ~
みんなに声掛けて回ってるんだ~
寒くなってきたし、おすすめはしゃぶ!
しゃぶしゃぶだよ~』
『毎度のことでありがたいんですが……
確か先週も、その前の週も貰いましたよね?
しかも、かなりいい肉を。
こう頻繁に高級な商品を配って、大丈夫なんですか……?』
『あれ~? 赤神さんに言ってなかったっけ~?
商店街の肉屋は趣味でやってる店だから、赤字でもいいんだよ~
ボクの本業は肉のバイヤーさ~
いい肉を仕入れて、欲しい人に渡す仕事~
みんなに配ってる肉も、ついでに仕入れたB級品だから安いんだ~
量が中途半端だとか、外装に傷がついたとか、品質以外の理由で"流通しないやつね~ アハハハハハハ!"
"魚の餌"として"処分"するのはもったいないからね~ "おいしく食べちゃおう"ってわけ~ "アハハハハハハッ!"』
『あ、そうなんですか。そういうことなら……
あまり気にせず、いただきますね』
『そうしてくれると、ボクも嬉しいよ~
みんなで美味しい肉食べようね~』
『はい、ありがとうございます』
『じゃあ、後で取りに来てね~』
エプロン男こと、商店街の肉屋は部屋から出て行き、続いて魁も部屋を出たところで、隣室の映像は終了した。
<<<<<監視カメラ映像 隣の部屋 人喰い死体処理業者? 終了>>>>>
若い警官が黙ったままなので、魁は説明を始めた。
「彼は商店街にある"肉の丸安"さんの店主です。
映像の通り、私もつい先程知りましたが、本業は肉のバイヤーのようです。
それと、私は後で肉を貰いに行く予定です」
「人喰い死体処理業者というのは、この方のことでしょうね……」
「言動や笑い方が特殊なので……誤解されやすいとは思います。
私も以前、"脂身の少ないフィレ肉みたいで凄く美味しそう"と言われました。
ありがとう、でもないでしょうし、どう返すべきか悩みましたが……
とりあえず、笑っておきました。
悪意は無いので……まあ……何事も、慣れですね……」
魁は、若い警官へ苦笑を向けた。
「そ、そうですか……」
若い警官も、魁へ苦笑を返す。
事務所内に流れる、何とも言えない空気。
「次……次に行きましょう!」
一応勤務時間中であり、聞き取り中であることを思い出した若い警官。
肉屋の話を打ち切って話を進めた。
「宅配業者と出前配達が来た際、鈴木氏が見せた奇妙な動き……
その場に居たワケですが、貴方としては、どうお考えですか?」
映像から鈴木の精神状態を分析していた若い警官は、魁にも意見を求める。
既に、魁と鈴木に対する調査ではなく、映像作品の考察を話し合っているような雰囲気である。
「いやあ……よくわかりませんね。
何やってんだ、この人、って程度の認識しか。
もう、どうでもいい存在と認識してましたからね……」
魁は、鈴木の奇行についての解像度が低かった。
「そうだ。電話の内容も録音してますので、再生できますよ?」
「ああ……では、念のため聞いておきましょうか……」
今までの怪しげな会話と異なり、この電話は予想がつく。
だが、証拠は一通り確認する必要があるだろう。
魁は頷き、パソコンを操作する。
部屋に設置されたスピーカーから、コール音が流れ出した。
<<<<<電話の録音 武器密売? 開始>>>>>
『はぁい。加藤豆腐店です~』
『どうも。赤神です。 すぐ使いそうなので、一丁いただけますか?』
『あら赤神さん。今日はお鍋?』
『いえ、しゃぶを勧められまして』
『あら。そっちにも、丸さん行ったのね? いつもいいお肉貰えてありがたいんだけど、あんなに商品配って大丈夫なのかしらねえ?』
『今日知ったんですけど、バイヤーが本業らしいですよ。そんなわけで、仲間内に配る程度は大したことないそうです』
『あらそうなの? なら遠慮なく貰っちゃおうかしらね。あ、そうそう、お豆腐だったわね。お豆腐は一丁、一八〇万円よ~』
『はは。では、二百万あれば足りますね?』
『ええ、それで足りるわよ~。じゃあ待ってるわね~。店が閉まってたら、裏の事務所に来てちょうだいね~?』
『わかりました。裏ですね。ありがとうございます。それでは、また後ほど』
<<<<<電話の録音 武器密売? 終了>>>>>
電話が切れ、録音の再生が停止した。
「電話の相手は、商店街の"加藤豆腐店"さんです。 あの方は、個性的な話術を用いる方で――」
魁が若い警官を見ると、小さく何度か頷いていた。
「電話の内容は、予想の範囲内でした。この会話は問題ありません」
若い警官は続ける。
「巡査長から、今回の件は特に問題ない―― という判断を聞いていたので、鈴木氏の行動が滑稽に見えますが……何の予備知識もなく一連の出来事に遭遇したら、勘違いしても仕方ないでしょうね。
おそらく鈴木氏の奇行は、蓄積した恐怖が限界に達して、その影響による被害妄想が原因の幻覚の類でしょう」
魁は、若い警官が述べる見解を聞きながら明かりを点け、
「問題は無さそうですか?」
その後、ブラインドを上げながら問う。
「ええ、問題は無いでしょう。
そもそも、巡査長は今回の件、問題ないと判断したのです。
いつものことだと。
ですが、赤神さんへの告発に居合わせたのが初めてだったもので……
私が、その判断に疑いを持ちましてね。
その疑念を感じ取ったのか、巡査長が私に調査の指示を出してくれまして。
こちらに伺った次第です。
調査の結果、一連の出来事について表裏を見たわけですが……
商店街を回って観察してから帰って来るように指示された理由がわかりましたよ。
怪しげな人物は全員商店街の住人ですからね……
そりゃあ、問題ないと判断しますよ」
魁の問いに答えながら立ち上がり、事務所の出入口へ向かう若い警官。
「ご協力ありがとうございました」
軽く頭を下げる若い警官。
「いえ。お疲れ様です。警察も大変ですね。
……また同じようなことが起きると思いますが、今後の聞き取り調査も、できれば営業時間外でお願いします」
魁も頭を下げて応じる。
「わかりました。
明らかな事件性が無ければ、できるだけ配慮はします。
それでは、失礼します」
頭を下げて若い警官を見送る魁。
若い警官が事務所から出ていき、ゆっくりと扉が閉じられた。




