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【⑥-2/4】【25】 【✟暗黒微笑✟】


「いただきまーす!」

 それは、真除《まさはら》が箸を持つのと同時だった。


「やあ。"乙級"の試験で、同じクラスだった子だよね?」


 食事を前にして、にっこり微笑んでいた真除。

 突然話しかけられ、一瞬激しく動揺した様子を見せたが――


「あっ、あっ、あっ………… あら、貴方は。

 そう、そのようね。外部記憶媒体に、記録が残っていたわ」


 次の瞬間、その微笑みは 【✟暗黒微笑✟】 へと変化した。


「外部……うん?」

 突然の意味不明な単語に、戸惑いを隠せない魁《かい》。


 テーブルの上の黒猫は、正に今"猫用A定食"に舌を付けるところだった。

 そのため、真除へ注意を促すことができなかった。


「にゃあ!(お嬢! "それ"から抜けようって、今さっき話したばかりだろう!)」


 黒猫の言葉に、大きく目を見開き、ビクリと震える真除。


 真除の表情は、意図せずこの世の真理に触れてしまった……

 そんな様子に見えなくもない――


(ああああああやっちゃったよおおおお!

 ああ……手が震えて箸が持てない……)


 テーブルの上に転がる箸。


「なんですって、チャールズ!?

 そんな……まだ時間はあるはずなのに……!」


 右腕の手首を掴み、懸命に抑えるような様子を見せる真除。


「鎮まりなさい、私の右腕よ……私にはまだ、やることがあるの!」


 その様子に、ため息交じりに肩を落とす黒猫は、

「ナゴ ナァゴ」

 雪乃《ゆきの》に向かって、先程とは違った鳴き声を上げた。


 魁《かい》の首に巻きついていた雪乃は耳を動かし、

「ニャゴ ニャア」

 こちらも、普段とは違った、動物の間で会話する際の鳴き声で応え、黒猫に向かって頷いた。


 黒猫は、雪乃の言葉に驚いたような素振りを見せる。

 そして、慌てた様子で続けた。

「ナァゴナーゴ ナーゴ ナァン ナァナァゴ……」

 そして最後にぺこりと頭を下げた。


 雪乃は、また一つ頷く。そして、魁に向けていつもの鳴き声を上げた。

「にゃあ~ にゃっ」



 魁は、この試験の面接で初めて知ったことがある。

 自分の使い魔とは話せても、他人が使役している使い魔の言葉は理解できない、という事実だ。

 魁は動物と話す雪乃の言葉が理解できないので、それと同じような理屈なのだと解釈している。



 黒猫の言葉は、雪乃が魁へと伝えてくれた。


 彼女は"中二病"という精神疾患に侵されていること。

 "乙級"に続き、今日【人外管理者資格】を取得したのを機に、その病と戦うことに決めたこと。

 とはいえ、突然魁が話しかけたことで咄嗟《とっさ》に発病してしまい、パニックに陥《おちい》って箸が持てないほど動揺していること。

 そして、自分が通訳するから、できれば温かく見守りながら会話を続け、闘病に付き合ってくれないか――


 という申し出だった。


「なるほど。さっきの外部なんとかは、そういうことか。

 わかった。手伝うよ。その子が翻訳してくれるみたいだからね。

 ……名前はチャールズ、だったかな?」


 魁は頷いて承諾の意を伝え、通訳となる黒猫の名前を問う。


 その答えは、少女の口から紡ぎ出された。


「そう。チャールズ。彼の名前はチャールズ=ボウルガード。

 前世は私を守る騎士《ナイト》だったの。

 ヴァンパイアである私を救うため、自らその命を捧げてくれたわ……」


(ああああああくろすけええええわたしはどうすればいいのおおおおおなにがなんだかわからないよおおおおお)


「ニャゴ」「にゃあ」


 くろすけ~雪乃ラインで、名前は"くろすけ"であることが魁へ伝えられた。


 また、"いつもはもう少しおとなしいのですが、非常に取り乱しているため、しばらくこのノリでお届けします" とのことだった。


「ボウルガード……ヴァンパイア……」


 真除の口にした名前を呟いてから、まだ少女の名前を聞いていないことに気付いた。

 あくまで少女を刺激しないよう、会話を続けることにする。


「俺は"赤神《あかがみ》 魁《かい》"。

 この子は雪乃《ゆきの》。よろしくね。チャールズ君。

 ……さあ、ごはんが冷めてしまうし、食べながらにしよう。

 ラーメンがのびてしまうよ、ミス・デュドネ――」


 魁は椅子に座り、自分のハンバーグ定食をテーブルに置く。

 これは"人間用B定食"だ。

 付け合わせに少量フライドポテトと人参のグラッセが乗っている。


 続けて、雪乃が食べる食事の用意も始めていた。



 ――魁は"中二病"についての知識が殆ど無い。


 ――故に"中二病"の地雷が何なのかを知らない。


 先程魁は、元ネタと思われる作品を知っている、と仄《ほの》めかした。

 ある程度の年齢になれば、同じ作品を読んでいる仲間だと歓迎できるだろう。

 実際、魁はそのような意図でその名を口にしたのだが、今正に"中二病"を発症している真除にとって、これは悪手である。



(今、デュドネって!!!

 このひとしってるううう!

 元ネタしってるううう!!!

 あああああ!!!

 許して!!!

 助けてえええええ!!!)


 一方の真除は、顔を真っ赤にしつつ涙を堪《こら》え、震えながらテーブルに転がる箸を探っていたが――


 次の瞬間、

「うっ……」

 と、突然頭を後ろに倒して全身の体重を椅子の背凭(もた)れに預け、電源が切れたように脱力する真除。


 真除の様子に驚く魁。

「だ、大丈夫かい!?」


「ニャ ニャゴ……」「にゃ にゃあ……」

 雪乃から伝えられたくろすけの言葉は、魁にとって意外なものだった。


「ブラックアウト……? 時々ある、んだね……?」

 くろすけが、魁へ頷く。


 そして、彼女の名前は"真除《まさはら》 伸子《のぶこ》"。

 その名前で呼んでやってくれと。

 自分のことも"くろすけ"と呼んでくれていいと。

 どうか、これ以上この子の傷口を抉《えぐ》らないでくれと……


「気に入らなかった、というか余計なことだったか……

 ごめんよ。悪いことをしたね……」


 魁は、雪乃の昼食を準備しながら、これは予想以上に難しいミッションであることを悟った。


 魁が謝罪の言葉を口にする傍《かたわ》ら、真除がゆっくりと体を起こし始める。

 まずは体を完全に起こし、それから後ろに倒していた頭を最後に起こした。


 おそらくアンドロイドの再起動などをイメージした動きなのだろう。

 これを口に出すと、また真除はブラックアウトしてしまいそうだが。


「再起動完了。CPU使用率、三八%。

 オーバークロックは解消されました。

 通常モードに移行します」


 再起動メッセージを口にする真除。

 まだ少しぼんやりとした表情のままだったが、どうにか落ち着いたらしい。


 のろのろと箸を掴み、ラーメンを食べ始めた。


 真除は麺をすすらず、もくもくと唇で麺をたぐり寄せて食べる。


「私の第七感《セブンセンシズ》にも困ったものね。

 全ては無に帰す運命。

 私は些末《さまつ》な塵芥《ちりあくた》に過ぎないというのに、熱暴走してしまうなんて……」


「ニャゴァ」「にゃん」

 魁への謝罪と、悪いのは自分だから気にしなくていい、といった意味の言葉らしい。


 普通に話すのはまだハードルが高いらしい。

 "通常モード"でも、その"中二言語(?)"はそのままだった。


 その辺についても先程くろすけから説明があったので、魁はそこに触れることはしない。


 雪乃の食事が用意できたので、魁と雪乃も食事を始めた。


「食後に"ちゅーる"があるからな。

 ……くろ、すけ、君も食べるかい?」


 くろすけは、がくがくと激しく頷く。

 やはり、"ちゅーる"は猫にとって共通の好物らしい。


「にゃおん(お嬢、このニーサンできるヤツだぞ。あの娘の飯は持参で、"ちゅーる"まで備えてる)」


「……わたしは未熟な錬金術師。

 黄金、ホムンクルス、エリクサー……この手には何も掴めやしないの」


「にゃう(小遣いは少ないし、料理も苦手だもんな。責めてるわけじゃないから、気にするな)」


 真除は天井を見上げ、遠い目をしていた。


 くろすけは、このやり取りを通訳しなかった。

 だが魁は、なんとなくのニュアンスを理解できた気がした。



 正確な内容はくろすけが通訳してくれるが、くろすけに話しかけるより、真除自身に話しかけた方が訓練になるかと考えた魁。

 あまり突っ込んだ内容にならないよう細心の注意を払い、話を振った。


「そう言えば"乙級"試験のときのランク。

 俺は"A"だったけど、確か"AAA+"だったよね?

 まだ高校生だと思うけど、真除さんは凄いね」


 とりあえずはこの辺から手を付けてみることにした。

 猫に関しては、身近過ぎる話題なので地雷が隠れている可能性もある。

 ひとまず回避した。


「あら、そうだったかしら。

 大したことのない記憶は外部記憶媒体に送っているの。

 すぐには思い出せないわね」


 などと言っているが、褒められて嬉しいらしい。

 口元が緩むのを我慢するように、ひくひくと動いている。


 くろすけは、魁の対応と真除の様子を観察していた。

 そして、おもむろに口を開く。


「にゃ……にゃあ?(お嬢……このニーサンは、大人で、いい奴だ。ちょっと話すのがつっかえたり、どもったりしても、笑ったりしないで最後まで聞いてくれると思う。"それ"をやめて、普通に喋るのをがんばってみないか?)」


 くろすけの言葉に、真除は俯き、じっと考え込んだ。

「ニャゴニャゴ」「にゃんにゃる」

 魁の人柄を見込んで、普通に話す練習してみるよう諭したとのこと。

 重ねて、どうか、笑ったり、急かしたりは、しないでほしいと。


 魁は無言で頷く。

 雪乃も、食事をストップして頷いた。


 こちらが注目しているとプレッシャーになるかと、静かに食事を再開する魁と雪乃。


 ぎこちなく顔を上げた真除の面上に【✟暗黒微笑✟】は無く、不安と緊張の入り混じった少女がそこに在った。


「あか、あか、がみさん……

 あの、あの……その……

 えっと……えっと……」


 たどたどしく、魁に向かって声を掛ける。


「…………………………」


 魁は口を挟まず、柔らかな眼差しで真除の言葉を待つ。


 黙ってしまうようなら相槌を打とうかとも思ったが、懸命に言葉を繋げている以上、口は出さない。


「わ、わたし、真除《まさはら》、のぶ、伸子《のぶこ》、です。

 ……この、この子は、この子は"くろすけ"、です。

 よ、よろしくお願いします!

 ありが、ありがとう!」


 言い切ってから、ぺこりと頭を下げた。


「真除さんだね? 俺は"赤神《あかがみ》 魁《かい》"。

 この子は"雪乃《ゆきの》"だよ。

 改めて、よろしくね」


「にゃあ」


 真除に合わせ、魁も改めて自己紹介する。



 ――それからの真除は、緊張でつっかえたり言い直したりしながら会話に挑み、食事を続けた。


 おそらくは、訓練として大いに役立った事だろう。



 ――食事も終わって"ちゅーる"の時間がやってきた。


「はい、"ちゅーる"だよ。くろすけ君にあげてね」

 真除に"ちゅーる"を手渡す魁。


「あ、あり、がとう、ござい、ます……」

 縮こまりながら"ちゅーる"を受け取る真除。


「にゃあー(お嬢、早くー。早くくれよー)」

 てしてしと、しきりにテーブルを叩いて真除を急かす、くろすけ。


「もう、くろすけったら。

 自分は大人だーとか言ってるくせに。

 ちょっとくらい待てないの?」


 魁の目があっても、くろすけへの対応は普段通りだった。


 真除を興味深い眼差しで眺める魁。

 その事実に触れると意識してしまうだろうと考え、口には出さなかった。


「そういえば真除さん、出身は?」


 くろすけに"ちゅーる”をあげていた真除は、魁から不意に問いかけられて【✟暗黒微笑✟】が発動した。


「百年戦争時代のフランス……いいえ、違うわね。

 今の生まれは"越中"……あら、今は何て呼ぶのかしら……」


「にゃあにゃ!(お嬢! また出てるぞ!)」


「あっあっあっ、ご、ごめごめ、ごめんなさい!

 ほく、北陸! 富山です! 試験のために上京しました!」


 くろすけに指摘され、慌てて【✟暗黒微笑✟】を引っ込める真除。


 魁という存在に慣れてきたのか、捲《まく》し立てるような口調ではあるが、まともに会話できるようになり始めた。


「へえ。北陸かあ。確かあの辺、薬が有名なんじゃなかったかな?」

 魁は垣間見えた【✟暗黒微笑✟】に触れることなく会話を続ける。


「あ、はい! そうです! うちは、昔から"秘薬"とか"霊薬"とか作ってます!」

 なんだが余裕がなく、すごく一生懸命喋っている感に溢《あふ》れている。


「家がかなり遠方ってことは、昨日はこっちに泊まったのかい?」


「は、はい! 昨日はホテルに泊まって、こ、これから新幹線で帰ります!」


「"乙級"の試験でも京都から来た子に会ったよ。

 遠方から来てる子も多いみたいだね。

 あ、俺は北東北出身で、今は東京住まいだよ」


 雪乃に"ちゅーる"を渡すと、雪乃は前脚で"ちゅーる"を挟み、ひとりで食べ始めた。


 手が空いた魁は、名刺を取り出して真除へと差し出す。


「はい。これ名刺。ここで探偵事務所やってるんだ」


 大体の人間が、魁の職業を聞くと驚いた顔をする。

 やはり真除も驚いていた。


「一応先に言っておくと、警察に協力して殺人事件解決したりはしないよ。

 イメージと違ったら、ごめんね」


 真除は首を振る。

「あ、いえ……テレビの、知識、ですけど、素行調査とか、人探し、主な業務って、見たこと、ある、ます、から」


 先程とは異なり、たどたどしく心もとない喋り方で返答した。

 捲し立てるように喋らないと、日本語を勉強中のように聞こえる。


「その、本物の、探偵さん、会った、初めて、だったので。

 びっくり、した、ました」


 真除の喋り方が安定していないが、今さっき決意したばかりならこれでも上出来だろう。


「俺も探偵になるまで本物の探偵には会ったことなかったけど、まさか自分が探偵になるとは思ってなかったよ。

 【特殊調査員】の師匠が"便利屋"で、そこで働いてたんだけどね。

 突然、独立しろって言われて、びっくりしたよ。

 今となっては、それでよかったんだって思ってるけどね」



 ――魁と真除がそんな感じの話をしている間、"ちゅーる"を食べ終わった雪乃とくろすけも何やらニャゴニャゴ話していた。


 人間には猫達が何を話しているのかわからなかったが、くろすけが驚いたような鳴き声を上げていたようだ。



「北陸に向かうってことは、真除さんは東京か大宮辺りの駅から帰るんだよね?

 俺は車だから、どこか都合のいいところまで送ろうか?

 そんなに遠いわけでもないし、直接新幹線の駅まででも良いよ?」


「えっ、あっ、うっ、おっ……おねがい、します……

 東京駅、迷子に、なるので、大宮で……」


「にゃーにゃ("乙級"試験のときは迷って大変だったなあ。今回は少し楽ができてよかったじゃないか)」


 くろすけへ何度も頷く真除。


 慣れない土地で初対面の男性の車に乗ることに対し、くろすけは注意喚起すらしなかった。

 魁に何かを感じたのだろうか。


「じゃあ、みんな食べ終わったみたいだし、片付けて駅に向かおうか」


 使い魔同伴エリアにある水場で雪乃の食器を軽く濯ぎ、手早く片付ける魁。


 各々食器も返却し、車へと向かう。


「荷物、少ないね? どこかに預けたの?」

「あの、近くの、駅の、ロッカーに……」

「じゃあ、その駅にも寄らないとね」


 魁の荷物は、雪乃のための道具があるため、かなり大きい。

 だが真除は女の子なので、荷物は魁よりも更に大きかった。

 真除は、自分の荷物を積めるのか、心配になったが――


「ハリウッド映画で走ってるような車だぁ……」


 魁の車を目にして、荷物については全く心配ないことを悟った。



「じゃあ、出発するよ」

「は、はい!」



 二人を乗せた車は、試験会場を後にした。


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