【⑥-1/4】【24】くろすけと一緒
【人外管理責任者】の試験は十一月下旬だった。
試験会場は"乙級"と同じ施設だが、"乙級"と違って受験者は僅かに五名。
待合室は無く、試験の部屋には受験番号のシールが貼られた席が用意されていた。
基本的に動物の使い魔を連れた受験者のため、座席の間隔は広く取られている。
以下が受験者の内訳だ。
中型犬を連れた四十代と見える男性が一人。
休日のお父さん、といった風体。
鷹を連れた三十代と思われる成人女性が一人。
黒のパンツスーツで、傍らに鷹匠が使う革のグローブが置かれている。
ジュラルミンケースだけを手にした年齢不詳の男性が一人。
ぼさぼさ頭で汚れた白衣をひっかけた科学者といった風貌。
白猫を連れた、三十歳前後で長身の男性が一人。
カーキのチノパンに、着慣れた様子の黒いジャケット姿。
黒猫と声を潜めて何やら語り合っている、十六歳前後の少女が一人。
ゴシックで黒づくめの服装に、長い黒髪をツインテールにしている。
先日の"乙級"試験で合格した、"真除 伸子"だ。
「合格、できるかな……」
傍らの黒猫へと呟く真除。
「にゃーお(しっかりしろ、お嬢。"乙級"だって取れたんだから、こっちもなんとかなるさ)」
小さく鳴き声を返す黒猫。
真除には、黒猫の鳴き声と日本語の両方が聞こえている。
「わたしが覚える必要なんか無いと思うんだけどなー。
くろすけのことは、くろすけが一番よくわかってるし……」
真除は、物憂げに視線を机へ落とす。
「にゃおん(そうでもないぞ。俺は、俺自身が悪い【妖】に変化した場合の対処法なんか、知らないからな)」
「そんなのありえないよ……
くろすけは、"おタマ様"の子孫なんだからさ……
それにもし、くろすけが悪くなっちゃったとしてもさ?
わたしが助けようとする前に、"おタマ様"に食べられちゃうよ……」
「にゃぁお?(まあ、それはそうだが。こういう場に来ることで、他のマスターと交流しておくのは将来のためになるんじゃないか? "乙級"の試験で同じクラスだったあのニーサン、今丁度一緒に試験受けてるじゃないか)」
黒猫の尻尾が、室内に座っている魁を指す。
一見、尻尾は一本のように見える。
だが、じっくり観察すれば、二本の尻尾が絡み合っている事に気付けるかもしれない。
つまり、この黒猫は猫又、ということだ。
「えー……
なんか大きくて怖いし、よく知らない人と話すの緊張するし……
どうせ、ちょっと話してたら、わたしを避けて離れてくし……」
「にゃん……?(すぐ離れていく件は、お嬢が"あれ"をやめて普通に話せば解決すると思うぞ……?)」
「普通に話すとか、無理……
今だって、試験前の緊張で、よくかわかんなくなりそうなのに……」
「にゃあー(にしたって、"あれ"じゃ会話にならないのは当然だと思うが)」
痛いところを突かれた真除は、少々ヒートアップする。
「私は、くろすけだけ居ればいいもん!
それともくろすけは、わたしを捨てるの!?
どこかのメス猫と、どっかいっちゃうの!?」
「にゃ(何度も言ってるが、お嬢から離れはしない。でもメス猫とは遊びたい)」
「フケツ! フケツよ! わたしと同じ年でそんな!」
「にゃー(同じ年ったって、人間換算で八〇歳だぞ。猫又化したから体は若いけどな)」
この黒猫"くろすけ"は真除とほぼ同時に生まれたので、御年十六歳になる。
そして、猫の十六歳は、人間で言うと約八〇歳である。
「なら、体も心も若い、ただのスケベ猫じゃないの!」
「にゃう(俺は大人なんだから、メス猫と遊ぶのは普通だろ。お嬢だって、そのうち男と遊びたくなるぞ)」
「またそうやって、自分は大人ってアピールして!」
「にゃあ(俺からしたら、お嬢は妹みたいなものだ。だから、どこかのメス猫と仲良くなったからって、家族を捨てて逃げたりはしない)」
「うー……」
「にゃ?(妹じゃ不満か?)」
「べつに……不満ない。くろすけ好き……」
黒猫の冷静な対応で、ようやく落ち着いた真除。
艶やかな尻尾で、顎や顔を撫でるアフターケアも忘れない。
二人にとって、これが日常だ。
使い魔の黒猫と会話するという真除の行動は、一般的には奇異なものだ。
しかし、この部屋では他の受験者も使い魔に話しかけている。
特に目立った行為でもないのだ。
午前九時半少し前、試験官がやってきて問題の冊子を配布し、内容の説明をした。
「試験問題は、まだ開かないでくださいね」
――やがて時計が午前九時半を指し、筆記試験が始まった。
「試験中に使役生物が使役者の傍を離れたり騒いだりした場合、即失格となりますので、正確に指示を出しておいてください。
……では、始めてください」
普通の動物が対象なら即失格は厳しいように思えるが、これは【人外管理責任者】の試験だ。
各々連れている動物は、ただの動物ではなく、猫又のように霊的素養を持った動物なのである。
その程度の指示もできないのであれば、管理者の資格なしということだ。
試験時間は二時間。
前半は基礎知識である共通問題で、後半は使役対象ごとの選択問題だ。
選択は主に、犬類、猫類、鳥類、両生・爬虫類、虫類、研究管理……等がある。
真除は当然、猫類を選択した。
二時間後。
タイマーのベルが鳴り響き、筆記試験は滞りなく終了した。
当然、動物が騒いで失格になった受験者などいない。
「それでは引き続き面接試験です。
それぞれ、自分の受験番号が貼られた部屋に移動して下さい」
面接試験は全員別の部屋で同時に行われる。
受験者数が少ないのもあるが、それぞれの動物に対して専門知識が必要なため、皆、面接担当者が違うのだ。
「次は面接かあ…… やだなあ……」
「にゃう(余計なことは言うなよ。必要なことを短く答えるんだぞ)」
「うう…… がんばるけど…… 勢いが付いてきたら、なんとかしてね?」
「にゃ……(任せろ、と言いたいところだが……確約はできない。でも努力はする)」
面接が始まってから二十分程で、犬のマスターと鷹のマスターが面接の部屋から廊下に出てきて、去っていった。
その後間もなく、黒猫を従えた真除が廊下に姿を見せる。
出てきた部屋の扉を閉めると、酷薄とも取れる微笑みを浮かべた真除の表情が、疲労困憊した少女のものに戻った。
「なんとかなったね…… くろすけのおかげだよ……」
「にゃむ……(面接官が自分の猫と話せて助かったな……俺が通訳して誤解は防げた)」
「そうだね…… 真除一族は"おタマ様"が守猫の家系なの有名だから、採点も甘かったと思うよ……」
この試験は、面接終了後、その場ですぐに合格発表が行われる。
どうやら、真除は無事合格したようだった。
「にゃうー?(これからもこの調子でやっていくのは、難しいんじゃないか? 必要な資格も取ったんだし、やっぱり"あれ"から抜けないといけないだろう)」
「ううう…… さっきの面接で、"乙級"としてやってくには、このままじゃまずいって思い知ったよ…… お仕事もまともに受けられなそう……」
「……にゃ(俺が何度言っても聞く耳持たなかったが……やっと自覚できたか)」
「うん……ごめんね、くろすけ……ありがと……」
真除は黒猫を抱き上げ、強く抱きしめる。
――少しの間そうしていた真除だったが、落ち着いてきたのか、顔を上げて胸に抱いた黒猫へと声を掛ける。
「……もう昼だし、食堂でお昼食べよう……?
ここ、くろすけと一緒に食べられるし……」
「にゃあ(それがいい。ここの猫用メニューは、まあまあいけるからな。前の試験とは違うものを食べたいところだ)」
真除の腕から抜け出した黒猫は、食堂へ向かって足早に歩み始める。
「あ……待ってよ、くろすけ――」
バタバタと、軽やかさとは程遠い足音を立てて走る真除。
黒猫を追いかけ、食堂へ去っていった。
――廊下から真除が姿を消してすぐ、隣の部屋の扉が開いた。
部屋から出てきたのは、雪乃を肩に乗せた魁だった。
「ありがとうございました。失礼します」
魁は部屋の扉を閉めてから、肩の上の雪乃と小さなハイタッチをした。
「やったな。合格だ」
「にゃあ!」
「念のため、雪乃の服を持ってきたのは正解だったな」
「にゃうにゃう」
雪乃は頷き、"くるり式"で魁の首に巻きつく。
「にゃあ!」
雪乃が促すように一声掛けた。
魁は頷き、食堂へ向かってゆっくりと歩き始めた。
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